GJ 1214b


 なんだこのタイトルは?

 と思ったあなた。べつになにかの暗号ってわけじゃないよ。これ惑星の名前なんだ。正確には符号というべきだな。まだ正式な名前はない。余談だけど、現在のところ太陽系外の天体に公式な名称を定めるためのルールはない。

 なに? 惑星の名前? まさか太陽系に新しい惑星が発見されたのか?

 と思ったあなた。それは違う。GJ 1214bは、太陽系外で発見された惑星なんだ。またまた余談だけど、GJ 1214bの、最初の「GJ 1214」は恒星の符号で、そのあとについているアルファベットが、惑星であることを示す記号だ。この場合は「b」だね。最初に発見された順に、b、c、d……と続けていく。つまりGJ 1214bとは、GJ 1214という恒星の系で、最初に発見された惑星という意味になるんだ。(aは一部の例外を除いて、中心星を表すが、ふつうは省略される)

 閑話休題。

 さて。この GJ 1214b をタイトルにしたのには、もちろん理由がある。GJ 1214bは、人類が見つけた系外惑星の中で、はじめて液体の「水」がある惑星かもしれないからなんだ。

 水だぜ、水。

 科学者は、生命の誕生に水の存在が不可欠だと考えている。とすれば、水がある惑星には生命がいる可能性もあるじゃないか! うわお。これを語らずに、ガリレオが望遠鏡を夜空に向けて400年目の年を終わるわけにはいかない。

 では、はじめよう。GJ 1214b とは、どんな惑星なのか。本当に生命がいる可能性があるのか?

 おっと、その前に説明しておきたいことがある。ぼくらは夜空を眺めるとき、光り輝く星(恒星)を見ることはできても、その星の周りを回っている惑星を見ることはできない。なぜなら、惑星は小さすぎるし、そもそも恒星のように自ら光を発しないので、とても暗いからだ。それほど明るくない恒星と比べても、その輝きは百万分の一以下しかないんだよ。

 いや、そりゃ肉眼では無理だろうけど、国が巨額の研究費をかけて建造した、超高性能な望遠鏡なら見えるんじゃないの?

 と思ったあなた。その問いかけの答えは、微妙に Yes だけど、基本的には No だ。というのは、太陽系外の惑星は、ぼくらの想像を超えていて太陽系で最大の惑星である木星なんか目じゃねえぜってぐらい、巨大なガス惑星が存在しているようだ。木星の質量は地球の318倍だけど、HD43848bという惑星は、なんと地球の7949倍もある。木星と比べても24倍の質量だ。

 そんな巨大な天体を、惑星と呼べるのだろうか?

 うん。ここが微妙なところでね。これほど重い星は、恒星でも惑星でもない『褐色矮星』という天体になると考えられている。褐色矮星とは、恒星のように水素を核融合させて輝くほど重くはないけど、重水素を(水素より核融合しやすい)核融合させて、ちょっとだけ熱を出している天体のことだ。ただ、重水素の量はすごく少ないから、核融合はすぐに止まり、あとは冷えていくだけ。

 おそらくHD43848bは、重水素を燃やし尽くし(正確には核融合が停止し)、かなり冷えてしまった天体だと思われる。こういう巨大な天体を、無理やり惑星に分類するなら、以前から惑星を直接観測することは不可能ではなかった。

 ところが、2008年の11月に、人類はついに木星の3倍程度の、巨大ではあるが正真正銘、惑星と呼べる星を、直接観測することに成功した。ハッブル宇宙望遠鏡が、フォーマルハウトと呼ばれる恒星を間隔をあけて撮影した画像(2004年と2006年)を比較した結果、そこに「フォーマルハウトb」を視覚的に発見したんだ。

 その後、ぞくぞくと惑星を直接写した画像が発表されている。たとえば、日本のすばる望遠鏡も、2002年に撮影した画像の中に、惑星が写っていたのが2009年になって発見された(画像処理技術が進んだから)。

 ずいぶん回りくどく説明したけど、これが現代の最高の望遠鏡で、外惑星を見ることができるかと問われたときの、微妙に「Yes」と書いた理由なんだ。

 え? なぜ微妙かって?

 うーん。だって、たしかに写っているのは惑星だけど、でもそれは、木星型のガス惑星だぜ。それはそれで、すばらしい発見だけどさ。もう一歩踏み込んで、地球型の硬い岩石でできた惑星も見たいじゃないか。そう言う惑星は、非常に小さいから、まだ望遠鏡で直接見ることは難しい。

 だったら、どうやって惑星を探すのか? 直接、画像撮影する以外に。

 方法はいくつかある。恒星は自分の周りを公転している惑星の重力で、ほんのわずかだけど揺れている。太陽も惑星に引っぱられて(主に木星)揺れているんだよ(※注1)。この現象を利用して、スペクトルの偏りを調べる方法がある。同じように揺れを利用して、背後の天体との位置を測定する方法もある。

 三つ目として、惑星が恒星の面を通過するときの、光の減光を計る方法は、なかなかエキサイティングだ。通過と言えば、恒星や惑星が、べつの恒星の前を横切るときに、ほんのわずかに重力レンズ効果が生まれるので、そいつを利用するって手もある。

 このうち、いま現在の技術で主流なのは、スペクトルの偏りと、惑星の恒星面通過による観測なので、この二つについて簡単に説明してみよう。あまり専門的な用語は使いたくないけど、スペクトルの偏りを利用した方法は、一般にドップラー偏移法(視線速度法)と呼ばれ、惑星の恒星面通過は、トランジット法(食検出法)と呼ばれるので、以後ぼくのエッセイでも、この用語を使わせてもらうよ。

 さて。ドップラー効果って知ってるかな? 聞いたことはあるよね。

 ピーポーピーポーと、サイレンを鳴らして走ってくる救急車が、目の前を通り過ぎると、サイレンの音が変化する現象に出くわしたことはないだろうか? これ、ドップラー効果を説明する代表的な例で、音が波の性質を持っているから起こる現象なんだ。

 ご存じの通り、サイレンの音は、空気の分子を波のように振動させることで伝わってくる。ところが、音源である救急車そのものが動いているから、音の波が後ろから押されてつぶれた(圧縮された)状態になる。この状態だと、音は甲高くなる。近づいてくる救急車のサイレンを聞くとき、ぼくらは、この圧縮された音を聞いている。

 で、救急車が目の前を走り去ると、こんどは音源である救急車が遠ざかっていくわけだから、波はビヨーンとゴムが伸びるように引き伸ばされる。波長が伸びると、その音は低い音に聞こえる。つまり、救急車が近づいてくるときと遠ざかっていくときでは、波長が変わるわけだ。この「波長」こそが、どんな音に聞こえるかの正体だから、救急車が目の前を通り過ぎる前後で、サイレンの音が変わって聞こえるというわけなんだよ。オーストリアの物理学者、ヨハン・クリスチアン・ドップラーが1842年に発見したこの原理は、音波だけでなく、光(電磁波)にも適用できる。

 たとえば、地球から遠ざかっていく光源から発せられた光は、波長が引き延ばされるから、可視光でいうと赤い色の方へ伸びることになる。赤く見えるわけだ。逆に近づくときは、波長が短くなって、これまた可視光でいうと青く見える。赤く見えることを、赤方偏移(せきほうへんい)、青く見えることを青方偏移(せいほうへんい)と、科学者は呼んでいる(※注2)。

 さて、ここまで説明すれば、やっと惑星を探す話に戻れる。さっきぼくは、恒星は惑星に引っ張られて、揺れていると書いたよね。このフラつきによって、地球に近づく方向と、遠ざかる方向が発生すると、ドップラー効果によって、赤方偏移と青方偏移が、周期的に現れる。その変化を観測すると、星がどれだけフラついているかを計算することができるわけだ。計算からわかるのは、惑星の軌道半径と、惑星の質量の最小値だ。ただ残念ながら、正確な質量はわからない。恒星から離れた場所を回る惑星を発見できるほど、現在の観測技術が精密ではないのも、ドップラー偏移法の口惜しいところだ。

 お次にトランジット法(トランジットの意味は通過だ)。こいつは、なかなか優れものだよ。つい最近、日本で皆既日食が見られたよね。説明するまでもなく、月が太陽を隠す現象だ。これと同じように、惑星をもつ恒星なら、みんな必ず「食」が起こる。逆に言うと、もしも、その食を見ることができたら、その恒星に惑星が存在する動かぬ証拠だ。

 この方法の優れたところは、その惑星の直径と、どういう角度で公転しているかがわかるところなんだ。公転角度がわかると――詳しくは説明しないが――質量を求めることができる。さらに、恒星からの光が惑星の大気を通過する光を観測できれば、そのスペクトルから、大気の成分を知ることもできる。実際、トランジット法ではじめて観測された HD 209458 b という惑星には、その大気に酸素と炭素が存在することが確認された。

 それだけじゃない。この方法のもっともエキサイトする点は、安価な機材で観測可能なことだ。どのくらい安価だって? 驚いちゃいけないよ。条件がよければ、数十センチの口径の望遠鏡と、数十万円で買える冷却CCDがあればいい。

 すばらしい!

 トランジット法で惑星を探すのには、プロが使う何百、何千億円もする国家規模的な装置は必要ない。天文マニアなら、だれにでも惑星発見者のリストに、自分の名前を載せる可能性が開かれている。ホントに簡単なんだよ。惑星が公転の途中で、恒星を横切るところを観測すればいいだけなんだから。

 と、書いた舌の根も乾かぬうちに……いや、舌は使ってないな。キーボードを叩く指が止まらぬうちになんだけど、じつは簡単な話じゃないんだ。悪いね。世の中そんなに甘くない。

 技術的にという意味じゃなく、チャンスが少ないんだよ。皆既日食だって、そう簡単に日本では見れないよね。世界中どこへでも飛んでいけるなら、見る機会は格段に多くなるけど(毎年どこかで見られる)、日本という特定の場所に限ると、何十年という周期でしか起こらない。

 トランジット法も同じだ。地上から離れて、宇宙の好きなところへ飛んでいけるなら、遠い恒星の「食」を見るチャンスは飛躍的に増えるだろう(※注3)。だけど残念ながら、われわれは地球上という限られた場所を動くことができない。恒星に惑星があっても、その惑星が恒星を横切る面に、地球が向いていないといけない。これって、じつはかなりの「幸運」を必要とする。

 トランジット法が、エキサイティングな観測方法であるにもかかわらず、その観測例が少ないのは、チャンスが少ないからなんだ。地球上でトランジット法が使える恒星は、210分の1くらいと見積もられている。それだけじゃない。アマチュアの機材で観測可能と言うことは、逆に言うと、プロの使う巨大な望遠鏡では大げさすぎて観測しにくい。さらにいうと、幸運を必要とする観測は、予算をもらって研究活動をしているプロの天文学者にはやりにくい。彼らは予算に応じた結果を求められるから、運がありませんでしたなんて言い訳を、出資者にしたくないだろう。

 そこで、プロの天文学者が、積極的にアマチュアの参加を求めている。もし興味のある人は、下のWebサイトをクリックしてみて欲しい。この「星ナビ.com」というWebサイトのページから、東京工業大学で、惑星物理学を研究なさっている井田 茂教授に、Eメールでアクセスすることができる。(直接Eメールが立ち上がるわけじゃないから、べつに協力する気がない人も、ちょっとのぞいてみてほしい)

系外惑星の観測ネットワークに参加するには

 さて、GJ 1214bの話をすると言っといて(タイトルにまでした)、ずいぶん前置きが長くなった。説明がタイムスリップしたり、横道に逸れたりするのがぼくの悪い癖。そこが、いろんな話題をいっぺんに読めて楽しいと言ってくれる人もいるけど、まあ、いいかげん主題に入ろう。

 GJ 1214bは、発見された系外惑星で、水のある惑星として、最初のものかも知れないと書いた。ポイントは水だ。

 ぼくらが求めているのは「水」なんだ。発見される惑星には、いつも水があって欲しいと願っている。アメリカが打ち上げた火星探査機のフェニックスが、火星の北極近くに着陸して、ロボットアームで地面を掘ったとき、なにか白いものがチラッと見えただけで、新聞の一面を飾るほど、ぼくらは地球以外の惑星に水を求めている。水があればこそ、生命の可能性を論じられるからだ。フェニックスが火星で発見した白いものは、おそらく氷だろう。でも氷ではダメだ。液体の水がほしいのだ。

 でも、なぜ水なんだ?

 ケイ素でもメタンでもなく、なぜ水素と酸素の化合物――つまり水が――生命を論じるのに不可欠なんだろうか。

 答えは簡単。ぼくらは水を必要とする生物しか知らないからだ。水を必要としない生物の知識はない。もちろん、それだけの理由で、生命には水が必須だという証明にはならない。宇宙のどこかには、ケイ素生物がいるかもしれない。もっと飛躍して、フリーマン・ダイソンが夢想した「永遠の知性」なんてものも、遠い遠い未来には出現するかも知れない。

 フリーマン・ダイソンは、イギリス生まれで、アメリカに帰化した理論物理学者だ。宇宙物理学者でもある。彼は恒星をすっぽり覆い尽くす殻のような球を作って(ダイソン球と呼ばれている)、恒星のエネルギーを高効率に利用しようなんて提唱する、ちょっとぶっ飛んだ科学者だ(そういうの大好き!)。

 その彼が夢想した永遠の知性は、もしも将来、宇宙が冷えて永遠とも言える時間が流れるだけになったとしたら、さらにその宇宙に合わせて、一億年に一クロックしか情報処理しない知性が出現したら、その知性は、無限の主観時間を取り出せると論じた。

 ここまで飛躍すると、完全に空想科学であって(あるいは哲学の分野?)、それはそれで大好きだから、このままぶっ飛んで、そっち方面のエッセイにしちゃう衝動を抑えて話を戻そう。

 失礼しました。ふつうの人間としては、ぼくらの理解の範疇に収まるふつうの生物を、地球以外の惑星で発見したい。

 だから水だ。水こそが、唯一、いまの人類が持っている知識で、生命を論じることができる必須の化合物だ。(将来はわかんないよ。水は生命に必須じゃないとわかるかも)

 母を訪ねて三千里ならぬ、水の惑星を求めて数百光年。いったい、どこを探せば見つかるのだろう。宇宙は広すぎる。闇雲に探したら効率が悪すぎるから、なんとか探すべき場所を絞り込めないだろうか。

 もちろん、絞り込める。

 水があると言うことはつまり、恒星から受ける光が、適度な範囲に収まっている必要がある。もし恒星が巨大すぎて、灼熱地獄になっていたら、水はみんな蒸発してなくなってしまうだろう。だから、赤色巨星のような、あまりにも巨大な星は候補から外そう。(たとえ水のある惑星があっても、巨大な星は寿命が短いので、生物の進化を待たずに爆発しちゃうのも興ざめだし)

 となると、わが太陽クラスが一番の候補だけど(なにせ地球を持っている!)、もっと小さくて暗い星だって、候補になり得る。

 え? 暗かったら寒いじゃん。水が凍って生命は生まれないでしょ。

 そう思ったあなた。たしかにその通りだけど、キャンプファイヤーのたき火を思いだしていただきたい。たき火から遠ければ寒いけど、たき火に近づけば、十分に暖かいじゃないか。だから太陽より小さな恒星でも、水が凍らず(あるいは蒸発しない)、うまいぐあいの軌道に惑星が回っているかも知れない。

 いや、そうは言っても、べつに太陽より小さい恒星を探さなくていいじゃん。太陽に似た恒星だけ探した方が、ヒットする確率が高いでしょ?

 じつはそうじゃない。わが太陽は、われわれが観測可能な宇宙の中で、わりと立派な恒星なんだよ。たしか『夜空の星よ』と題したエッセイにも書いたけど、太陽から近い順に恒星を100個選んで大きさを比較すると、太陽より明るい星は、たった二個しかないんだ。つまり、太陽に似た恒星の数は、非常に少ないんだよね。

 いいじゃん。その方が候補が絞れて。

 まあそうだけど、いままでさんざん説明したとおり、トランジット法などは、観測に幸運を必要とする。闇雲に探してもダメだけど、可能性のある恒星を、できるだけたくさん観測して、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるという気でやらないと、なかなか水のある惑星を見つけることはできそうにないんだ。だから、太陽より、ずっと数の多い、小さくて暗い星も候補に入れることにしよう。(暗くて小さい星は、惑星が通過するときの減光も大きいので、惑星が見つけやすいというメリットもある)

 ちなみに、水が凍らず、また蒸発もしないうまい軌道の領域を、科学者は難しい言葉で「生命生存可能領域」とか「生命居住可能領域」なんて呼んでいる。英語では、住むことができるという意味の「habitable」を用いて、ハビタブルゾーンなんて呼ぶ。

 ここで話を整理しよう。

 われわれはまず、恒星に惑星があることを発見しなければならない。そのあと、その惑星の軌道が、ハビタブルゾーンであるかを調べなければならない。もっとも、わが太陽系のハビタブルゾーンでさえ、厳密には決められないから(諸説あるのだ)、ほかの恒星のハビタブルゾーンなんて、ほとんど推測の域を出ない話になっちゃうけど、推測しないよりかは、百万倍もマシだ。

 われわれは、太陽系外の惑星を探し続け、もう400個を超える惑星を見つけることができた。その中で、ハビタブルゾーンに入っている惑星は、どれだけあるだろう。

 じつはね、ほとんどが、ぼくらの想像を絶する惑星だったんだよ。ホット・ジュピターなんて呼ばれる惑星はすごいぜ。こんなの想像できる? 木星よりでかいガス惑星が、わずか数日で恒星を回るような、とんでもなく恒星に近い軌道を回っていて、まるで超巨大な彗星が、いまにも恒星に激突しそうな図を。

 あるんだよ、本当にそんな惑星が。生命の存在を論じるどころか、あまりにも太陽系と違う姿に驚きを禁じ得ない。すごいよね宇宙って。ガリレオが手製の望遠鏡を夜空に向けてから400年。ぼくらは太陽系とまったく違う世界があることを知った。しかも、ホット・ジュピターは珍しい存在じゃない。ぼくらが見つけた系外惑星では、意外に数が多いんだ。

 いや……べつに意外でも何でもなくて、じつはドップラー偏移法は、この手のホット・ジュピターを見つけやすい方法なんだよね。質量が大きく、かつ恒星に近い惑星を見つけやすい。だからこそ、トランジット法などの、べつの手法での観測を、もっと増やしたいんだ。そうしないと、なかなか水の惑星を発見できない。

 ハビタブルゾーンを通っている最初の候補として見つかったのが、太陽系から約20.40光年離れたところにある恒星「グリーゼ581」の第四惑星、グリーゼ581dだ。公転周期は67日。一年がたった67日ってことは、中心星にすごく近いってことだけど、その分、中心星のグリーゼ581が小さくて暗いから、どうやらハビタブルゾーンに入っているようだ。

 だけどダメなんだよね。グリーゼ581dに、水があるかはわからないんだ。質量が地球の約8倍で(え、8倍もあるんだ!)、地球型の岩石や金属を主成分とする惑星なのは間違いなさそうだけど、直径がわからないんだよ。これでは密度がハッキリしない。密度がわからないと、水があるかどうか判明しない。

 ここでまた新しい言葉を覚えてもらおう。グリーゼ581dのように、太陽系外惑星で、かつ地球の数倍程度の質量を持っていて、さらに主成分が岩石や金属などの固体でできた惑星を、「スーパーアース」と呼んでいる。何倍までの大きさという定義はあるのかなと、ウィキペディアを調べてみたら、ハッキリした定義はないらしい。数倍から10倍くらいまでだってさ。グリーゼ581dは、いまのところ典型的なスーパーアースだね(※注4)。

 ついでだから「グリーゼ」についても説明しておこうかな。グリーゼと名のついた恒星は、ほかにもたくさんある。じつはこれ、ドイツの天文学者、ヴィルヘルム・グリーゼの名前なんだ。彼が発見者だから? いや違う。グリーゼは、太陽近隣の恒星のカタログを作ったんだよ。言ってみれば、ご近所さんのアドレス帳。こういうカタログがないと、自分が見ている星が既知のものか、既知だとしたら、それについて、なにがわかっているのかということを調べられない。星表づくりは地味な仕事だけど、とても重要だ。

 ちなみに、1969年に出版された第二版には、1.0 から965.0までが収録されている。この第二版までが、グリーゼだけの出版だ。ここに載っている恒星は「グリーゼ何番」と表記される。そのあと補遺として出版されたカタログでは、同じくドイツの天文学者、ハルトムート・ヤーライスの功績が大きく、グリーゼ・カタログは、『グリーゼ−ヤーライス・カタログ』とも呼ばれているんだ。この補遺に収録された天体は、「グリーゼ何番」ではなく、ヤーライス(Jahreiss)の頭文字「J」を入れて、「GJ何番」と表現される。そう。このエッセイのタイトルにある「GJ 1214」のように。

 失礼。話を戻そう。

 グリーゼ581dに、水があるかどうかわからない。だいたい、質量が地球の8倍もあるってのは、ちょっとどうだろう。重力も8倍だぜ。あなたが痩せ型の人で、仮に体重が40キロしかなくても、グリーゼ581dの体重計に乗ったら、320キロだ。過酷だなあ。(本当は半径が違うはずだから、表面の重力は8倍にはならない)

 もっと小さい天体はないのかな。

 あるよ。グリーゼ876dなんて、いかが? この惑星なら地球の6倍程度だ。それでもまだ、40キロの人が240キロになっちゃうけど、8倍よりマシだ。

 うーん。でもグリーゼ876dはダメだな。この惑星は、なんと中心星をたった二日で回る軌道を突っ走っている。一年がわずか二日しかない。すごいね。地球で二十歳の人は、グリーゼ876dでは、3650才だぜ。うひゃ〜。さすがに、これだけ恒星に近いと、その表面温度は数百度もあるだろう。完全にハビタブルゾーンから外れている。

 じゃあ、CoRoT-7bはどうだ。この惑星は地球の1.7倍しかないから、40キロの人が体重計に乗っても、たった68キロですぜ。いやん、太っちゃったわ。ダイエットしなきゃくらいの重さだ。やったー! 住めそうじゃん。

 いいえ住めません。頼まれても住みませんよぼくは。だってCoRoT-7bは、いま発見されている系外惑星の中で、もっとも中心星の近くを公転する惑星なんだ。その公転周期は、驚くなかれ、たった20時間。うわ! 一年が一日より短い!

 地球で二十歳の人は、CoRoT-7bでは8760才でーす。しかも灼熱地獄でーす。こんがりウエルダンどころか、炭にすらなずに蒸発しちゃうかも。ハビタブルゾーンから外れすぎですなあ。

 だったら、MOA-2007-BLG-192Lbはどうだ! この惑星の質量は、地球の1.4倍くらいかもよ! このデータが正しいとしたら、いままで発見されたなかで、もっとも地球に近い質量をもった惑星だ。

 でもダメです。中心星のMOA-2007-BLG-192Lは、どうやら褐色矮星で、核融合をしてないみたい。そんな冷たい星の周りを、0.6AU(1AUは、地球と太陽の平均距離)なんて、遠いところを公転しているので、もし水があっても、そこはカチンコチンの氷の世界。

 くーっ。オーブンのつぎは、フリーザーかよ。とほほ。うまくいかねえなあ。もしかして、ないんじゃないの? 水の惑星なんて……

 いいえ、諦めちゃいけません。お待たせしました。やっと真打ちの登場。われらがGJ 1214b。ぼくらはついに、水のありそうな惑星の、最初の候補を見つけたようだよ。

 GJ 1214bは、太陽から約40光年の距離にある。トランジット法によって、質量も直径も(つまり密度も)わかった。さらに大気の成分まで観測できる可能性がある。

 まずは体型から見ていこう。大きさ(直径)は、地球の約2.7倍。なかなか大柄なお嬢さんだ。重さ(質量)は、地球の約6.5倍。あらら……お嬢さんと言うより、痩せる前の小錦より重いわね(涙)。

 しかーし!

 この二つの値から察するに、GJ 1214bは、その四分の三が水でできていると考えられるのだ! おー、ついに水だ。もっと言うと、中心核は鉄とニッケルでできた固体で、大気の成分は水素とヘリウムではないだろうか……と、科学者は予想している。

 そ、それって、地球に似てるんじゃないですか! というか、いままで見てきた、熱かったり寒かったりする惑星に比べたら、こんどこそスーパーアースと呼ぶにふさわしい、完全に地球型の惑星じゃないでしょうか!

 重いけど……

 うーむ。そうなんだよなあ。この6.5倍という質量はくせ者だ。GJ 1214bの表面は、地球に比べてずっと強い重力があるはずだ。おそらく大気の濃度は10倍以上だろう。そこがどんな世界なのかを想像するのは難しい。でも本当に四分の三が水だとしたら、宇宙戦艦ヤマトが向かった、イスカンダルのように、ほとんどが海に覆われているだろう。いや、ほとんどではなく、表面には海しかないだろう。

 陸のない惑星で生命は生きていけるのか?

 もちろん可能だ。それは地球が証明している。地球の生物は海で生まれ、その後何億年も海でだけ生息していた。だからGJ 1214bに海があるなら、そこに生命が宿らないと考える理由は、いまのところない。

 とはいえ、地球に比べたら、条件は厳しいかも知れない。GJ 1214bは、たぶん地球よりもずっと熱い環境で、いまの観測から考えられる最低温度は120度もある。もしかしたら280度くらいあるかも。

 熱すぎますかね? でも圧力鍋の中みたいなもんだから、水は100度を超えても沸騰せずに水として存在してますぜ。地球にも海底火山の近くには、100度を超える温水の近くで生息する細菌がいるし、そもそも、地球だって最初は過酷な条件だったはずだ。そう考えれば、GJ 1214bの120度に煮えたぎった海に、海生生物がいる可能性はゼロじゃない。

 まあ、なんにせよ、GJ 1214bに関する研究は、はじまったばかりだ。さらに精密な観測はこれから。とくにNASAが打ち上げた、太陽系外惑星を探査するための、ケプラー宇宙望遠鏡には期待がかかるね(打ち上げは2009年3月。本格運用は5月から)。

 ケプラーは、トランジット法で、約10万個の恒星を調べて、太陽系外惑星を探す計画になっている。太陽の光の影響を抑えるために、はくちょう座の方向だけに望遠鏡を向けているのだけど、GJ 1214bがあるへびつかい座も、はくちょう座と同じ黄道の北側にあるから、ケプラーによる観測の網にかけることができるだろう。ケプラーの性能があれば、GJ 1214bの大気の成分も、観測できる可能性が大きい。そういう観測が進めば、GJ 1214bは、本当に驚くべき世界を、ぼくらに想像させてくれるかも知れない。

 そう、一つだけ確実に言えるのは、GJ 1214bがどれほど地球に似通った惑星であるにせよ、そこは、われわれの知るどんな世界とも異なっているだろう。だから知りたいんだ。われわれの知らない世界を。さらに新しい知識を得るために。



※注1
木星の質量は、太陽系の木星以外の惑星全てを合わせたものの2.5倍ほどある。木星の質量のため、太陽系全体の重心は太陽の中心ではなく太陽の表面付近に位置している(太陽半径の1.068倍の位置にある)。日本語ウィキペディアより。
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※注2
驚くべきことにATOKは赤方偏移を変換できなかった。「ほしのせきほうへんいをかんそくする」と打つと、「星野席法変位を観測する」と変換しやがる。席法変位ってなんだよ。そんな言葉があるのか? 仏教用語か? ったく、そんな言葉あるわけないだろ。青方偏移の方は、「星野西方変位を観測する」だってさ。かんべんしてくれよ(泣)。

百歩譲って、「偏移」が単体では変換できないのは許そう。でも、赤方偏移を変換できないなんてあり得ない。そう思って、Googleの日本語変換で試してみたら……ちゃんと変換してくれた。もちろん青方偏移もだ。さすがGoogle。Googleなら、中心星だとか、グリーゼとかATOKが変換できない言葉も変換する。

ダメだなあATOK。貴社の記者が汽車で帰社した。なんて、念仏だか早口言葉だかわかんない文章は変換できるくせに、物理や天文学はお嫌いらしい。そもそも、ぼく自身が、いままでATOKで赤方偏移という言葉を打ち込んだことがなかったという事実にも驚いたけどね(苦笑)。
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※注3
太陽系外惑星を、トランジット法によって観測するために作られたケプラー探査機は、地球を離れて飛んでいった。けれども、飛んでいった先で一箇所に留まるので、食を観測できる確率は、地球上と変わらない。その確率は210分の1だ。
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※注4
ぼく自身は、スーパーアースという呼び名に疑問を持っている。科学者がなんと言おうと、アース(地球)は、生命に充ち溢れた水の惑星だ。どれほど地球に似ていても、完全に水の存在が確認されるまで、アース(地球)を連想させる言葉を使うべきではないと思う。
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