超ひも理論


このエッセイは、ブログにて2012年10月09日から10月14日まで連載した分をまとめたものです。(エッセイに合わせて内容は編集してあります)。



■次元とはなにか?


この宇宙は、わからないことだらけ。そんな宇宙のことを、いまよりもっと説明できるようになるかも知れない。その候補が「超ひも理論」です。今回は、この最新理論について、ぼくにできる範囲で説明を試みたいと思います。

超ひも理論では、われわれが住むこの世界は、10次元でできているそうなんですよ。でも、10次元なんて言われても……ねえ(苦笑)。

いきなり、サッパリわかりませんよね。

そんなわけで、まず「次元」について考えていきたいのですが、その前にちょこっと書いておかねばならないことがあります。

われわれ人類は、なぜ「物理の理論」を研究するのでしょうか?

答えは人によって様々かもしれませんが、究極的には「この宇宙のすべて」を説明したいからだと思うのです。

われわれの世界(自然界)には、4つの基本的な「力」があると言われています。それは「電磁気力、弱い力、強い力、重力」の4つ。(弱い力と強い力は、素粒子の間に働く力です)

ですが、この宇宙の始まりのときは、たった1つの力しかなくて、そこから4つに分かれたのだろうと考えられています。つまり物理学者は、4つの力をまとめて説明できる究極の理論を追い求めているのです。その候補のひとつが、これから説明しようとしている「超ひも理論」なんですよ。

しかし、この理論を説明するのは、簡単なことではありません。少々お時間をいただいて、先ほど書いたとおり、まずは「次元」からはじめましょう。

読んでいても、なかなか「超ひも理論」の説明が出てこないとヤキモキするかもしれませんが、必ず「超ひも理論」の説明につなげますので、どうか、しばらくお付き合いくださいませ。

さて、次元。

これを辞書的な言葉で表すと、「空間や図形の広がり具合や複雑さを表す概念」ってことになるのわけです。「広がり」を「表す」ことのできる「概念」なのです。

そもそも人間は、「空間」の広がりを意識できますから、直感的には原始人だって「次元」を知っていたわけです。とはいえ、それらを「数学」としての学問に昇華したのは、古代ギリシャ人。中でも、図形に関する考察をまとめた、ユークリッド(紀元前300年ごろ)が有名ですよね。ユークリッドは、点、線、面、立体などの定義を定めて、『原論』という書物にまとめました。

つぎに登場するのは、ずーっと時代が新しくなって、『我思うゆえに我あり』のお言葉で有名なデカルトさん。彼は哲学者として有名だけど、とても優れた数学者でもありまして、1637年に公刊した『方法序説』の中で、「座標」という考え方を示しました。

座標。こいつは画期的な概念ですよ。だって、座標の登場で、われわれはやっと、広がりの中にある「位置」を示せるようになったんです。

では、座標(位置)を念頭に置いて、次元を定義してみましょう。

まず「点」。点そのものには大きさがないので、位置もへったくれもないですよね。ですから0次元と考えます。

つぎに「線」。線は、どこかに出発点(基準点)を決めれば、そこから右に1センチ(X=1)とか、左に1センチ(X=-1)という具合に、1つの数値で位置を表せます。ですから、線は1次元と考えましょう。ちなみに曲がった線(曲線)にも同じことが言えますので、曲線も1次元です。

つぎに「面」。面の場合は、「方眼紙」を思い出してもらうのが、一番いいですね。方眼紙に縦の線と横の線(十字線)を引けば、どこかの位置を、横に1センチ(X=1)、縦に1センチ(Y=1)なんて具合に表せます。このように、2つの数値で位置を表せるので、面は2次元としましょう。ちなみに曲面も同じことが言えます。たとえば、地球上のどこかの位置は、緯度と経度で表せますよね。ですから、曲面も2次元です。

つづきまして「立体」。立体の世界は、要するに、われわれが住んでるこの世界です。位置を決めるのは、縦と横だけでは足りません。高さが必要なんです。たとえば、東京タワーの位置を緯度と経度で表すと、「緯度:35度39分30.956秒」、「経度:139度44分43.595秒」になりますけど、あなたが大展望台にいるとすれば、ここに「高さ:120メートル」を加えないと、正確な位置にはなりませんよね。このように、3つの数値で位置を表す立体は、3次元と考えることにしましょう。

これで次元は全部でしょうか?

うん。たぶん、大丈夫でしょう。これでもう「位置」が決められるので、だれかと待ち合わせをする約束も安心ですよね。あなたは、友人と待ち合わせをして、お食事に出かけることが出来ます。

と、思ったら……(NHKのスイエンサーという番組ふうに)

あなたは、待ち合わせの場所で友人と会えませんでした。待てど暮らせど、友人はやってきません。あとで電話して「なんでこなかったんだよー」と文句を言ったら、逆に友人から「そっちこそ、なんでこなかったの!」と怒られました。

そう、あなたは待ち合わせの場所(位置)は決めたけど、時間は決めてなかったんです。

このように、われわれの世界は、時間という、もう一つの軸を加えなければ、ある「物事」を特定することが出来ません。ということは、時間も「次元」に加えて、われわれが住むこの世界は、「4次元」と考えていいのでしょうか?

うーん。それはどうなんでしょう。時間というのは、ほかの次元とはずいぶん、様子が違いますよね。だって、線だったら、右にも左にも行けるじゃないですか。面だったら、右にも左にも、さらに縦方向にも、自由に動けます。立体なら、そこに高さが加わるので、階段を上ったり下りたりも、自由自在。なんなら、ロケットに乗って宇宙空間まで飛んでいったっていい。

ところが……

時間は過去へ戻れません。未来に向かってしか進めない(時間の矢と呼ばれる現象です)。さらに、空間はどの位置も対等ですけど、時間だけは、過去が未来に影響を及ぼします。でも、未来が過去に影響を与えることはありません。ドラえもんがやってきて、過去に影響を与えるのは漫画(SF)の世界だけなのです。

ううむ。時間というのは、次元として扱うには、ちょっと無理があるのかな。

いえいえ、そんなことはありませんぞ! 時間も、立派な「次元」なのです!

と考えたのが、かの有名なアインシュタイン先生でございます。その話は、次の章に譲りましょう。


■時間という次元

前の章で、次元についてお話しました。われわれが住む世界は、3つの数値(縦、横、高さ)で位置を表せるますから、3次元であると書きましたよね。でも、友だちと待ち合わせの約束をするには、そこに「時間」を加えなければなりません。

とはいえ、時間は空間と違って自由に移動できません。過去へは戻れない。時間というのは、「つねに一定のテンポで流れる絶対的なもの」という気がしますよね。空間とは性質がかなり違います。はたして時間は、次元なのでしょうか?

そう、時間も「次元」です!

と、アインシュタインは考えました。彼は、それまで「つねに一定のテンポで流れる絶対的なもの」と考えられていた時間も、伸び縮みすると言い出したんです。

うそでしょー。

いいえ、嘘ではありません。アインシュタインは、「時間が一定」なのではなく、「光の速度が一定」なのだと考えて理論を作り上げました。それが「特殊相対性理論」です。ここでは詳しく書きませんが、特殊相対性理論の方程式を解くと、物質の運動が、光の速度に近くなればなるほど、時間が「引き延ばされる」という驚くべき結果が出るのです。

そんなことはあり得ない!

と、最初は多くの人に反対されました。特許局で働く職員ごときが(アインシュタインは大学の先生ではなく、特許局で働いてました)、バカなことを言うじゃないよと。

理論というのは、実験または観測によってたしかめられなければなりません。アインシュタインの理論も観測しなければなりませんが、時間の伸び縮みなんて、観測することができるのでしょうか?

じつは、当時(1905年)の技術でも、その観測は難しくありませんでした。

というのは、ぼくらが光の速度で運動することは出来ませんけど(大きくて重すぎるので)、素粒子のような、ものすごく小さいモノなら、光の速度にかなり近いスピードで飛ぶことが出来るからです。

ちなみに素粒子というのは、一部を除いて、そのほとんどが、単独では短時間しか存在できません。それも、1秒や2秒なんて、普通の時計で計れるような時間じゃないですよ。何百万分の一秒という、途方もなく短時間しか存在できないはずなのです。

ところが、観測してみると、けっこう長く存在してるんですよ。何十秒という、普通の時計で充分に計れるくらい存在している。

なんで?

これこそ、アインシュタインの理論の証明です。時間が引き延ばされ(われわれから見て)、一瞬で消えるはずの素粒子も、長い時間、消えずにいられるのです。

観測した素粒子の寿命は、アインシュタインの理論通りだったのです。

さらにアインシュタインは研究を進めました。彼の相対論は、素粒子のような小さなモノが、光の速度に近いスピードで飛んでるときの「特殊」な現象を説明できるんですが、もっと一般的な世界、つまり、この宇宙を説明することはできません。アインシュタインは、自然界すべてを説明する理論を知りたかったのです。

特殊相対性理論の発表(1905年)から、10年間も悩み苦しみ(友人へ当てた手紙で、その苦闘の様子が明らかになっています)、アインシュタインはついに、宇宙全体を説明できる一般相対性理論(1915年)を発表しました。

宇宙を望遠鏡で眺めると、そこは「重力」が支配していることに気づきます。天体と天体の間にかかる重力。アインシュタインは、その「重力」の秘密を解き明かしたのでした。

特殊相対性理論では、時間が「絶対的」ではないという驚くべき結論を導き出しましたが、一般相対性理論では、空間も「絶対的」ではないと、アインシュタインは主張しました。

というのは、空間は重力によってねじ曲げられていたからです。もっと正確に言うと、空間の曲がりこそが、重力の正体でした。その「空間の曲がり具合」によって、「時間の伸び縮み」も決まります。つまり、われわれの世界は、「空間」と「時間」が分けがたく結びついた世界だったのです。

アインシュタインは、何年もの辛く苦しい研究の末に、この宇宙は、空間と時間が一体になった「4次元時空」だということを突き止めたのでした。

ふう……

今回も長い説明でしたね。さあ、これで次元はすべて出そろった。もう、新たに加える要素はないはずです。

よかった。めでたし、めでたし。

と、思ったら……

アインシュタインと同時代に生きた、テオドール・カルツァという学者が、いやいや、この世は「5次元」でできてるんだよ! と言い出したのです。

いよいよ、超ひも理論の10次元につながる、4次元以上の次元が出てきましたよ。

その話は、次の章で。


■プラトンの教え

この世は、5次元でできている!

アインシュタイン(1879-1955)と、ほぼ同時期を生きた、テオドール・カルツァ(1885-1954)という物理学者が、こんな、とんでもないことを言い出しやがったんですよ。

5次元なんていわれると……「4次元以上の次元」とはなにか? という疑問が頭に浮かびますよね。

その答えは……わかりません!

あ、いま、ズッコケました? ここはドリフのコントみたいにズッコケるところなんで、ぜひ、お願いします(苦笑)。

冗談はともかく。われわれは3次元の空間に住んでいるので、それ以上の次元を「認識」することはできません。もし仮に、5次元の世界に旅することが出来ても、自分が5次元にいるとはわからないのです。それどころか、頭の中で正しく「想像」することすらできません。

そのことを理解するために、2次元の世界の生物を考えてみましょう。平べったい2次元の生物をつまみ上げて、3次元世界に連れてきたとしましょう。彼らは紙の上で動くパラパラ漫画のような生物です。

さあ、紙の上の生物は、自分がいまどこにいるかわかるでしょうか?

わからないはずです。2次元の生物は、3次元に連れてこられても、相変わらず2次元の世界しか「感じる」ことができないのです。

同じことが、3次元にも言えます。われわれが5次元の世界に連れ去られても、そこが5次元の世界とはわかりません。実際は、いろいろ不思議なことが起こりますけど、不思議と感じること自体、われわれが3次元しか認識できないからなのです。

見ることも理解することも難しい高次元の世界。だとしたら、われわれが、高次元を語るのは無意味なんでしょうか?

いいえ、そんなことはありません!

そのことに気づいた最初の人物は(ぼくの理解が正しければ)、古代ギリシアのプラトンです。

プラトンは言いました。「われわれの見ている世界は、『影』かもしれない」と。

どういうことでしょうか?

ここで、よく工事現場なんかにある、コーンを思い浮かべてください。ほら、人や車が危ない場所へ入らないように置いておく、赤い色をした、円錐型のヤツ。パイロンとも言いますね。

コーンの真横から光を当ててできた影を見ると……三角形ですよね。では、こんどは真上から光を当ててみましょう。出来た影の形はなんですか?

円です。

円錐という形は、影で見ると三角形と円になるのです。もしも、その『影』しか見ることが出来ない人がいて、その人に想像力がなかったとしましょう。すると、円錐という形を連想することはなく、その人は、三角形と円の「2つが存在している」のだと信じることでしょう。

そう。われわれは、われわれの知の及ばぬところにある世界の、『影』しか見ることが出来ないのだと、プラトンは考えたのです。

おっと!

ここで勘違いしないでください。だから「人間の知には限界がある」という意味じゃなくて、まったくその逆なんです。

プラトンは、『影』を見ているのだと気づきさえすれば、その上位の世界にある「真実の知(プラトンはイデアと呼びました)」に、思いを巡らすことが出来るじゃないかと説いたのですよ。

つまり、「人間よ、想像力を羽ばたかせよ!」と、プラトンは言ったのです。

さあ、プラトンに勇気をもらったところで、4次元時空以上の次元が、本当に存在するのか考えてみましょう。

最初に、3次元以上の次元は、われわれには見ることも感じることも、さらに想像することすらできないと書きましたが、じつは、たった1つだけ、高次元を正しく扱うことの出来る手段があります。

それは「数学」です。

そもそも、高次元という考えそのものが、「数学」から生まれたのです。

古代ギリシアのユークリッドは、自然界のある「形」を幾何学という学問として扱えるようにしました。これは大変大きな功績ですが、しかし彼は、自然界にある形、つまり3次元だけを対象にしました。それ以上の高次元を想像すらしていなかったでしょう。

ところが、フランスの数学者、ジュール=アンリ・ポアンカレ(1854年 – 1912年)が、想像力は羽ばたかせて、3次元空間以上の、高次元を見つけたのでした。

それは、ユークリッドの限界を、逆転の発想で破る、画期的な方法でした。

というところで、次の章へ続きます。


■逆転の発想

われわれは、「3次元空間+時間」の世界に住んでいます。古代ギリシアのユークリッドには、それで充分でした。彼は『原論』の中で、形について、こう定義しています。

立体の端は面である。
面の端は線である。
線の端は点である。

以上。終わり。ご苦労さん!

このように、0次元の「点」から、3次元の「立体」までの定義はあるんですが、それ以上の次元について、ユークリッドは考えを巡らしませんでした。だって、立体(3次元)以上の形なんて、この世にないもんね。

この知の限界に挑んだのがポアンカレ。

ユークリッドの定義を、もう1度見ていただきたいんですが、立体からはじまって、点に降りてますよね。このやり方では、どうがんばったって、立体以上の形は出てこない。

そこでポアンカレは、ユークリッドの考え方をひっくり返して、点からはじめることにしたんです。

端が0次元(点)になるものを、1次元(線)と呼ぶ。
端が1次元(線)になるものを、2次元(面)と呼ぶ。
端が2次元(面)になるものを、3次元(立体)と呼ぶ。
端が3次元(立体)になるものを、4次元(超立体)と呼ぶ。

どーですか! たったこれだけのことですが、われわれは、3次元(立体)を、あっさり乗り越えてしまいました。

なんて、言うのは簡単ですけどね。この発想の転換は、天動説が信じられていた時代に、じつは動いているのは地球の方だったと言うようなもんですよ。かの大哲学者アリストテレスが3次元(立体)こそが、完ぺきな形だと言ったんで、人々は信じて疑わなかったのです。

ところが、ポアンカレは、ユークリッドのやり方を逆転させて、その限界を破りました。ポアンカレのやり方なら、4次元だろうが5次元だろうが、好きなだけ次元を増やせますよね。

実際、現代の数学では次元が無限にあるとする研究もあるそうです。われわれは、ポアンカレの功績によって、数学的に多次元を扱えるようになったわけです。(ここからは、高次元ではなく、多次元という言葉を使います)

さあ、ここでやっと物理に戻りましょう。忘れている人がいるかも知れないので書いておきますが(苦笑)、この一連のブログ記事は、「超ひも理論」を説明したいから書いているのです。

水曜日(10月10日)にアップした記事で、アインシュタインは空間と重力を研究していくうちに、われわれの世界は、3次元+時間の、「4次元時空」だと考えた……と書きました。

テオドール・カルツァは、その「アインシュタインの重力方程式」を研究していて、ある日、とんでもないことに気がついたんです。

ポアンカレのおかげで、すでに数学的には多次元を扱えるようになっていましたから、カルツァは、4次元時空で書かれていたアインシュタインの方程式に、「第5の次元」を加えて書き換えてみたんです。

そしたら……

なんとその方程式は、「電磁気力」を説明する、マクスウェルの方程式と同じモノだったんですよ!

アインシュタインの方程式は「重力」を説明するための理論なのですが、そこに「第5の次元」を付け加えると、それは「電磁気力」の理論になってしまったのです。

これが驚かずにいられましょーか!

この一連のブログ記事の最初に書いたことを思いだしてください。物理学者は、この宇宙にある「力」を、すべて統合した理論を研究しているんです。重力の方程式が、電磁気学の方程式にも書き換えられると言うことは……

ああ、期待が膨らむじゃないですか!

ここでプラトンも思い出しますよね。われわれは『影』しか見ていないのです。三角形と円という2つの影は、じつは円錐という「ひとつの形」なのかもしれない。

そう。アインシュタインの方程式は、重力を説明するだけですが、じつは、この世のすべてを説明する「理論」の、「影」のひとつなのかもしれません!

1919年に、カルツァはアインシュタインに論文を書き送りました。それを読んだアインシュタインは、彼の大胆な発想に惜しみない拍手を送りましたが、同時に疑問を投げかけたのです。

「でもさ、カルツァくん。その5次元って、どこにあるの?」

ごもっとも(笑)。

残念ながら、カルツァ自身は、アインシュタインが抱いた疑問に答えられませんでしたが、スウェーデンの物理学者、オスカル・クライン(1894-1977)が、あるアイデアを思いついたのです。

この続きは、またまた次の章へ。


■アインシュタインの疑問

アインシュタインの重力方程式を5次元で書き直すと、重力方程式が電磁気力の方程式に変わった!

この発見をしたカルツァは、しかし、アインシュタインの疑問に答えられませんでした。

「5次元なんて、どこにあるの?」

まったくもって、その通り。5次元はどこにあるんでしょう? いや、あるとしたらの話ですが(苦笑)。

アインシュタインの疑問を言い換えると、「5次元というのは、数学的テクニックにすぎないのではないか?」ということですね。

アインシュタインが重力方程式で使った変数は、「縦」「横」「高さ」「時間」という、本当に自然界にあって、目に見える(というか認識できる)モノばかり。この4つを変数にして式が成り立っている。なのに、そこに数学でしか出てこない「5次元」なんて、人間には見ることも触ることもできない「幻」を加えられても、それは自然を表現しているとは言えない。

そう考えたくなりますよね。

それでも、カルツァの式が正しいというなら、いったい、5次元はどこにあるんだ?

それは観測できるのか?

あるいは実験で証明できるのか?

この疑問に答えようとしたのは、スウェーデンの物理学者オスカル・クライン(1894年ー1977年)です。

彼は考えました。もしかしたら5次元は、われわれの3次元空間では、「点」と見なせるくらい小さい領域に押し込まれて「隠れている」のではないだろうかと。

えー、そんなー、忍者みたいなヤツなんですか、5次元って?

と首をかしげたくなりますが、まあ、あわてないで、説明を聞いてくださいよ。

いまここに、1枚の紙があったとします。厳密に言うと、紙には厚みがあるので、れっきとした3次元ですが、厚みのない2次元面としての「紙」を想像してください。

その紙を丸めて筒にします。すると、あーら不思議。2次元だった「面」が、筒という「立体」になりましたね。

とても不思議なことですが、「次元」というのは、このように、折りたたんだり、あるいは展開したりすることが理論(数学)的には、可能だそうです。

では、2次元を丸めて作った3次元の筒を、こんどは引き延ばして細い棒にしてみましょう。どんどん細くすると、太かった筒がやがてストローくらいになり、さらに細い糸のようになり、もっと細くなって、蜘蛛の糸みたいに目で見えるかどうかというくらい、細くなりました。もっともっともっと細くすれば、細菌やウイルスのように、本当に目に見えなくなってしまって、そこに「ある」ことを、だれも感じなくなるでしょう。

そうなんです。クラインは、5次元をどんどん小さくしていけば、われわれ3次元空間に生きる人間には影響を与えることなく存在できると考えたのです。

こういう考え方を「次元のコンパクト化」と言います。

かなり詭弁ぽく聞こえますが(苦笑)、この考え方が正しいとすると、ちょっと困ったことがあります。われわれに影響を与えないと言うことは、つまり「観測」することもできないってことです。観測できないことは証明も出来ませんから、クラインのアイデアは、永遠に「仮説」のままでしょう。

いやいや、なにも直接観測するだけが、理論の証明方法ではありません。その理論で「予言」される現象が、実際に起こるかどうか見るという方法があります。

すごく乱暴な例えで言うと、野球選手の投げたボールを、打者が打った瞬間は、ほんの一瞬なので目で見てもよくわからない(直接観測できない)。でも、そのときに「カーン」と音がするのは聞こえるはずです。その音が鳴れば、球がバットに当たったと推測できますよね。

このように、理論も直接観測ができなくても、間接的な証拠を集めれば、「まあ正しいだろう」と考えることが出来ます。

カルツァとクラインの理論(カルツァ=クライン理論と呼ばれています)も、当然そのような実験と観測が試されました。

すると……

実験で示された現象を、彼らの理論はうまく説明することが出来なかったのです!

あらー。肩すかし(苦笑)。

どうやら、カルツァもクラインも、なにかが間違っていたようです。実験または観測によってダメ出しを食らった理論は、急速に衰退していきます。せっかく生まれた「第5の次元」という発想は、理論の表舞台から退場することになりました。

さて、5次元が葬り去られたあと、物理学者たちは、半世紀にわたって様々なアイデアを出し合い、4つの力のうち、電磁気力と弱い力を統一することに成功しました。

今日「標準理論」と呼ばれるそれは、理論が予想して、かつ、唯一未発見だった「ヒッグス粒子」が、今年中には「発見」と呼べるレベルにまで観測が進むと期待されていますから、まあ、おおむね正しいと考えられます。さらに物理学者たちは、そう遠くない未来に、強い力も統一できそうだと考えているようです。

このように、重力をのぞく3つの力は、なんとか統一できそうな気配なんですが……

重力だけは、依然として、どーしようもなく頑固で、ほかの3つの力と、仲良しになることを拒み続けているのです。

しかし、重力だけを一匹狼のまま野放しにしておくことは出来ません。なんとか、理論に組み込む方法はないものか……

そこで半世紀ぶりに思い出されたのが、カルツァたちの「第5の次元」です。カルツァは、4次元時空に、1次元だけ加えて、5次元にしましたが、もっと多くの次元を加えれば、もしかして、すべての力を統一できるんじゃないか。

そんなことを考えた物理学たちは、1つ2つと次元を増やしていって、とうとう、4次元時空に7次元を加えた「11次元超重力理論」というのを考え出したのです。

なんだかもう、子供番組の「なんとか戦隊」に出てくる、合体ロボみたいな感じですが、一時はうまくいくように思えたんですよ。

ところが……

11次元超重力理論も、実際に存在する素粒子の一部を表すことが出来なくて、うまくいかないってことがわかってきました。

さあ、困った。どーしましょう?

というのが、わりと最近まで、物理学の置かれていた状況でした。

重力をほかの力と統一する新しいアイデアが必要です。

なにかいいアイデアはありませんか?

あります。しかも、いくつか候補はあるんです。その1つが、「超ひも理論」なのです。

この理論は、そもそも「無限」を退治するために考え出された理論なんですよ。素粒子というのは「大きさのない点」と考えるのが、物理の常識でした。でも、この常識には恐るべき魔物が潜んでいるんです。

大きさのない点というのは、つまり、「無限に小さい点」と考えられます。となると、その点の密度も、無限に大きくなり続けるのです。

意味がわからん!

と言う方は、ここは読み飛ばしていただきたいんですけど、素粒子の密度を求めるには、「質量÷体積」という計算をしなければなりません。ですがこのとき、素粒子を体積ゼロの点と考えますと、ああ……なんということでしょう。「質量÷0=無限大」になってしまうのです。

密度が無限大というのは、あってはいけないことなので(理論が破綻するという意味なので)、素粒子を「大きさのない点」と考えること自体が間違っているはずです。

じゃあ、どーしたらいいのさ!

と悩んだ物理学者がいました。その人の名は、われらが南部陽一郎博士(1921-)でございます。

彼はある日、ふと思いついたのです。そうだ、素粒子を大きさのない点(0次元)と考えるのではなく、ひも(1次元)と考えれば、割り算の分母に置く値がゼロではなくなるので、無限大を退治できるじゃないか!

こんなふうに書くと、意外と単純な発想のように感じますけど(笑)、こうして初期の「ひも理論」が誕生したのです。

ところが、この「ひも理論」も、実験の結果、どうも間違いだと言うことがわかってきて、一時は忘れ去られることになりました。南部博士によると、「ひも理論」はダメだって空気が漂いはじめたのは、1974年ごろだそうです。

ところが、一時は消えるかに思われた「ひも理論」は、重力を統一する理論の候補として、不死鳥のように蘇りました。

それは、物理の世界に「超対称性」という、新しい考えが芽生えたからなのですが、その様子は、次の章で探っていきましょう。


■異次元への旅

素粒子の密度から「無限大」を消し去るために生まれた「ひも理論」。これがいま、重力をも統一した、大統一理論の候補として挙げられています。

なぜなんでしょう?

素粒子は点(0次元)ではなく、ひも(1次元)なのだと、南部博士は考えましたが、彼の主張は、それだけではないんです。南部博士は、強い力と呼ばれる、素粒子の間に働く力にも、ひもの概念を持ち込みました。

素粒子というと、われわれの身体のように「物質」を作るモノを連想しますが、じつは「力」も素粒子によって伝わるのです。

たとえば、電磁気力は、光子(フォトン)を介して伝わります。弱い力を伝えるのは、ウィークボソンという粒子で、強い力はグルーオンという粒子が伝えます。

そして問題児の重力は、重力子という粒子が伝えるのだろうと考えられています。(重力子は、まだ発見されていない仮説上の粒子です)

このように、「力」も、素粒子とは切っても切れない関係なので、「ひも理論」が正しいのであれば、「力」も、ひもであるはずです。

ですが、昨日の記事で書いたとおり、「ひも理論」は、実験の結果、どうもダメそうだと言うことが明らかになったのですが……

その後、力を統一するために、「超対称性」という新しいアイデアが生まれました。「ひも理論」は、この「超対称性」を組み入れることで、「超ひも理論」として生まれ変わったのです。

ここで「超対称性」を説明したい……のは山々ですが、ぼくには無理かな(汗)。難しすぎて、説明できるほど理解してないんですよ。

だから無謀を承知で、すっごく簡単に(というか、ぼくが理解している範囲で)書きます。

いまの物理学では、素粒子に「スピン」という、「素粒子の自転の勢い」があると考えられています。じつは、素粒子が、それぞれ「違う素粒子」のように見えるのは、この「スピン」の値が違うからだというのです。1回転している素粒子と、1/2回転している素粒子では、別の種類になるというわけですね。

さて、電気にはプラスとマイナスがあり、磁気にはN極とS極があるように、素粒子には、それぞれ反粒子とよばれる双子が存在します。「スピン」にも、これと同じように、スピンの異なるパートナーがいると考えられているのです。それが「超対称性」です。

ただ、「対称」と言っても、単純に反対のスピンというわけではなくて、もっと数学的に複雑なので、わざわざ「超」をつけて、「超対称性」と呼んでいるそうです。

これ以上の説明は、ぼくには無理なので(汗)、そういうものだと思ってくださいませ。

先ほど書いたとおり、重力までを含んだ「力」を説明できる理論として、「ひも理論」に、素粒子の「超対称性」を組み入れて再構築されたのが「超ひも理論」なのです。(どんなふうに組み入れたかは、難しすぎるので割愛……汗)

ただし、「超ひも理論」が矛盾なく成り立つためには「10次元」が必要なのだそうです。その理由を正しく説明するのは、これまたぼくの知識では無理ですが、こんなふうに考えてみたらどうでしょう。

たとえば、いま「d」という文字があるとしましょう。2次元の世界では、この文字を回転させて「p」にすることが出来ますよね。3次元の世界では、さらに出来ることが増えます。「d」を持ち上げて、空中でひっくり返すことで、「b」にすることができるのです。

このように、次元が上がると、低次元では出来ない(成り立たない)ことができるようになるのです。低い次元で「ひも理論」はうまく機能しませんでしたが、次元を上げていけば、矛盾がなくなっていき、10次元が、ちょうどピッタリ合う世界だったようです。

そもそも、「ひも」って考え方は、「重力」にとっても、便利なものなのですよ。

たとえばAという粒子と、Bという粒子が衝突することを考えてみましょう。もしも素粒子が「大きさのない点」だとしたら、衝突したときの距離も「ゼロ」ですよね。重力は距離の2乗に反比例しますから、距離がゼロだと、AとBの素粒子にかかる重力は、「無限大」になってしまうのです。素粒子は衝突しただけで「ブラックホール」になってしまうわけですね。

でも、素粒子が「ひも」ならば、衝突したときの距離がゼロにならないので(1次元として長さがありますから)、重力の無限大問題は回避できます。

このように、「超ひも理論」は、いろんなことをうまく説明できそうだというので、多くの研究者が、研究に参加するようになったのですが……

われわれ一般人には、どうしても10次元というモノがイメージできませんよね。その点、物理学者の先生たちは、どう考えているんでしょう。

次元の研究(正確には余剰次元の研究)で有名な、ハーバード大学のリサ・ランドール博士がおっしゃるには、彼女自身は、高次元の世界を、映像的にイメージすることはないそうです。数学者の中には、そういう訓練をしている人もいるそうですが、物理学としては、高次元があるのかないのかが重要なのであって、高次元をイメージするのは、必要のないことなんだそうです。

これ、わかる気がする。

高次元の世界を映像的にイメージするって、「観念」的な世界に突入してしまう気がするんです。いえ、コンピューターを使えば、4次元の超立体を、余剰次元方向に回転させて、3次元への投影図を描くことは出来ますよ。でも大元の、4次元世界にある「超立体そのもの」を描くことは不可能です。

それをね、イメージしようっていうのは、言葉は悪いけど、悟りの世界ですよ(苦笑)。どっかの山の中で霞でも食って、仙人にならなきゃ高次元をイメージするのは無理っぽい。

でもね、そうはいっても、1つだけ、どうしても発しなきゃいけない質問があるのです。

「あのー、お聞きしたいんですが、10次元はどこにあるんですか?」

アインシュタインが、5次元がどこにあるのか聞いたように、いまぼくらは、「超ひも理論」に対して、同じ質問が必要です。

はい、ここでまた半世紀前の、カルツァ=クライン理論を思い出してくださいませ。クラインは、5次元が小さい点の中に押し込まれていて、隠れて見えないだけだとして、5次元の存在を許しました。

この古くさい理論(なにせ半世紀前)が、最新の「超ひも理論」にも応用されて、4次元時空にプラスされた「6次元」分は、小さく丸まって存在していると考えることにしたんです。それは、本当に小さく小さく丸まっているので、われわれの空間に影響を及ぼさないのです。

やっぱり、なんとなく詭弁に聞こえますが(苦笑)。

プリンストン高等研究所の、エドワード・ウィッテン博士らが、次元を小さく丸め込むこと(コンパクト化)は、数学的には可能であることを示しました。あくまでも数学的にですが。

さて、そろそろ、この一連のブログ記事を締めくくりましょう。

いままで見てきたように、「超ひも理論」は、数学的には、なんとか成り立ちそうな気配が漂っています。ですが、まだまだ未完成ですし、言うまでもなく実験と観測という、科学にとってもっとも重要な試練をパスしていません。あくまでも「数学」でのお話なんですよ。

はたして実験(観測)で、たしかめることはできるんでしょうか?

できます。直接は無理ですが(理論自体が、余分な次元は、われわれに直接影響を及ぼさないとしているので)、間接的にはできるはずだと、科学者は考えています。

じつは、ヒッグス粒子の発見が濃厚になってきた、セルンのLHC(大型ハドロン衝突加速器)の実験で、4次元時空より、さらに上の次元が見つかるかもしれないと期待されています。

もしも、未発見の重力子が見つかって、その崩壊を観測できれば、第5の次元が存在する可能性が高まるそうです。(ぼくも理論を理解してるわけじゃないんで詳しくは書けませんけど、重力子だけは、第5の次元に移動できると考えられているため)

もしも、第5の次元が見つかれば、さらに6次元、7次元、8次元、そして「超ひも理論」が要求している10次元だって存在するかもしれません。少なくとも、その可能性が高まります。

もしも、もしも、もしも……

そう。まだ、どの理論も「もしも」の段階でしかありません。ヒッグス粒子は発見できそうですが、「超ひも理論」が復活するキッカケとなった「超対称性理論」が予言する「超対称性粒子」は、まだ見つかっていません。

今年の8月ごろのニュースでは、悪いことに、理論が示す場所には、「超対称性粒子はなさそうだ」ということが、だんだん濃厚になってきました。気の早い人は、「超対称性理論」を考え直さなきゃ! なんていい出してます。

「超対称性理論」が間違っていたら、それを組み込んだ「超ひも理論」も間違っているわけで……

やれやれ。3歩進んだと思ったら2歩下がるって感じ。人生だけでなく、科学もワンツーパンチ(古っ!)ですな。

このように、現代物理学は、まだまだわからないことだらけ、解決しなければならない問題だらけです。

最後に、もう一言だけ。

すべての力を統一する理論の候補は、「超ひも理論」だけではありません。ほかにも、「ループ量子重力理論」というのも有力です。こちらは、研究者の数では「超ひも理論」に劣るようですが、理論自体が劣っているという雰囲気はなく、いまのところ、2つの理論のどちらが成功するかは、だれにもわかりません。

以上で、「超ひも理論」の解説を終わりにしたいと思います。最後までお付き合いくださったみなさん、ありがとうございました。


≫ Back


Copyright © TERU All Rights Reserved.