Gift - illustration
妖怪猫娘
ショートストーリー
 ぼくの密かな楽しみ。
 夜。まず部屋の電気を消す。もちろん、カーテンも閉める。
 この状態で、ごく普通の夫婦なら、やることは決まってるよね。
 え? 一緒にビデオを見る? なにを子供みたいなことを。ベッドの上で服を脱いでやる、例の事に決まってるでしょ。
 わかってる。夫婦なら、そんなこと密かな楽しみじゃないよねべつに。もっと言えば、少子化の時代だもんね。密かどころか、推奨されてるわけだ、夫婦の夜の営みは。がんばって、子供をじゃんじゃん作りなさいと。
 でも違う。ぼくには、ぼくにしか楽しめないことがあるんだよ。
「いいよ、珠美」
 ぼくは、ベッドの上に座っている珠美に言った。
「あ、あの…… 光彦さん。わたしやっぱり、恥ずかしい……」
「もう、裸なのに?」
 ぼくは、ニヤリと笑った。今の今まで、ベッドで愛し合っていたんだ。当然二人とも裸のまま。
「光彦さんのイジワル」
 珠美はちょっと、拗ねたように言う。
「アハハ。ごめん。でも見たいんだ。珠美の本当の姿を。いいだろ?」
 ぼくは言うと、珠美は恥ずかしそうに、うなずいた。
「ええ……」
 珠美は立ち上がった。
 すると……
 暗い部屋が、ほんのり明るくなった。光の源は珠美自身だ。彼女の身体が青白く発光している。その光は、オーラのように、ゆらゆらと珠美の身体を包み込んだ。珠美の身体が、暗い部屋の中に浮かび上がる。
 きれいだ…… そんな月並みな言葉しか浮かばない。彼女の美しさを表現できる言葉をぼくは知らない。
 つぎの瞬間。珠美の耳の形が人間でないものに変わっていく。猫の耳だ。
 それと同時に、髪の毛の色が、艶のある黒から、輝くようなエメラルドグリーンに変化していった。
 瞳の色も変わっていく。ふだんの茶色ではない。黄金色。瞳孔の形も人の丸から円錐形に変わる。まさに猫の瞳。
 ふぁさ。っと、小さな音を立てて、彼女のヒップから、紐のようなものが垂れる。それはすぐに、力を取り戻し、くねくねと動き出す。尻尾だ。
 妖怪猫娘。珠美の本当の姿。ふだんだって、美人の奥さんで有名なのに、いまの珠美と言ったら、完全に人間の美しさを越えている。いやまあ、妖怪だから、当然と言えば当然なんだけど。
「きれいだね。いつ見ても」
 本来の姿に戻った珠美に、ぼくは言った。
「ありがとう」
 珠美がはにかむ。
「ねえ珠美。でもさ、まだ終わったわけじゃないよ」
 と、ぼく。
「あの…… やっぱりやるんですか?」
 珠美は、上目づかいでぼくを見た。
「うん。ぜひ」
「もう…… 光彦さんたら」
 珠美は、ちょっと苦笑いを浮かべると、右手をまねき猫のように、顔の横に上げて、少し気恥ずかしそうに一言。
「にゃ〜ん」
 うわあ。もうだめ。
「カワイイ!」
 ぼくは、いきなり珠美に抱きついた。
「きゃっ」
 珠美は、小さな悲鳴を上げたが、すぐにぼくの腕の中でクスッと笑った。
「光彦さんたら。なんか子供みたい」
 言葉で表現できないほど美しい妖怪猫娘。その猫娘に本物の猫のマネをさせるなんて、すごい罰当たりかな? でもね。ぼくには許されてるんだよ。だって珠美の夫だもんね。
 そう、これがぼくの密かな楽しみさ。へへへ。うらやましいだろ。
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