もんじゅという呪文


 新聞やテレビのニュースでトップの扱いだったから、『もんじゅ』という名の高速増殖炉が運転を再開したニュースは、みなさんもよくご存じでしょう。

 告白しよう。じつはぼく、核分裂って好きなんです。なんて言うと、原子爆弾でも作りたいのかおまえは! テロリストだな! 逮捕だ! アメリカのどっかの基地の汚くて冷たい独房に送り込んでやる! そこで拷問だーっ!

 なんてことにもなりかねない、イヤな世の中ですが、もちろん原子爆弾を作りたいと思っているわけじゃなくて、自然科学の分野では、天文学に続いて好きな物理の、その中では原子についての物理が好きなんです。

 だから、高速増殖炉は大賛成ですよ。どーぞ、どーぞ、存分に高速中性子をぶっ飛ばして、じゃんじゃんプルトニウムを増殖させなさい……と言うと思ったら大間違い。

 基本的にぼくは、原子力発電に反対です。もし許されるなら、原子力発電所はこれ以上作らない方がいい。

 でもォ……国のエネルギー政策ってのは、考えるのも評価するのも難しいんですよ。だって、昨日今日の話じゃなくて、少なくとも50年後、できれば100年後くらいまで見越して、計画を練らなきゃいけないんだもん。

 だってさ、エネルギーがなくてはなにもできないでしょ。1年後にエネルギーはなくなりますなんて言われたら、すぐにでも国が滅びるほどのパニックが起きますよ。1年後は大丈夫でも、10年後はダメですって言われても、とんでもないパニックになりますよ。最終的には戦争ですよ。エネルギーがなくなるとわかったら、憲法九条なんか知ったこっちゃない。もう死に物狂いで他国を侵略して、エネルギーを奪え! ってことになったら、どーしますぅ?

 そんなことが起こったら大変なので、エネルギー政策は、ながーい目で見て慎重に、かつ現実的な解を求めなきゃいけないわけです。心労の多い仕事ですよ。ぼくが担当者なら半年で胃に穴が開きますよ。

 と言う前提で考えると、エネルギーを得る手段は、できるだけたくさん持っておきたい。と思うのが人情でしょうな。石油や石炭、そして天然ガスはもちろん、原子力発電に使うウランも、50年くらいの単位で安定して手に入るようなルートを確保しておきたい。

 さらに、自然のエネルギーが使えるなら、できるだけその研究もしておきたい。太陽電池や風力、地熱に波の力。あるいは海底の海流を利用できるかも……とかとか。日本の場合、太陽電池は産業として成り立っているけど、それ以外の自然エネルギーは難しいですなあ。研究に金と知恵がいるわりにはイマイチ人気がなくて人材が育たないし、なんて切ない課題も多い。

 とにかく、いますぐできることから、しっかりやっていきましょう。と考えると、いまある技術を、さらに洗練させて効率を高めたいわけですよ。火力発電所なんて、もう理論的な限界に近いところまで効率アップされてるそーですよ。

 そんな中で出てきたのが、プルサーマルとか、高速増殖炉の推進。この二つは密接に関係してますが、プルサーマルはべつの機会に譲るとして、いまは高速増殖炉に絞って話しましょうかね。

 高速増殖炉の原子炉は、ふつうの原子炉と違って、燃料には使えないウラン238という元素を、プルトニウムに変えることができる原子炉なんですよ。まあ、ふつうの原子炉の中でも少しは起こっている反応なんだけど、高速増殖炉の場合は、プルトニウムが大量にできるので、燃料のむだが少ない。言い換えると、省エネなわけです。理屈の上では、少ない燃料で、ながーく、たくさん電気を作ることができる。ウランの全量を輸入に頼る日本としては、ありがたい技術ですな。

 が!

 そうは問屋が卸さない。高速増殖炉は、運転がものすごく難しい。アメリカやフランス、あるいはイギリスなど、原子力発電では先進的な技術力を持った国々が、こぞって研究していたけど、みんな失敗。成功した国は、まだ一カ国もないんですよ。

 こんど運転再開した『もんじゅ』だって、なんども失敗して、ずっと運転できないでいたのを、でもやっぱり、日本のエネルギー政策に増殖炉が必要だから、なんとか実験を続けたいって想いで、こんどの再開にこぎ着けたわけです。

 たぶん、また失敗するでしょう。われわれの持っている技術や理論で、高速増殖炉を制御するのは、まだ無理なんじゃないでしょうか。運転技術だけでなく、原子炉内でのプルトニウムの反応だって、よくわかってないんだから、成功すると思う方がおかしい。でも、そういうこと全部わかった上で、制御技術と物理学の発展のために、『もんじゅ』を徹底的に研究する意義はあると思うんですけどね。

 日本以外の先進国は、もうみんな諦めてて興味がないみたいだけど、中国や韓国、あるいはロシアなんかは、将来、増殖炉を作りたいと思っているみたいですよ。だから、そういう国が集まって、みんなで英知を出し合ったらどうですかね?

 え? エネルギー政策に、他国の干渉を受けたくない? まあ……その気持ちもわかりますけど、韓国ならいいんじゃないですか? 仲良くやりましょうよ。ロシアだって、うまく付き合っとかないと、ずっと北方領土返してもらえないかもしれないし。

 え? こんどはアメリカが許さない?

 うーん。じゃあアメリカ主導でいいですよ。興味がないから、金は出さないって言うなら、お金はぜんぶ日本が出しましょうよ。でも、ボスはオバマさまでいいですよ。なんなら、うちの鳩ちゃんに、オバマさまの便所を掃除させたっていいですよ。そこまでへりくだれば、アメリカさまも、なんとか許してくれませんかね?

 なんて、冗談だか本気だかわかんないこと書いてますけどね。原子力を利用するには、冗談でも言って、笑うしかない頭の痛い問題が山ほどあるんですよ。

 そもそも原子力の利用には、『その後』がつきものでしょ。ふつうの原子炉だって、ヤバイ放射性物質が、大量にゴミとして出るんですよ。それを再処理することも、埋めて捨てることすらできないんですよ、いまは。しかも近い将来に、解決する気配すらないんですよ。

 それがあなた、高速増殖炉ともなれば、燃料が増殖しているうちはいいけど、その後は、ふつうの原子炉より、放射性廃棄物がいっぱい出る可能性が高いですよ。再処理も大変でしょうねえ。プルトニウムいっぱいだと。なにせプルトニウムは、放射性を抜きにしても、人体に毒ですかね。化学的に。さらに高速中性子を浴び続ける原子炉の寿命も短いことが予想され、廃炉にするときの研究はいつも後回し。

 考えてもごらんなさいよ。微量の放射性物質が含まれる温泉(放射能泉)が健康にいいと信じている人たちだって、自分の家の近くに再処理工場だとか、埋め立て地ができたらいい気持ちにはならないはず(※注)。

 なんどもいいますが、放射性物質の処理は本当に厄介で、そういう厄介な問題は、いまの技術では解決できず、みんな未来の子供たちに押しつけるしかないんですよ。

 それでも、50年後の日本に増殖炉は必要なんだ! と言われたら……

 うーん、そうなんですか。じゃあ、研究だけはしておきましょうかねと、やや消極的に賛成するしかないですかね? うーん、でもなあ。やっぱり原子力は問題が多いなあ。

 それとね、お役人が一度やると決めると、手段が目的化してしまいそうで怖い。あげくに公社でも作って天下りとかね。そーいうの、もうイヤなんです。うんざりなんですよ。国家公務員には、なんとか定年まで働いてもらおうって、民主党が細々がんばってるじゃないですか。自民党には、絶対できなかったことなのに、あんまり評価されてませんけどね。鳩ちゃん、ほかの問題で、挫折の連続だから。

 話が逸れましたな。

 ともかくこの増殖炉、なんでもかんでも反対ってわけじゃないですよ。研究を続けなきゃ、わかんないこともいっぱいあるだろうし。たとえ『もんじゅ』が、また失敗しても、知識の蓄積は人類のためになるのだろうし。

 でも……エネルギー政策として、是が非でも高速増殖炉を推進し続けるってスタンスはねえ。どうなんですかねえ。下策という気がしてなりませんねえ。



(※注)
放射能泉によるホルミシス効果には賛否両論があって、本当に身体にいいのか悪いのか、科学的に納得できる答えは出ていない。

補足および修正 2017年3月12日
このエッセイは、2010年5月12日に書かれたものです。発表当時、放射能泉の表記の中に、個別施設の登録商標になっている名称を使用していると、商標を有する該当施設から指摘を受け、その名称はエッセイから削除いたしました。



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