Gift - illustration
ゲンたち
ショートストーリー
 この物語は、「ぼくの願い。第四夜」から少し経ったころのお話。

 お盆も近い(笑)ある日曜日。翔太と圭子は、公園にいた。デートの最中なのだ。二人はベンチに座ってソフトクリームをなめていた。
「ねえ翔太」
 圭子が言った。
「あたしたちさあ、つきあい始めてそろそろ一年になるよね」
「うん」
 翔太はうなずいた。
「そういえば、おじいちゃんの一周忌だ。法事に行かなきゃ」
「あ、そうなんだね。あたしも、お墓参りぐらいしたほうがいいかな」
「うん。おじいちゃんよろこぶよ。来週の日曜日にでも行く?」
「いいよ」
 圭子はそう言ってうなずいてから、意味ありげに翔太をちらりと見た。
「でさ、あたしたちも一年つきあってるわけだよね」
「うん」
 と、翔太。
「それがどうかしたの?」
「どうもしないよ。どうもしないけどさ……」
 圭子は、少し拗ねたように言った。
「翔太って、鈍感だよ」
「え? そう?」
「そうだよ」
「どこが?」
「どこもかしこも!」
「ちょ、ちょっと圭ちゃん。なに怒ってるんだよ。ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」
「だから、鈍感だって言ってるの!」
 そのとき。
「うはははは! 事情はあいわかった!」
 突然背の高い青年が翔太たちの前に現れた。
「わっ! お、おじいちゃん!」
 翔太は、思わずなめていたソフトクリームを落として叫んだ。翔太が驚いた通り、その青年はゲンだった。
「おう翔太。久しぶりだな。元気にやっとるかね?」
「げ、元気だよ……おじいちゃんも元気そうだね」
「うははは。天国よいとこ一度はおいでってなもんだぜ。酒はうまいし、ネーチャンはきれいだしよ」
「翔太」
 と、圭子。
「さっきお墓参りに行くっていったけど、あれやめた。だれが行くか。こんなジイさんのお墓なんか」
「こら圭子。なんてこと言うんじゃ。罰が当たるぞ」
「あんたに罰が当たらないんだから大丈夫だよ」
「おお。それは言えてる。圭子、おまえなかなか頭いいな」
「あのぅ」
 翔太が、恐る恐る声をかけた。
「おじいちゃん、なんでここにいるの? まさか神様に天国を追い出されちゃったの?」
「おまえも、縁起でもないこといいようるのう」
「だって……」
「心配するな。そろそろお盆だから、この世に二泊三日で旅行に来ただけじゃ」
「二泊三日?」
「おう。ちょうど安いツアーがあってな。ほれ、バアさんも一緒だぞ」
「おばあちゃん?」
 翔太が、またまた驚いたとき。
「はい、翔太」
 と、高校生ぐらいに見える少女が立っていた。
「大きくなったわねえ。おばあちゃんうれしいわ」
 翔太は、目をパチクリさせた。翔太の記憶のおばあちゃんは、どこをどう見てもバアさまだったのだが、いま目の前にいる少女は、圭子と同い年ぐらいにしか見えない。
「翔太のじいさんたちって」
 と、圭子が思わず言った。
「若返るのが好きみたいだな」
「う、うん。ぼくもそう思った」
「んなことは、どーでもいいんじゃ」
 と、ゲン。
「たまにこの世に来てみれば、おまえはまた、わしに心配をかけよって」
「ぼくちゃんとやってるよ。背だって圭ちゃんより伸びたし、最近は学校で運動音痴っていわれなくなったんだよ。そりゃ、おじいちゃんみたいに、運動神経バツグンってわけにはいかないけどさ」
「バカモン。そんなことを言っとるんじゃない。圭子のことじゃ圭子の」
「圭ちゃん?」
 翔太は、圭子を見た。
「圭ちゃんがどうしたの?」
「やれやれ」
 ゲンは首を振って、バアさんを見た。
「どー思うバアさんや?」
「そうですわねえ」
 おばあさんは、高校生にしか見えないのに、妙に年より臭い感じで答えた。見た目のギャップがゲンよりも激しいかもしれない。
「おじいさんみたいに精力絶倫なのも困りますけどねえ。翔太は、もうちょっと積極的でもよさそうですわよねえ」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
 ゲンは得意気にうなずいてから翔太にいった。
「そこでじゃ翔太。今日は特別に、おまえにいいものをやろう」
「なに?」
「これじゃ」
 ゲンは、小さな紙切れを翔太に渡した。
「わしからの贈り物じゃ。ありがたく使うとよい」
「ありがたくって……これなんなの?」
 翔太は、無理やり押しつけられた紙切れを見た。それは、聞いたこともない名前のホテルの無料利用券だった。
「ホ、ホテル!」
「そうじゃ」
 と、ゲン。
「渋谷のラブホテルじゃ。おまえも高校二年生だろ。そろそろ許す」
「ゆ、許すってなにを……」
「うはははは。わかってるくせに。なーにをウブなふりしとるんじゃ。言っとくが避妊はちゃんとしろよ」
「ちょっと、おじいさん」
 と、おばあさん。
「いやですわ。声が大きいですわよ」
「ごめん、ごめん。わしゃ昔から声がでかくてのう。ところでバアさんや。若人たちはともかく、わしらもどうかねひとつ」
「もう、おじいさんったら。いくつになってもエッチなんだから」
 おばあさんは、ポッとほほを染めたが、まんざらでもない雰囲気だった。さすがゲンの奥さん。
「け、圭ちゃん。ど、どうしようこれ……」
 翔太は、震える手でホテル券を持ちながら圭子に聞いた。
「ど、どうしようって……そんなこと、あたしに聞くなよバカ」
 圭子は、顔を真っ赤にしながら答えた。
「ちょっと、圭子さん」
 と、おばあさん。
「さっきから気になってたけど、あなた言葉づかいをもう少しなんとかしなさいな。女の子なんだから、バカなんて、はしたない言葉を使ってはダメですよ」
「で、でも……翔太ってバカなんだもん」
「うははは。言われとるぞ翔太。ここは男らしく、どーんとやってこい」
「そりゃないよ、おじいちゃん〜」
 翔太は情けない声で言った。
「ホントに情けないなあ。キスぐらいとっくのむかしにしてるんだろうに」
「し、してないよ!」
「なぬ? ホントかそれ?」
「本当だよ」
「なんとまあ」
 ゲンはあきれた声で言った。
「圭子が、おまえをバカという気持ちもわかるわな。なあバアさん」
「そうですわねえ。おじいさんは早すぎましたけどねえ。わたしなんか、出会ったその日に、押し倒されたんですからねえ」
「こりゃ。わしはちゃんと責任とったではないか」
「おほほ。そんなの男として当然ですわよ。ちっとも自慢じゃありませんことよ」
「すいません」
 ゲンは、急に小さくなって謝った。が、すぐに復活した。
「というわけで! 翔太よ。おまえも、わしの血が流れておるんじゃ。顔もわしに似て、なかなかハンサムじゃしな。その気になれば、女なんか、いくらでもナンパできる器量があるんじゃぞ」
「ダメーッ!」
 圭子が叫んだ。
「なんてこというんだよ! 翔太がその気になったら、どーすんのよ!」
「そんな気にならないよぉ」
 翔太は小さな声で抗議した。
「おほほ」
 こんどはおばあさんが、こめかみに血管を浮かべながら言った。
「おじいさん。まさか、わたしに隠れて、そーいうことをやってたんじゃありませんわよね」
「うっ。藪蛇であったか。いや、そうじゃなくてだな。翔太よ。おまえも、きっちり責任をとってこいといいたかったんじゃ」
「責任って……おじいちゃんと一緒にしないでよ」
 翔太はぶつぶつ言ったが、圭子がそのとなりで、ぼそっとつぶやいた。
「責任とってほしいよ、あたしは」
「え? ぼ、ぼく、なにか悪いことした?」
 と、翔太。
「したよ」
「な、なに? ちゃんと言ってよ。謝るから」
「だって……」
 圭子は、小さな声で言った。
「一年もつきあってるのに、キスもしてくれないなんてひどいよ」
「あっ……ご、ごめん」
 思わず翔太が謝ると、ゲンが翔太の頭をゴツンと叩いた。
「痛いよ、おじいちゃん〜」
「バカタレ。謝ってどーする。そーいうときは、行動で示すんじゃ」
「行動?」
「そうじゃ。こう、圭子の肩を抱いてだな――」
 ゲンは、翔太と圭子の肩を押すようにして、無理やり二人を近づけた。
「わーっ、待った、おじいちゃん! こんな明るいところでできないってば!」
「ほう。暗けりゃいいのかい?」
「そ、それはまあ、その、ええと……ホントにいいの圭ちゃん?」
「だから、あたしに聞くなってばぁ」
 圭子は、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「おほほほほ」
 おばあさんが、ゲンの腕を引っ張った。
「もうこの辺で、許してあげなさいな。だいたい、わたしたちに見られていたら、なんにもできませんわよ」
「うははは。それもそーじゃな。あとは、若い二人に任せるとするか」
「そうですよ、おじいさん」
「うむ。そうと決まれば、わしらもホテルに行くかね?」
「まだお預けよ。ディズニーシーに連れていってくださる約束を忘れちゃダメですよ」
「バアさんもいい年して好きじゃなあ、遊園地」
「あら。いまは女の子だからいいのよ。さ、行きましょ」
「わかった、わかった。じゃあな翔太。墓参りを忘れるんじゃないぞ。圭子もな」
 ゲンとバアさんは、突然消えた。現れたときと同じように。
 翔太と圭子は、しばらく呆然と立ちつくしていた。
「相変わらずだね、翔太のじいさんは」
 圭子が言った。
「うん。まさかおばあちゃんにも会えるとは思わなかったよ」
「よかったね」
「まあ……ね。なんか毎年会えそうな気もしてきたけど」
「来年も、じいさんに怒られるの?」
「えっと……たぶん、怒られないと思う」
 翔太は、圭子の手を握った。その手の力は、いままでになく強かった。
「鈍感でごめんね」
「バカ。謝るなよ」
「そうだったね」
 翔太は、圭子を自分に引き寄せて、彼女の唇に、ちゅっと軽くキスをした。
「あわわ」
 圭子は、突然の出来事に、目を丸くした。
「バ、バカぁ。ファーストキスなんだから、するならすると、ちゃんと言ってよ!」
「じゃあ、あとでやり直してもいい?」
「う、うん……いいよ」
「よかった。好きだよ圭ちゃん」
 翔太は、にこっと笑った。
「もう」
 圭子は、思わず苦笑した。
「ホントにプレイボーイの素質がありそうで怖いよ」
「圭ちゃんだけだってば」
「ホントに?」
「本当だよ。ああ見えて、おじいちゃんだって、おばあちゃんとすごく仲がよかったんだよ」
「あたしたちも、そうなるかな?」
「なるよ絶対。だってぼく、圭ちゃんのこと……すごく好きだから」
 翔太は、ちょっと照れくさそうに言った。
「うん」
 圭子は、満面の笑みで翔太の腕を抱いた。
「あたしも、翔太のこと、大好き!」

「やーれやれ」
 草葉の陰ではなく、本当の茂みの陰に隠れていたゲンが言った。
「翔太には苦労させられるのお、バアさんや」
「おほほ。でも、うまくいきそうでよかったですわ。おじいさんったら、いつも強引だから、ハラハラしちゃう」
「うはは。ゴーイング・マイ・ウエイじゃ。んじゃ遊園地に行くとするかね」
「ええ。久しぶりのデートね。うれしいわ」
 おばあさんも、圭子と同じようにうれしそうな顔でゲンの腕を抱いたのだった。
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