Gift - illustration
ランルドルネ
ショートストーリー
 ここはロアンズ号の、ケインとラニーのベッドルーム。さらに正確に言うと、ベッドの上。ケインとランルドルネは、全身に汗をかいて、ぐったりと横たわっていた。
「ケイン……」
 ランルドルネが、ケインの胸に頭をもたげる。
「最高。すごくよかった」
「ぼくもだ」
 ちょっと疲れたけど。と、ケインは思ったが、それは口に出さなかった。
 二人は、たったいままで、男と女がベッドの上でする、一番楽しいことをしていたのだ。
「ラニー」
 ケインは、ランルドルネの耳元で、彼女の名をささやく。
「いやん、くすぐったァい」
 ランルドルネは、長い耳をピクピクと震わせた。まだランルドルネは余韻の中にいるようだ。
 ケインは苦笑いを浮かべながら、身体を起こした。
「あん…… なによォ」
 ランルドルネは、不満そうな顔を浮かべた。もっとケインに抱きついていたい。ランルドルネは、汗で湿った肌を重ねているのが好きだった。ベタベタする感じがいい。
 ケインは、そんなランルドルネを無視して、ベッドサイドに置いてあった、小さな紙袋を手に取る。
「なにそれ?」
 と、ラニー。
「こないだ、ランドール星に行ったろ。そこで買ったんだ」
「ふうん」
 ランルドルネは、興味がなさそうな声を出した。ランドール星には、ケインの好きな古い遺跡がある。その遺跡を見に、ランドールに立ち寄ったのだ。つまり、紙袋の中身は遺跡に関するものだろう。ランルドルネは、そう思ったのだった。
 ケインは、紙袋をガサガサと開けて、中から小さな箱を取り出す。
「はい、ラニー。きみにあげる」
 ケインは、その箱をラニーに差し出した。
「へ?」
 思わぬ言葉に、一瞬、ハテナマークを浮かべるランルドルネ。
「な、なによ、いったい?」
 ランルドルネは、上半身を起こして、ケインから箱を受け取った。
「まさか、ビックリ箱だったりして」
 ランルドルネは、そう言いながら、箱を開けた。
「あっ……」
 その中身を見た瞬間、ランルドルネのグレーの瞳が、大きくなった。
「こ、これって、イヤリング?」
 そう。まさにイヤリングだ。だが、にわかに信じられないランルドルネは、思わずケインに聞いてしまったのだ。
「そうだよ」
 と、ケイン。
「いまから二十五万年前、ランドール星にアイユーブ王朝という時代があった。その四代皇帝の王妃がつけていたイヤリング」
「えーっ!」
 ランルドルネは驚きの声をあげた。彼女もすでに、かなり歴史に詳しい。これが本当にケインの言う通りのものなら、その値段は…… 想像もできない。
「の、レプリカだけどね」
 ケインは、すかさずランルドルネにウィンクする。
「な、なんだァ。ビックリしちゃったよ、あたし」
 ランルドルネは、思わず苦笑いを浮かべた。そりゃそうだ。本物であるはずがない。よく見れば、そのイヤリングは、新品の輝きなのだから。
「ランドールの宝石店で売ってたんだ。偶然見つけたんだけど、なんかラニーに似合いそうな気がして、思わず買っちゃった。ちょっと高かったけど」
 ケインは、ははは。と笑った。
「あたしに?」
「そうだよ。ほかに誰がいる? ぼくが宝石をプレゼントする相手が」
「ケイン……」
 ランルドルネの、グレーの瞳が揺れた。
「もう一回言って」
「なにを?」
「今のセリフ。ケインが宝石をプレゼントする相手」
「ラニー。きみしかいない」
「キャーッ!」
 ランルドルネは、ケインに抱きついた。
「うれしーい! ケイン大好きだよォ!」
「お、おいおい……」
 チュッ、チュッ、チュッ!
 そのあと、ランルドルネのキス攻撃。ケインは、顔中でランルドルネの唇の感触を味わった。
「ねえ、ケイン! つけて!」
「ぼくが?」
「うん!」
「わかった」
 ケインは、イヤリングを取り出して、ランルドルネの長い耳に、それをつけた。
「どう?」
「うん。思った通りだ。よく似合う」
「うふふ」
 ランルドルネは、ベッドから起き上がって、鏡の前に駆けて行く。
「ホント! いい感じね。気に入ったわ。ありがと、ケイン。大事にするね」
「ああ」
 ケインはニッコリほほ笑んだ。まったく、レイガンを持たせたら、この広い宇宙で右に出る者がいない乱暴者とは思えないな。こうしていると。心の中では、そんなことを考えていた。
「ケイン」
 ランルドルネは、ベッドに戻ってきて、ケインの手を引いた。
「シャワーを浴びましょ。背中洗ってあげる」
「いいね」
 ケインはランルドルネに引かれて立ち上がった。
 二人は全裸だった。だからシャワールームに入るのに、服を脱ぐ必要はなかった。
 適度な温度のシャワーが、ケインとランルドルネの汗を流してゆく。
「はい、ケイン。背中向けて」
 ランルドルネは、ボディソープを手で泡立てながら言う。
 ケインは、ランルドルネに背中を向ける。
 ランルドルネは、泡をケインの背中にまんべんなく塗ると、そのまま抱きついて、胸を押しつけた。
「お、おい、ラニー。くすぐったいよ」
 ランルドルネは、自分の胸をケインの背中にぬるぬると這わせていた。
「うふふ。お客さん、気持ちいいですかァ」
「ハハハ! 言うと思った。絶対言うと思ったね、ぼくは」
 ケインは笑った。
「あん、やだ。あたしの方が気持ちよくなってきちゃったよ。こう言うのなんて言ったっけ? ああそうだ、ミイラ取りがミイラになるだ」
「きみって人は、どんなときでも……」
「ボキャブラリー豊かでしょ」
 うふ。っと笑ってランルドルネは、そのまま泡をケインの髪の毛につけて、くしゃくしゃ洗い始める。
「お客さん、痒いところはありませんかァ」
「今度は、美容院ごっこかよ」
 ケインは、苦笑いを浮かべた。まさか、ランルドルネが、ここまで浮かれるとはね。よっぽどイヤリングのプレゼントが嬉しかったのかな。そう思うと、ケインも幸せな気分になるのだった。
 こうして今日も、ロアンズ号に流れるグレニック標準時の夜は更けてゆく。

 ちなみに、美容院ごっこのあと、お医者さんごっこが始まったかどうかは、不明である。
| イラストの ケインとラニー | 小説のページ |
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