宿題


 2009年が終わろうとしている。毎年恒例――というわけでもないけど――一年を締めくくるエッセイを書く時期が来たようだ。

 宿題というタイトルからお察しいただけるとおり、今年は「召しませMoney!」のパート3を出すことができなかった。楽しみに待ってくださっている読者のみなさんはもちろんのこと、アプリ版のユーザーと、制作会社の関係各位にもご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳なく思っています。

 例によって、言い訳をさせてもらうと、今作は本当に長いお話で、文字数だけで言うなら、前作をとっくの昔に上回っている。当初は、なんとか前作の1.5倍に収めたかったけど、それすら無理っぽく、マジで2倍の長さになりそう。

 こうなってくると、アプリにしたときの容量が心配だ。そこで制作会社に相談したら、容量のことは気にせず、物語重視で執筆してくださいと言っていただけた。

 というわけで、アプリのことは気にせずに、いままで通り、圭介たちの活躍を存分に書き尽くすつもりでがんばってます。

 それともう一つ。召しませMoney!3が順調に進んでいれば、年内に公式発表ができたかもしれない「Blind Chord」のアプリ版も、来年への宿題になっちゃった。

 でも、ご安心を! 制作は進んでますよ。いま書いたとおり公式発表ではないから、テンクロスさん(制作会社)に問い合わせとかしないでほしいのだけど、いい感じです。グラフィックがつくと、また盛り上がりますな。宇宙軍の軍服とか、パイロットスーツとか、SF心をくすぐるグラフィック満載。エリザベート女学院の制服もカワイイ(笑)。

 もちろん、キャラデザインもいい感じですよ。アラサーの星(笑)、レスター・グレイフォードをカッコよく描いていただいて大満足。そしてそして、ヒロインのオリヴィア。彼女のために、アプリ版専用のシナリオを用意します。そのシナリオでは、瞳を失っていない姿を見ていただけるかも……おっと、ここまで。まだまだ秘密よ(笑)。

 ともかく、アプリ版では、テキストもけっこう増量するはずだから、グラフィックだけでなく、物語としての新たな展開も期待しててください。気合い入れて書きますんで、どうぞお楽しみに! じつは作者のぼく自身が、Blind Chordのアプリ版を、一番楽しみにしているかも(笑)。

 念のため、もう一度書いておくけど、まだ公式発表じゃないから、くれぐれもテンクロスさんにBlind Chordのこと、問い合わせしないでね。しかるべきときに、発表があると思いますので。

 あ、そうそう!

 もう一つ宿題があったよ。2009年は、Script1の10周年だったんだよね。でも忙しくって、10周年を祝う企画ができなかった(泣)。まあ、2010年も10周年のうちと考えて、来年はなにか企画したいなあ。だって、10年間もScript1の存在を許してくださった読者のみなさんに、なにかお礼をしなければ!

 以上が、ぼく個人に課せられた宿題。

 これだけじゃあエッセイでも何でもなくて、ただの愚痴だから(たまに、ただの愚痴をエッセイと称しているのはだれだという質問は受け付けていない)、もうちょい高尚な話題もしておこう。

 どうやら2009年は、人類も大きな宿題を抱えたようだよ。そう。COP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)の結果をご存じない方はいないだろう。とくにScript1を読んでくださる、賢明な読者のみなさんなら。

 193の国と地域の首脳が集まるという、かつてない規模の会議に、期待を寄せる声も多かった。それだけに、残念というのが正直な感想だろう。もっとも、これだけの規模で、全会一致を求めるのも無理がある。たとえば、スーダン代表の発言は、会議の難しさを表しているんじゃないだろうか。

「この会談は崩壊している。なぜなら先進国が民主主義を信じていないからだ」

 それはその通りかもしれないが、スーダンの本当の思惑は、130の途上国を代表するという政治的立場を利用して、先進国と途上国の溝を広げることだったようだ。どうやらスーダンは、ダルフール紛争で先進国から批判されていることを、よほど恨みに思っているらしい。

 勘違いしないで欲しい。べつにスーダン一国を批判しているわけじゃないんだ。なにが言いたいかというと、これだけの規模の国際会議になると、本題とはまったく関係ない部分で、会議そのものが政治利用されるという事実だ。これはもう、絶対に避けがたく、それが合意の足かせになるのは容易に想像がつく。

 だから、むしろ大事なのは、会議後にドイツのアンゲラ・メルケル首相が言った言葉かも知れない。

「結果は結果。それ以上でもそれ以下でもない」

 意地の悪い連中は、負け惜しみと捉えるのだろうけど、そういうネガティブな思考は好きじゃない。ぼくは「失望に捕らわれるな」と解釈したい。ネガティブな思考は、負の連鎖しか産まないからね。

 話が飛ぶようだけど、COP15の残念な結果をチャンスと思うべきだ。温室効果ガスの削減義務を負わずにホッとしている連中を尻目に、われわれは、さっさと未来に行ってしまおう。それをビジネスにするんだ。COPの結果がどうあれ、近い将来に、すべての国が、本気で環境対策を考えるときが、必ずやってくる。そこには、巨大な環境ビジネス市場が待ってるはずだ。

 なんてことを書くと、拝金主義と怒られるかな? でも、残念ながらぼくは聖人じゃないし、たぶん世界の99.9%以上の人もそうだろう。北極にいる熊を救うために、だれが喜んで原始人みたいな生活に戻りたいと思う?

 原始人はさすがに言い過ぎだけど、いままでの生活を続けられないとしたら、ほとんどの人がノーと言うだろう。では、どうするべきか?

 選択肢の一つは、「現状維持」だ。つまり、なにもしない。石油はいままで通り消費して、二酸化炭素に代表される温暖化物質を吐き出し続ける。実際そうしても、温暖化なんか進まないと主張する人たちもいる。彼らが正しければ、先進国の住民としてはハッピーだ。いままで通り貧しい国から搾取して、ぼくらは、旨いもんを食おうぜ!

 もし彼らが間違っていて、このままでは人類の繁栄に壊滅的な打撃があるとしても、まあ、そんなに心配することはない。たぶん、あと五十年くらいは大丈夫だろう。われわれの子供や孫の世代が苦労するだろうが、そんな未来のこと知ったこっちゃない。いまがハッピーならそれでいいんじゃない?

 いや、それはマズイ。というなら、ビジネスチャンスがある。

 いまの環境対策ビジネスは、仕事率の向上を狙ったものが多い。いかに少ないエネルギーで大きな仕事をするかという技術だ。つまり省エネ。

 ごく簡単な例を挙げれば、電球を蛍光灯に代えるだけで、使うエネルギーは半分以下になる。LEDに代えれば、なおけっこう。トヨタのプリウスも省エネ系だね。ハイブリットというと未来ぽいけど、要するに、使うガソリンが減るだけの車だ。産業に目を向けると、たとえば製鉄するための高炉を、電炉に代えることができれば、二酸化炭素の排出量は1/4になる。

 でも、この方法では限界がある。使うエネルギーが仮に1/4になっても、エネルギーを使う人が4倍になれば、帳消しになるのだから。いやいや、帳消しどころか、地球の人口増加と、途上国の生活向上などによって、エネルギー消費量は増えるばかりだ。さっき「近い将来に、すべての国が、本気で環境対策を考えるときが、必ずやってくる」と書いたけど、いまのまま人口が増えれば、本当に必ずそうなる。

 ここからが環境ビジネスの本番。ここでも簡単な例を挙げると、たとえば太陽電池(太陽光発電も含め)や、燃料電池は今日でも活発なビジネスが行われている。大規模な発電所としては、原子力発電も、まだまだ有望だろう。

 そんな中、将来大きな市場が見込めるのは、やはり「バイオ燃料」じゃないだろうか。ポイントは、人間の食料以外からバイオ燃料を作るのは難しいということ。難しいからこそ、ビジネスになる。雑草や廃材から、低コストで燃料ができれば、みんな買うぜ。燃料を売るのではなくて、特許の塊のようなバイオ燃料プラントを製造して売りつけるのだ。

 目を向けるのは燃料だけじゃない。人々の生活はもちろん、産業になくてはならない「水」も、これから大きなビジネスになるだろう。いや、もうなりつつある。石油メジャーならぬ、ウォーターメジャーなんて呼ばれる巨大企業が存在するのを、みなさんご存じだろうか? フランスの「スエズ・リヨネーズ・デゾー」と、同じくフランスの「ビベンディ・エンバイロメント」、そしてイギリスの「テムズ・ウォーター」が、現在のところ世界の三強だ。この民間水道会社は、すでに世界100カ国以上で、水道事業を行っている。

 この分野で、日本は完全に出遅れている。将来のことを考えると、水道局を民営化して、どこかの商社と組ませ、世界の水道ビジネスに参入するべきだ。日本には東レや東洋紡など、優れた海水淡水化技術を持っている企業が多いから、以前から水にまつわるビジネスは盛んだけど、「水」そのものを支配しなければダメだ。石油ならぬ、水を制するものが世界を制する時代が、きっとくる。商社のビジネスセンスがよければ、いまからでもチャンスはあると思う。

 ほかにも、すでに大気中に排出された温室効果ガスを吸収して(あるいは排出される前に捕まえ)、深海や地中深くに埋めてしまったり、なにかに吸収させたりする技術(カーボン・キャップチャーなどと呼ばれる)を、安価にすることができたら、買ってくれる国は意外と多いかも知れない。また、人口の増加と共に悪化の一途をたどる、土壌や水質の汚染を除去する技術も、益々ビジネスチャンスは広がると思う。環境対策を金融商品にして売買することも、今後さらに活発に行われるようになるだろう。

 金儲けだとか支配だとか書いていると、時代劇によく出てくる、悪代官と組む悪徳商人になった気分だな(苦笑)。そのうち水戸黄門に成敗されそうだ。でもね、もし、あんなジイ様が本当にいるなら、成敗される前に直訴させていただきたい。高尚な正義感もけっこうですが、金にならないことは成功しませんよと。

 民間企業にとって、コストというのは、常に削減するものであって、増やすものではない。たとえ環境のためと言え、コストを増やすのはお役人的な(あるいは政治的な)考え方だ。COP15の結果が、それを証明したとは言わないが、水戸黄門みたいにカッコつけずに、「環境対策=金儲け」の構図を、もっと鮮明に見せたほうがいい。

 だいたい、ぼくがこんなことを書く必要はないはずだ。COP15の会議の周辺で繰り広げられた、ビジネスチャンスを伺う企業たちの活発な活動を、日本の官僚と政治家たちは、嫌と言うほど見てきたはずだからね。みんな虎視眈々と狙っているのだ。金儲けのチャンスを。

 鳩山首相は、来年の通常国会の所信表明演説でこう言ったらどうだろう。

「わが国は、厳しい環境対策を自らに課すことにより、その苦労を官民共同で乗り越え、そこで培われた技術と精神を世界に積極的に売り込むことによって、大きな富を国民のみなさまにお受け取りいただき、経済的にはもちろんのこと、精神的にも、世界でもっとも豊かな国になることを目指してまいりたいと存じます」

 どうかしら? この前の所信表明演説を「演出」した、劇作家の平田オリザさんには遠く及ばないけど。

 ぼくの才能の欠落はともかく、前の所信表明演説が、初当選した民主党の議員に向けたものだとしたら(平田さんによると、そうらしい)、こんどの通常国会が、もう「臨時」なんてワードはつかない本当の本番だ。こんどこそ鳩山さんは、国民に語りかけなくちゃいけない。こんな時代だからこそ、豊かさへの展望を、ポジティブに語ってもらいたいものだ。

 話は変わるけど、平田さんが、つぎの所信表明演説も演出するとしたら、それも楽しみだね。平田さんのような、一級の演劇人の実技が、国会という大舞台で見られるのだから、むちゃくちゃ勉強になります。小説を書いている人は、みんな注目しておくべきだと思うよ。刮目して待て!

 なんてね。冗談で書いてるんだか、本気で書いてるんだか、自分でもわからなくなってきた。環境、環境と騒いだところで、われわれのやってることは、しょせん政治なんだろうね。政治の話は、どーも後味が悪い。今年最後のエッセイだし、好きなトピックで締めくくろう。

 そう。科学の話題。

 今年は、セルン(欧州原子核研究機構)の作った、LHC(大型ハドロン衝突型加速器)が、やっと運転再開にこぎ着けた年だ。

 20年の歳月と、約5200億円を費やして建設された大型のハドロン衝突型加速器は、2008年9月10日に、最初の粒子ビームを周回させたんだけど、そのたった9日後に壊れて、直すのに14ヶ月もかかったんだよね。本当は今年できるはずだった実験も、来年の宿題だ。

 もっとも、LHCで研究するテーマは、もう何年も前から、世界中の物理学者にとって宿題として残っている問題だ。いや、宿題というのは、ひどく過小評価で、ぼくらはまだ宇宙のことを、ほとんどなにも知らないのかもしれない。だからこそぼくらは、LHCという、この世の仕組みを知るための装置を作った。

 この世の仕組み? なんか大げさだね。

 いや、大げさでも何でもない。いまの物理学は、この世に(つまり宇宙に)四つの力があると考えている。重力と電磁気力、強い力に弱い力だ。重力と電磁気力は説明の必要はないよね。物が地面に落ちるのは重力のせいだし、電車を走らせるモーターは電磁気力で動いている。

 問題は、強い力と弱い力。この二つ、ぼくらが直接感じることはできない。どちらも、原子の世界でしか作用しないからなんだ。強い力は、核力とも呼ばれていて、原子核を形作るのに使われる力だ。で、弱い力は、中性子を壊したりする力だ。

 以上、ぼくらの世界は、四つの力によって形作られている。

 ところで、その「力」ってやつは、どうやって伝わるのだろうか? たとえば音だったら、それは空気の振動として伝わる。たとえば津波だったら、それは海水に大きな波が生じて伝わってくる。

 なのに、たとえばラジオから流れる音楽は、電波によって伝わると言うけど、電波はなんの「波」なんだろう? 波を作るための、なにかが空中に充満してないと、電波は伝わらないじゃないか。

 現代の物理学は、その「充満したなにか」に代わり、「場」という概念を導入した。前に「宇宙の秘密」と題したエッセイでの説明は、あまりにも稚拙なので、来年はもう一度挑戦したいと思うけど(また宿題だ)、いまは簡単に説明しよう。ズバリ言って、電波は光子が伝えるんだ。重力はグラビトンと言う粒子が伝えると考えられている(まだ未発見)。強い力はグルーオンという粒子が、弱い力はウィークボソンという粒子が伝える。

 という理論を作ったところまではよかった。理論では、力を伝える粒子は、質量がゼロじゃなくていけない。なるほど、たしかに光子には質量がないようだ。

 が!

 ウィークボソンが見つかって、物理学者は腰を抜かした。なんと、それは陽子の80倍以上の質量があるらしいんだ。

 大変だーっ! このままでは理論が破綻する!

 というわけで物理学者は、新たに「ヒッグス場」という概念を導入して、ウィークボソンに質量があるように見える現象を説明した。プールを歩くときの水の抵抗のように、ヒッグス場がウィークボソンの動かしにくさを増すと言うんだよ。なんだか、むかしむかし、エーテルという物質が、この世に充満していると考えたときに似ている。

 ヒッグス場のおかげで、理論的にはつじつまが合ったけど、本当にヒッグス場なんてあるんだろうか? エーテルのように幻の存在ではないのか? それを調べるのがLHCの役目の一つだ。

 あるいは、まだ未完成の理論を検証する仕事も期待されている。いまの重力理論は、アインシュタインの一般相対性理論を基盤としているけれど、一般相対性理論では、もはや説明のつかない現象がたくさんある。もっと新しい理論が必要だ。その候補の一つが「超ひも理論」。すっごく簡単に説明すると、素粒子を点ではなく紐として考えたら、なんだか、いろんなことのつじつまが合うかも〜。って理論だ。説明が簡単すぎる? いや、難しく説明しろと言われても無理なんで(苦笑)。

 もし、超ひも理論が正しければ、理論が予言する現象を観測できるはずだ。たとえば、物理学者のミチオ・カクが11次元からのシグナルと呼ぶ、超対称の粒子がLHCで検出できるかも知れない。あるいは、ビッグバン理論が予想するクオーク・グルーオンプラズマが検出されるかも知れない。あるいはまた、暗黒物質の候補とされる、ニュートラリーノが検出されるかも知れない。はたまた、なにも検出されないかも知れない。だとしたら、ぼくらは一般相対性理論の「時空」という概念を、量子の世界には持ち込まない理論を、もっと研究すべきかも知れない。

 などなどなどなど……だ。とても書き尽くせない。(そもそもぼくの頭脳がついて行けない)

 そんなわけで、LHCには物理学の多くの分野から、大きな期待が掛かっている。実験の結果は、何年も解析しないと見いだせないだろうから、2010年どころか、もっと未来に向けての宿題だけどね。ちなみに、期待されているのはLHCだけじゃないよ。日本が計画中の「ILC」だって重要な研究施設になるだろう。

 最後に、また少しだけ政治の話。

 事業仕分けに「聖域は設けない」という鳩山さんの方針には賛成だ。あらゆる分野で、それに従事している人から見たら、自分たちの仕事が「聖域」であるに違いない。だれも仕事を奪われたいとは思わない。でも、すべては守れないのだ。無限の国家予算がない限り。

 それでも、あえて申し上げたい。科学の分野で世界に後れを取ることは、技術立国としてあってはならない事態だ。環境対策も、けっきょくは科学の力で乗り越えていかなければならないとしたらなおさらだ。宇宙を知ることは、科学する心を育てる。そうして育った子供たちが、未来の日本を豊かにしてくれるはずだ。そうでなければ、財政赤字も年金問題も、なにも解決しないだろう。

 お後がよろしいですかな? ではこの辺で、2009年最後のエッセイを終わるとしよう。

 みなさん、どうぞ、よいお年を。


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