日本語変換の憂鬱


 マイクロソフトのオフィスがないと仕事ができない!

 なんて世の中に、いつからなったんだろうなあ。仕事で受け取るメールには、いろんな添付ファイルが張り付いていて、ぼくに送られてくるのは、企画書だったらパワーポイント、進行スケジュールならエクセルのファイルが多い。ワードは減ったねえ。めっきり。あとオフィスに固有のものではないけど、ミーティングの連絡なんかは、iCalendar形式で送られてくることがある。こいつはThunderbirdにLightningを組み込んでしのいでいるけど、オフィスに入っているOutlookを使うと便利なのかなあ……と思ってみたり。

 という現状にもかかわらず、ぼくはかたくなに、マイクロソフトの製品から逃れ続けてきた。べつにマイクロソフトに恨みはないけど、なにからなにまで、一つの会社に縛られるのが嫌なんだよね。

 だからオフィス系のソフトは、OpenOffice.orgを使っている。ただこれ、カルク(表計算)はいいんだけど、ワープロがダメでね。日本人の心を理解してないよ、きみ! って感じで、デキがよろしくない。

 そこでジャストシステムの登場だ。ご存じ一太郎の会社というか、一太郎しか認知されていないかわいそうな会社だ。一太郎は、なかなかよくできた(日本語を処理するという意味において)ワープロソフトだと思うけど、それよりなにより、日本語入力のATOKの具合がよろしい。富士通のJapanistの開発が事実上停止してしまったいま、日本のソフトウエアメーカーが、コンシューマー向けに作って、さらに「売って」いる、唯一の日本語入力システムと言っても過言じゃないと思う。

 この「売っている」のがミソだよ。ネットの社会は、なんでも「無料」が喜ばれる風潮があるけど、ぼくらは資本主義の世界に生きてるんだから、キチンとお金をいただける製品を作らなきゃ、けっきょく生きてはいけないんだ。お金には、汚いってイメージもあるけど(とくに政治家が絡むと)、本来はものの価値を計るバロメーターだ。資本主義の世界ではね。

 じっさい、ATOKはジャストシステムにとっての虎の子だ。大切に育ててきて、この分野で最高の製品と胸を張れるものだろう。自信を持って、堂々と売っていただきたいものだが……現状は厳しい。

 日本語入力なんて、OSに付属しているもので十分って人がほとんどだからだ。正直なところ、ぼくもそう思う。すごくたくさん文章を書く人じゃない限り、OSに付属している日本語入力のデキの悪さは、深刻な問題じゃない。使えりゃいいんじゃん。タダなんだから(実際はOSの代金に開発費が含まれているわけだけど)。

 でも、だからこそぼくは、日本語入力にJapanistを使っていたときから、ずっと、この分野だけは日本のメーカーを応援したいって気持ちがあった。Japanistの開発が停止したいま、ATOKだけが最後の砦だよ。ジャストシステムには、がんばっていただきたい。

 だから今年は、ATOKだけでなく、スイート(オフィス系ソフトの集合体)まで購入しちゃった。そんな動機で製品を購入するのは、資本主義的ではないけど(いや、ぼくだって、マイケル・ムーアが資本主義を批判する気持ちもわかるんですよ)、とにかく買って上げなきゃ、ジャストシステムさんが倒産してしまう。だって、ジャストシステムさんってば、ずーっと赤字なんですもの(泣)。

 そんな応援の甲斐もなく、ジャストシステムさんの雲行きが怪しい。創業社長だった浮川さんが、専務だった奥さんと一緒に、突然辞任しちゃった。しかも、その辞任の理由が明らかにされていない。これだけでも、すごく嫌な雰囲気なのに(というか、ぼくが株主だったら、むちゃくちゃ怒るけどなあ)、先日グーグルが発表した新製品に驚いた。

 な、な、なんと、グーグルさんてば、日本語入力を作っちゃったのだ!

 ひゃーっ。いまやマイクロソフトとグーグルが、東西の横綱って時代に、その一方の横綱が、ついに日本語入力まで手がけてしまうとは。

 まだベータ版だけど、さっそくダウンロードして試してみた。こんなのダメじゃん! って文句言ってやろうと思って。

 そしたら……

 ああ、なんだろ。ちょっと使ってみた感覚では、メールぐらいしか文章を書かないって人なら、これで無問題じゃないかと。イッチョ前に、連想変換もどきなことまでやりやがる。たとえば「音楽を聴く」「話を聞く」「薬が効く」なんて問題なく変換するんですな。無料のクセに。うーむ。

 まだベータ版だから、本格的な評価は気が早いけど、グーグルが言うとおり、ネットの膨大な情報から、変換辞書を構築していくことができるなら、「これで十分」から、「これはすごい!」って大化けする可能性だってある。

 でも……だから怖い感じもする。いまもグーグルの日本語変換で、この文章を書いているけど、ケータイの予測変換のように、数文字打ち込んだ段階で、変換の候補がズラズラ表示されるんですよ。JapanistにもATOKにもある機能だけど、グーグルの怖いところは、その予測変換の候補が、ネットから拾ってきたものなんだってさ!

 マジですか〜。自分が書いている文章の候補に、だれかが書いたフレーズが候補として表示されるなんて、気持ち悪いし、なんか怖い。もし、だれかが書いたフレーズが、ぼく自身が書こうとしている文章より、優れていたらどーするの? ぼくはそれを選択しちゃっていいの?

 でも、時代は、こーいうものを求めているのかも。

 わたくし、グーグルの日本語変換を使いながら考えました。世の中はもう、ジャストシステムのような一般顧客に強くフォーカスした製品が主流で、さらにスタンドアローン(ネットワークにつながっていない)型のソフトウエアが多いメーカーを必要としていないんじゃないかって。

 だって、世の中はクラウド(ネット)への依存を強めていくことはあっても、弱まることはないわけでしょ。

 考えてみりゃあ、ぼく自身、クラウドにどっぷり浸かった生活をしている。文章を書く仕事では、実際に会うどころか、電話で声を聞いたことすらない人たちと仕事をして、それで立派に成り立っている。写真の仕事は、さすがに現場に行ってレンズを被写体に向けなきゃいけないから、人とのリアルなコミュニケーションは欠かせないけど、それでも仕事の連絡などは、みんな電子メールで済んでしまう。しかも、さまざまなツールで便利になっていく。

 グーグルは、そこにビジネスチャンスを見いだした。Webサイトの検索サービスの会社が、なんでメールやカレンダーなんか提供するのかと思ったけど、いまになって考えてみれば、彼らは検索という根幹にある技術を活用して、ビジネスツールの提供をもくろんでいたわけだ。

 そう。さっきから、グーグルのソフトウエアは、無料だ無料だと言っているけど、じつはビジネスモデルが違うだけで、本当は無料じゃないってわけさ。グーグルは無料という甘い蜜で人を集めて、それを利用して、たとえば広告などで利益を上げる会社だ。

 ぼくは古典的な人間だから、製品には、製品本来の対価として料金を設定すべきだと思うけど、だからといって、彼らのビジネスモデルを批判してもしょうがない。それを否定したら、グーグルそのものの否定になっちゃう。世の中がグーグル的なものを求めているのだから、それでいいじゃないか。

 と、自分を変化する時代に合わせようと、懸命に努力してみても、やっぱりダメだ。ぼくは、ジャストシステムが存続して、一太郎やATOKを作り続ける限り、お金を払って購入し続けるだろう。そして使い続けるだろう。古典的な人間だから。

 あー、でも、本気でヤバイですぜ、ジャストシステムさん。古典的な人間は、どんどん減っていきますから。どーします?


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