ボルケーノ


 アイスランドの火山噴火について、おそらくご存じない方はいないだろう。火山灰による航空機の障害を恐れて、ヨーロッパでは、かなりの数の空港が閉鎖、または着陸制限されて、かの地は大混乱の真っ最中(2010年4月19日現在)。ポーランド大統領の国葬に各国の要人が出席できないだけならともかく、日本も医薬品の輸入が止まってしまって、けっこう深刻な事態だ。

 シロウトが考えても、火山灰とジェット旅客機は、ひじょーに相性の悪い組み合わせだ。ジェット旅客機のエンジンを見たことがある人なら、進行方向に向かって、大きな扇風機のようなものがついているのをご存じだろう。ジェットエンジンは、そこから大量の空気を吸い込んで、エンジンの中で燃料を燃焼し、そのガスを勢いよく後ろに出すことで推力を得ている(さらに飛行機の制御に必要な電力もエンジンで作る)。

 この構造上、空気の吸い込み口(エアインテーク)に、いろんなものを吸い込みがちだ。よく問題になるのは鳥だね。鳥が吸い込まれてエンジンが損傷することを、バードストライクなんて言う。この手の事故で記憶に新しいのは、USエアウェイズ1549便の事故だろう。このときは、翼の左右についている二つのエンジンが、同時に鳥を吸い込んで、推力が大幅にダウン。空港の管制官は、近くの空港への着陸を指示したそうだが、とても飛べる状態ではなく、機長のサレンバーガーは、ハドソン川への不時着を決意した。なんとサレンバーガーは、通常の着陸時と同じように、なめらかに着水をしたそうだ。しかし、ここで本当に驚くべきは、異常発生から着水までが、たった3分ほどしかなかったことだ。サレンバーガーは、操縦の腕はもちろん、その判断力がきわめて優秀だったのだ。これこそまさに、一瞬の判断が、生死を分けた好例だろう。乗客乗員155名、全員の命を救ったサレンバーガーがあれだけ賞賛されるのも、当然という気がする。

 話が逸れてきた。火山に戻ろう。

 いまから20年ほど前の1989年。アラスカ州のリダウト火山が噴火した。このとき噴煙は1万2千メートルまで立ち上ったそうだ。運悪く、KLMオランダ航空のボーイング747が、その噴煙に突っ込んだ。4基あるエンジンがすべて止まり、あわや墜落! と思われたとき、パイロットの懸命の努力で、エンジンが再始動。KLM機は無事アンカレッジへと生還することができた。ふうー、よかった。

 このことがキッカケで、火山の噴火は、航空機の安全運行に、大きな脅威になり得ることが、広く認知された。

 考えてみれば、火山灰は鳥よりもタチが悪い。先に挙げたUSエアウエイズの場合は、ダブルバードストライクで、すべてのエンジンが動かなくなったけど、これはかなり運の悪いことで、ふつうは、片方のエンジンは無事なので、なんとか飛行して空港へ降りることができる。

 ところが、火山灰の場合は、エンジンが全滅する確率の方が高い。なぜって、航空機の飛んでいる一帯の空気中には、浮遊する灰が均一に含まれるはずなので、全部のエンジンが一斉に火山灰を吸い込んでしまうからだ。さらに悪いことに、一見、煙のように見えなくても(つまり薄まっていても)、細かく硬いガラス状の物質などが空気中に含まれている可能性がある。それらの物質は、いうまでもなく旅客機のジェットエンジンに不調を起こす原因になり得る。だから今回、非常に広範囲で空港を閉鎖する事態になった。(ただ規制がきつすぎるので、航空会社の多くは、規制緩和しろーっと、騒ぎ出しているようだ)

 と、ここまでが今回のエッセイの前ふり。じつのところ、航空機の安全についても、火山灰の予報についても、ぼくは多くのことを知らない。でも、火山が存在している理由についてはよく知っている(つもり)なので、その話をエッセイの主題にしたい。

 そもそも、火山とはなんだ?

 ごく簡単に言えば、地球内部の熱いマグマが、地殻の割れ目を通って噴出する現象のことだ。噴出したマグマが冷えて固まれば、そこに火山の山ができる。海にマグマが吹き出せば、そこは島になる。だいたい、ぼくらが立っている地面だって、もとは熱くどろどろに溶けていたマグマだったのだ。

 では、ここでタイムマシンに乗って、過去の地球を見て見よう。またぼくの好きな古代ギリシャへ行くのかって? いやいや、こんどはもっと昔。なんと46億年前にいってみようじゃないか。

 地球は、いまから46億年前に、小さな微惑星同士が衝突し合ってできたと考えられている。微惑星同士が衝突するエネルギーはすさまじく、当時の地球は、ものすごく熱くて、さらさらの液体状になったマグマの塊だった。

 現在のマグマは、ケイ酸塩混合物だけど(要するに岩石物質)、初期の地球のマグマは、宇宙にある塵の成分が、ほぼ均等に溶けていた。それらのうち、鉄に代表される重い物質が、地球の中心に向かって落ちていく。水の中に水銀を垂らすところを想像してもらえば、鉄が中心に向かって落ちていくさまが理解してもらえるだろう。こうして地球は、鉄のコア(核)を持つように進化していった。

 さて、微惑星の衝突が収まると、エネルギーの供給が止まって、やっと地球は冷えはじめた。最初は対流が乱れていたので、急速に冷えたと考えられている。ところが、十分に冷えると、それまで熱すぎて、さらさらの液体状だったマグマが、だんだんドロドロしてくる。それまで水みたいだったのが、水飴みたいに、ねちゃーっと粘度が増すわけだ。

 すると、ねっちょりしたマグマが蓋をするように、地球内部の熱を閉じこめて(もっと正確に言うと、対流が大きく規則正しくなって)、地球の冷却する速度が遅くなった。地球は、自分で自分を保温するようになったんだ。もしも、この保温機能がなかったら、地球はとっくのむかしに中心まで冷え固まって、死んだ惑星になっていただろう。

 ここまでの過程が、だいたい6億年くらい。つまり40億年前ぐらいには、やっと活動が落ち着いて、最初の大陸が形成されたと考えられている。

 ところが!

 これで地球が安定したわけじゃない。微惑星の衝突エネルギーは供給されなくなったけど、天然の放射性元素が分裂する熱が、その後も供給され続けた。地球の内部は、いわば天然の原子炉なんだ。放射性元素は、半減期によって、急速に減っていくけど、初期の地球には、地表ですら天然の原子炉ができるほど、放射性元素が豊富に存在していた。

 それに加え、魔法瓶(死語?)のような保温機能を持つ地球は、46億年たったいまも、内部に大量の熱(エネルギー)をため込んでいる。この熱と宇宙空間への放熱が、茶碗の中のお湯が対流でかき回されているように、地球内部の対流を生み出しているんだ。

 つまり、表面の冷えた層が沈むと同時に、内部の熱が上昇流となって、地表へ上がってくる。この対流が、火山活動の基本だ。熱が内部から上がってくるからこそ、ドカーンと火山が噴火するってわけ。東京帝国大学(いまの東大ですな)の寺田寅彦が、まさに『茶碗の湯』というエッセイで、その現象を説明している。

 しかし、通常の対流では説明がつかないほど大規模な火山活動が、地球を襲うことがたまーにある。中でも、いまから26億年前の活動は、すごい規模だったらしい。

 地殻って、マグマの上の薄い岩石の層だから、水に浮かぶ木の板のように、マグマより軽いんじゃないかと誤解する人がいるかも知れない。もちろんそうじゃなくて、地殻は重いんだ。だから沈むんですよ。

 と言っても、全体がじわーっと沈むわけじゃない。そもそも地殻は、1枚の大きな膜ではなくて、何枚もの膜が張り合わさった構造になっている。その膜のことをプレートなんて呼ぶよね。プレートとプレートの境界が、地殻の沈み込む場所だ。そこは海溝と呼ばれる深い深い海になる。

 ところで、沈んだ地殻はどうなると思う?

 さっき書いたとおり、地殻はマグマより重いから、どんどん沈んでいって、なんと地下3000キロぐらいにある、鉄のコアの表面まで沈んでいくんだ。その沈み込みが、ある水準を超えると、鉄のコアが重みに耐えられなくなって、コアに蓄えられたむちゃむちゃ熱い熱エネルギーを、上昇流として地表に向かって大量に吹き出す。この上昇流が地表に達すると……

 さーあ大変!

 火山活動が暴力的に活発になって、地球内部の熱が強烈な勢いで放出されるんだ。いままでに、なんどか繰り返されてきた現象だけど、さっき書いたとおり、いまから26億年前に起きた放出が、最大規模だと考えられている。

 これでだいぶ落ち着いたか?

 いや、まだまだですよ。こんどは大陸が問題なんだな。地殻というのは、プレートの集まりだと書いたよね。そのプレートの岩盤の厚いところが陸地になっていて、小さいと島と呼ばれ、大きいと大陸と呼ばれる。

 さて、プレートはマグマに浮かぶ岩盤の膜だと書いたよね。そうだねえ……熱した豆乳の上に、湯葉ができてる様子を想像してもらえば、当たらずとも遠からず。鍋の表面の湯葉は、ほっとけば動かないけど、残念ながら、地球のプレートは、ほっといてくれない。地球内部の対流のせいで、つねに動いているんですよ。だから、大陸同士が、くっついたり離れたりを、定期的に繰り返す。大陸同士がくっついてできた、超デカイ大陸を、文字どおり『超大陸』と呼ぶ。

 で、いまから2億5000万年前も、超大陸の時代で、そのころの超大陸を『パンゲア』と呼んでいる。

 さて、この超大陸が問題でしてね。要するにですね、毛布のように地球を包み込むんですな。だから、超大陸の下のマグマは、熱が宇宙空間へ逃げていけなくて、どんどん熱くなってくる。するってーとまた、火山活動が活発になるって寸法なんだな。

 事実、パンゲアのあった2億5000万年前には、大規模な火山活動があったことがわかっている。それから1億年ぐらい前まで、地球は火山活動が活発で、いまより大気中の二酸化炭素濃度が高かった。おかげさまで、地球はいまよりずっと温暖で(温室効果ですな)、海では植物プランクトンが大量に発生し、それらが海底に堆積して、石油になったと考えられている。つまり石油とは、数億年分のプランクトンの死骸だ。

 ちなみに、現代はちょうど大陸がばらけている最大期らしく、ふたたび超大陸ができるまでには、あと2億5000万年ほどかかると考えられている(そのころ、また大規模な火山活動があるだろうと予想されている)。

 ところで、さっきから、火山、火山と書いていていると、地熱が地表に放出されるのは、火山が唯一の手段だと思われるかもしれない。

 じつはそうじゃないんだ。もちろん火山は大規模な熱の放出源ではあるけど、誤解を恐れずに言えば、カップに入ったプリンにストローを刺して、プリンの底にある、キャラメルを吸い取っているようなものだ。つまり、非常にスポット的な現象なんだよ。基本的に「点」なんだよね。

 ところが、海嶺という場所は違う。ここはプレートの切れ目なので、ながーい帯になっているんだ。火山が点なら海嶺は「線」だ。海嶺はプレート(地殻)の切れ目だから、火山のように、途中にマグマだまりのような層がなく、マグマが直接表面に出てくるんだよ。要するに海嶺とは、プレート(地殻)が生まれる場所と言ってもいい。

 なにー、そんな恐ろしい場所があるのかって? いや、ご安心召されよ。それは海嶺と言うだけあって、みんな海の底だから。

 以上のように、地球の内部では、様々な原因によって活動が活発になったり、あるいは弱まったりを繰り返している。火山と並んで恐ろしい地震も、そもそも地球内部の対流が原因だから、もうちょい地球が冷えて、おとなしくなってくれれば……

 と思いたくなるのが人情ってもんだけど、たぶん、あんまり冷えない方がいいんじゃないかな。おそらく、地球のコアに十分な熱エネルギーがあるおかげで、地球の磁場が存在していると考えられる。この磁場があるおかげで、太陽から降り注ぐ『太陽風(プラズマの流れ)』が、地球を直撃しないですんでいるんだ。地球内部のエネルギーが、宇宙の過酷な環境から、ぼくたち生命を守ってくれているんだよ。ああ、それと、地球が冷えると温泉もなくなるし(苦笑)。

 ここで、ふとあなたは思うかもしれない。

 なんだ、地球の内部に、そんな大量のエネルギーがあるなら、それを安全に取り出して、もっと利用する手はないものかと。いや、温泉だけじゃなくて。

 ところが、それがなかなか難しいのだよ。日本のような火山国ですら、地熱が経済的に取り出せる場所は限られている(要するに火山の近くでしか利用できない)。さっき書いたとおり、火山以外に、地熱が地表近くまで上がってきているのは、海嶺というプレートとプレートの切れ目だ。そこなら、わりと効率的に熱エネルギーを取り出すことができるけど、海に潜ってエネルギーを取りに行くのは大変なのだよ。

 ただ……唯一と言ってもいい例外がある。

 それがアイスランドだ。アイスランドは、海嶺が陸に露出してるようなもんで、国全体が地熱で温められている。なんとアイスランドは、電力の20%を地熱から得ているそうだよ。すごいねー。その代わり……たまに、ドカーンときて、大変なことにもなるわけだ。

 というわけで、話をアイスランドに戻したところで、このエッセイを終わることにしよう。久しぶりの科学エッセイ。肩がこらずに読んでくれたとしたらうれしいけど……図がないから、ちょっと難しかったかな。



≫ Back


Copyright © TERU All Rights Reserved.