Gift - illustration
桐島麻里
ショートストーリー
 その日。圭介と麻里は、ワシントンのスミソニアン博物館にいた。べつに若者が博物館でデートするのは珍しいことではない。ただ、時間が夜中の二時でなければだが。

「二十三秒経過」
 圭介は、十メートルほど先にいる麻里に向かって言った。
「あと十六秒だぞ麻里」
「わかってるってば」
 麻里が真剣な表情で答える。だがもちろん、圭介を振り返ったりはしない。彼女の瞳は、ただ一点を見つめていた。そう。目の前の展示品を。
 そして、慎重に展示台に手を伸ばすと、右手でそっと、その展示物に触る。
「オッケイ、圭介。カウントして」
 圭介は、時計の針を読み上げた。
「5、4、3、2、1」
 もちろん「1」のタイミングを麻里は逃さなかった。すかさず右手で、その展示物を展示台から持ち上げると、それと同時に、左手に持っていた、「おもり」を、展示台に乗せたのだ。
 し〜ん。
 展示室は静まり返っていた。
「やった!」
 麻里は、飛び上がりたい気分だった。だがまだ早い。
「ゆっくり、慎重に」
 と、圭介。
「最後の仕上げだ。ここで失敗するなよ」
「わかってるってば」
 麻里は、奪った展示品をズボンのポケットに入れると、ゆっくり、ゆっくり、身体を回転させて、後ろにいる圭介の方に向き直った。そのとき、パチンと圭介にウインクする。
「余裕だな」
 圭介は、そんな麻里を見て苦笑いを浮かべながら、特殊なゴーグルを頭からがぶる。
「いいぞ麻里。まず右足から」
「オッケイ」
 麻里は、圭介の指示で右足をあげる。
「そう。そのまま十センチ前に出して。もうちょっと大丈夫。いいぞ。ゆっくり降ろせ」
 圭介の指示が続く。彼はいま、麻里の身体の周りに飛び交っている、レーザー防犯装置の光線を見ているのだ。
「腰を降ろして。右手を床につけて…… 待った、左肩をもっと下げて! そうそう。そのまま、頭を前に。いいね。そうしたら、麻里の魅力的なヒップを持ち上げてくれ」
「ちょっと、変なカッコさせないでよ!」
「不可抗力だってば。レーザーに触れたいのかよ。大音響で防犯ベルが鳴るぞ」
「それにしたって、こんなの犬みたいじゃない!」
「まさか。麻里は猫だよ。違うな。豹だ。野生動物。カッコいいよ」
「嘘ばっかり。心の中じゃ笑ってるくせに」
「バレたか」
「な、なんですって!」
「盗みたいって言い出したのは麻里だぞ。我慢しろ。それより左手を前に。そう、いいよ、はいニッコリ笑って。だめだめ、もっとセクシーに」
「ううう。あとで覚えてらっしゃい」
「あはは。唸ると本当に犬みたいになっちゃうぞ。とにかく、左手からいこう。オッケイ、ゆっくり右足を前に」
 五分後。麻里は犬のように這いつくばりながら、やっと圭介が立つ場所までたどりついた。
「お帰り」
 と、圭介。
「こいつ。さんざん遊んでくれたわね」
 麻里は、圭介のほっぺたを引っ張った。
「この口が悪い子ちゃんなのね」
「いひゃい、いひゃい」(痛い、痛い)
 頬を引っ張られた圭介が変な声を出す。
 麻里は、思わずクスッと笑った。
「うふ。これで、おあいこね」
「お互い変な姿を見せ合ったってか」
「そういうこと」
 麻里は、ニッコリと答えると、圭介に抱きついてキスをした。
 圭介も麻里のキスに応えながら、立っている床を、足先でコツコツと叩いた。
 そのとたん。圭介たちが立っている大理石の床のパネルが、カクンと小さな音を立てて外れ、そのまま、エレベーターのように下がってゆく。
 床下では、タイガーチームが、圭介の立っている大理石のパネルを、油圧で支えていた。それを、圭介からの合図で、ゆっくり降ろしたのだ。
「ワォ」
 と、声を出したのは、床下で待っていた宮本。圭介と麻里が、熱い抱擁をしながら下りてきたからだ。
「うふん」
 麻里が唇を離した。
「大成功よ圭介」
「麻里の抜群の運動神経のおかげだな」
「圭介の計画がよかったからよ」
 麻里はそう言って、また圭介に熱いキスをする。
「はいはい、お二人とも」
 宮本が、やれやれと言った。
「このままじゃネズミと友だちになっちゃいますよ。まずは逃げましょうよ」
「賛成だ」
「あたしも」
 圭介と麻里は、クスッと笑い合った。

 極めて希少なブルーダイアモンド。その中でも最大級の大きさを持つ、ホープという名のダイアが、スミソニアン博物館に展示されている。フランス革命時に盗難にあい、その後、所有者が何回も変わり、所有する者を不幸にすると言われた呪われたダイアだ。
 まだ誰も気づいていないようだから、特別にお教えしよう。スミソニアン博物館に展示されているそれは、じつは麻里が、警報装置を騙すために置いてきた「偽物」なのだ。本物はいま、圭介と麻里の屋敷にある。
 もし、彼らに「ダイアの呪い」が、降りかかるのではと心配される方がいたら、どうかご安心願いたい。なぜなら、呪いなどより、圭介と麻里のパッションの方が、ずっと強いのだから。
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