バージョンアップを愚痴ってみた


 ジェームズ・キャメロン監督の新作映画、『アバター』を見てきた。前回のエッセイにちょっと書いたけど、話題の3D映画だ。

 3Dの効果は思っていたよりずっと控えめだった。遊園地のアトラクションのように、画面から怪獣が飛び出してくるような大迫力……を期待して見に行くと、ガッカリするだろう。なんとなく奥行きがあるかしら? って程度。崖から落ちるシーン(正確には飛ぶためにジャンプ!)は、ふつうの2Dより迫力があったけど、自分が落ちているような感覚にはならない。

 考えてみれば、二時間以上ある映画で、身体がのけぞるようなすごい3D映像をずっと見せられたら、ぐったり疲れちゃうだろうな。あのくらいマイルドな方がいいのかも。

 まあ、3Dに関してはそんなもんで、大して驚かなかった。でも映画にとって肝心なのは物語だ。こちらも、ひねりのあるストーリーを想像してたんだけど、期待は見事に裏切られた。

 えっ!

 って感じ。ジェ、ジェームズ! いや失礼。ミスター・キャメロン。こんな単純なお話でいいんですか? とマジで思いましたよ。よく言えば定番、悪く言えばステレオタイプな物語。数ワードで表現できる。要するに「自分たちと違う文化を尊重しなきゃイカンよ」という物語だ。そんなの耳にタコができるほど聞かされた話だよね。ハッキリ申し上げよう。いまから100年以上も前に書かれた、H・G・ウエルズの『宇宙戦争』の方が、はるかに洗練されている。

 だからこそ皮肉じゃなく、ジェームズ・キャメロンは偉大だ。ホントに皮肉じゃなく。

 だって、アメリカ人が見たいと思う、ちゃんとお金になる映画を作るのは難しいことだよ。巨額の制作費をかける以上、失敗は許されない。だから物語に「ありきたり」のテーマしか選べないし、アメリカ人が期待するストーリー展開を外すこともできない。

 そんな呪縛を背負いながら、これだけしっかりした映画に仕上げるんだから、彼は本当のプロフェッショナルだ。すばらしい職人だと思う。頭では単純な物語だってわかっているのに、けっこう楽しめるんだよ。宮崎駿さんにも通じるよな、この感覚。それとアルフレッド・ヒッチコックも。彼も優れた映画職人だった。ヒッチコックが「サスペンスの神さま」とまで呼ばれるのは、芸術家ではなく職人だったからだよね。

 ふと思うと、ぼくの好きな映画監督は、みんな『職人』タイプだ。ぼくも職人になりたい。ストーリーテラーと呼ばれる職人に。

 なんてことをつらつら考えながら帰路につき、PCの電源を入れながら、そろそろある決断をしなければならないことを思い出した。

 一太郎のバージョンアップだ。

 以前「日本語変換の憂鬱」と題したエッセイにも書いたとおり、日本人の日本人による日本人のための日本語ソフトウエアを応援するため、ジャストシステムの製品を購入し続けるつもりでいる。だから一太郎のバージョンアップは、自分に課した義務という感覚なんだけど……

 問題はスイートをバージョンアップするかどうか。

 スイートとは、ワープロだけでなく表計算やプレゼンテーションソフトなどをセットにした製品のこと。それぞれのソフトを単体で買うよりお得だけど、一太郎だけを買うより高くつく。具体的には、一太郎のバージョンアップ版が、8,400円。スイートのバージョンアップ版が15,750円。倍だぜ。(ジャストシステムのオンラインショップ価格)

 ジャストシステムを応援しようと、去年はじめてスイートを購入した。買った以上、使わなきゃ損だと思って、三四郎というダジャレみたいな名前の表計算ソフトとしばらく格闘したけど……

 二、三日で断念した。ふだん使っているOpenOffice.orgと比べて、優れているところが一つも発見できなかったから。ほかにも、プレゼンやイラスト系のソフトとも格闘したけど、そもそもぼくは、その手のソフトで書類を作らないので(送られてきたファイルを見るビュワーがあれば、それでいい)、最初から時間のむだだった。

 一太郎以外で、唯一使っているのはメールソフトの「Shuriken」だ。ハッキリ申し上げて、このソフトもとくに優れものとは思わない。ただ一点だけ、さすが日本人の作ったソフトだけあって、メールを作成するところ(つまり日本語を入力するところ)だけは、外国製のソフトより使いやすい。それだって Becky ! のような、日本のシェアウエアソフトと比べれば、とくに優れてはいないのだけど……

 じつは仕事用とプライベート用のメーラーを分けたくて、いまぼくは「Shuriken」と「Becky !」を併用している。Becky ! だけ使っていたとき、プライベートのメールサーバーから、仕事用のメールを送信してしまって、ちょっと混乱したことがあったから。

 それとThunderbirdも使っている。オープンソースのメールソフトだ。これ、なかなか優れもの。ThunderbirdにLightningとProvider for Google Calendarを組み込んで、Googleカレンダーとスケジュールをリンクしている。こうしておくと、たとえば、iCalendarのデータが送られてきたら、それが自動でGoogleカレンダーとリンクするし、ノートパソコンでもデスクトップでも、常にリンクしたメールとスケジュールを確認できる。複数台の端末を持っている人は(スマートフォンを持っていればなおさら)、この便利さが身に染みるよね。

 こんなこと本当は、「便利だ」と喜ぶべきじゃない。だって、いまどきのIT系企業なら、社員間の連絡はもちろん、外部との連絡でも当たり前にやってることだぜ。できて「当然」と考えるべきだ。なのに、ShurikenとBecky ! にはできないんだ。この芸当。

 ただ……Thunderbirdは、メールの作成がイマイチ日本語向きじゃない。やっぱり英語圏のためのソフトだなあって感じる。だからThunderbirdに一本化できない。

 失礼。興味のない人には「?」な話だよね。サンダーバードってなに? みたいな。

 さて、話を戻して、バージョンアップのこと。新しいスイートは、買うべき価値があるか調べてみた。ひいき目に評価してみたけど、残念ながらどう考えても「必要なし」と結論するしかなかった。せめてShurikenで、iCalendarが読み込めるようになれば……との淡い期待も裏切られた。

 だから、ずっと躊躇していた。一太郎だけの(もっと言えばATOKだけの)バージョンアップに留めるべきではないか、と。

 考えてみよう。バージョンアップと称して、ほとんど変わっていないソフトウエアを売りつける商売が、この先も続くとは思えない。日航じゃないけど、一度キチンと清算して、出直した方がいいんじゃないか……なんて、株主でもないくせに思ったりして。

 けっきょくどうしたか?

 ポチっとしましたよ。スイートを。15,750円。あーあ。まだ予約の段階だから(発売は2月5日なのだ)、キャンセルできると思うけど……もう一年、もう一年だけ付き合ってみようと自分に言い聞かせて。(ATOKだけは、製品がある限りずっとお付き合いするつもりだ)

 われながら甘いと思うよ。でもまあ、一太郎とShurikenを別々に買えば、12,000円くらいになるから、スイートの15,000円はギリギリ許容範囲かと。それと、一太郎は今年25周年なんだってさ。そのご祝儀も込めて。

 でもねえ……釈然としない。応援とかご祝儀とか言っても、不必要なものにお金を出すのは。必要なのはATOKだけなのに。お金が有り余ってるなら、こんなグチグチ言わないけどさ。財布の中身はいつも寂しいのだ。

 ふたたび考えてみよう。マイクロソフトだって、もはや向かうところ敵なしのオフィスソフトを改良し続けている。とくにユーザーインターフェースの改良に余念がない。オフィス2003と、オフィス2007は、まるで別物に感じられるくらいだ。それがいいことかどうかはわからないけど、数万円するソフトウエアの対価として、「やるべきことをやっている」という気はする。彼らは彼らなりに、職人のプライドがあるんだろう。Appleのように、芸術家肌じゃないけど。

 ジャストシステムも、「毎年バージョンアップ=毎年お金をください」なんて、職人らしからぬケチくさいことはやめて、数年おきでいいから、バージョンアップの恩恵を感じられる製品を売っていただきたいと切に願う……けど、そうすると会社が潰れちゃうのかなあ。

 あー、困ったものだ。


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