フェーズ5


 みなさんもご存じの通り、世界保健機関(WHO)は、インフルエンザに関する警告レベルを、フェーズ5へ引き上げた。いままさに、地球規模での感染(フェーズ6)の一歩手前だ。きわめて深刻な事態なので、いつもの冗談めかした前置きなしに、インフルエンザの話を始めよう。

 まず、WHOが定める、インフルエンザウイルスの広がりを警戒するレベルを説明しよう。現在のところ、1から6までの、6段階に分けられている。


■フェーズ1

 ここが一番平和だ。インフルエンザウイルスというのは、自然界では動物の間で(とくに鳥)、つねに伝染を繰り返している。そのようなウイルスが、いつか人間にも感染する新型に変わる可能性があるのだけど、フェーズ1のときは、そういう新型の候補となりそうなウイルスの報告はされていない。


■フェーズ2

 ところが、階段を一歩上がると、かすかに危険な足音が聞こえてくる。フェーズ2は、世界的な流行を引き起こしそうなインフルエンザウイルスが動物の間で発見され、十分に注意するべき“脅威“として認識された段階。


■フェーズ3

 そのインフルエンザウイルスが、動物から人へ感染したことが確認されると、また一歩階段を上って、フェーズ3になる。もっとも、この段階での感染は、特定の少数(ウイルスに感染した動物と濃密な接触をした人)に限られ、ウイルス自身、まだ確実に人間に感染できる変異を遂げていないから、人から人への感染も、ごく希に報告されるだけで、共同体での集団感染は起こらない。


■フェーズ4

 しかしインフルエンザウイルスは、非常に変異が早く、また感染力も強いので、いつかは人間の間でも大流行を引き起こす新型に変わる。フェーズ4は、いよいよ、その初期段階。つまり人から人へ感染が、確実に起こりうるウイルスの出現が認められた段階だ。
 このフェーズに入ると、自国内で新型ウイルスが発見された国は、ただちにWHOと相談し、世界的流行を食い止めるための『封じ込め作戦』を実行すべきだ。そういう適切な行動によって、世界的な流行は食い止められるかも知れない。


■フェーズ5

 あ、ヤバイ。食い止められないかも……そんな不安を感じたら、それがフェーズ5であり、たったいま、われわれ人類が直面している状況だ。
 WHOの定義では、少なくとも二つ以上の国で新型ウイルスが発見され、世界的流行を食い止めるための計画を実行する時間が、きわめて短く、世界的な大流行が差し迫っていると、強い警告を発する必要のある段階。
 さて、フェーズ5に入ったら、WHO加盟国は(できれば非加盟国も)、検疫を徹底して、自国内での流行を抑え込むため、出来うる限りの努力をしなければならない。個人としても、できるだけ海外への渡航は避けて、ふだんも実践しているはずの(してるよね?)手洗いや薬剤によるうがいなどなど、インフルエンザにかからないための、十分な注意をするべきだ。じっさい、いくつかの企業は、社員の海外出張を、全面禁止にしているようだ。


■フェーズ6

 しかし、ついにどこかの国の共同体で、集団感染が起こったときに、最後のフェーズに入る。いままで、わざと使わなかった言葉なんだけど、いわゆる「パンデミック」が起こってしまった段階だ。だからこのフェーズは、「パンデミック期」とも呼ばれる。
 このフェーズに入っても、決してパニックは起こしちゃいけない。WHOのいうフェーズとは、あくまでウイルスの広がりを示す数字であって、感染者の数を反映しているわけではない。フェーズ5でも書いたとおり、手洗いなど、インフルエンザにかからないための注意を、さらに徹底しながら、注意深く正しい情報に基づいて行動するべきだ。
 フェーズ5の段階では、WHOは、いくら大流行を押さえるためとはいえ、世界経済に影響が大きい鎖国的な政策(物流を止めてしまうとか)を支持していない。しかし、フェーズ6に入ったら、ごく短期間だけ、鎖国的な政策を支持するかも知れない。

 もしも、世界各国の懸命な努力が実を結んで、流行をある特定の地域だけに封じ込めることができたら、今回のインフルエンザは、将来的に「エピデミック」と呼ばれるかも知れない。たとえば、1977年から1978年にかけてソ連で流行した、いわゆる「ソ連かぜ」は、テレビの報道等では、パンデミックと言われることもあるようだけど、厳密にはエピデミックに分類されている。


 さて。フェーズとしては、ここまでだけど、WHOは、さらに、この先の段階についても定義を模索している。

 パンデミックがピークを超えると、感染のレベルが下がってくる。WHOはその時期を「ポストピーク」と呼んでいる。WHOは、ここで安心してはいけないといっている。このポストピーク期間は、いわば、パンデミックの第二波が襲いかかる前の段階だと考えて、警戒を緩めるべきではない。

 そして「ポストパンデミック」。これが本当に最後の段階。新型のA型インフルエンザウイルスが、季節ごとに流行する、既存の(人類が免疫を持つタイプの)A型インフルエンザとして振る舞うようになったときだ。
 そもそも、いまも毎年冬になると流行するインフルエンザは、過去にパンデミックやエピデミックを引き起こしたインフルエンザウイルスが原因だ。それらは人類が免疫を会得したために、もう世界的な大流行は起こらないってわけ。

 以上のように、インフルエンザは、流行の終息から、常態化するまでの間にも、注目すべきポイントは多い。WHOでは、ポストピーク、そしてポストパンデミックまでを含めた、評価基準のアップデートが必要かも知れないと述べている。要するに、インフルエンザを、より徹底的に監視するためには、もっと広く、かつ深い警戒レベル(フェーズ)が必要なのだろう。

以上の説明は、WHOのホームページ(英語サイト)を元に書いている。とくに、下記にリンクを張ったページを参考にした。

Current WHO phase of pandemic alert

残念ながら、日本語に翻訳されたページが存在しないので(WHOの日本語ホームページは存在するけど、内容が非常に薄い)、ぼくの英語翻訳能力に不安を覚える方は(じつは、ぼく自身が一番不安なんだよね)、ぜひ、WHOのホームページを読んで、正確な情報を手に入れていただきたい。それで、ぼくの解説に誤りを見つけたら、こっそり教えてください(苦笑)。念のために申し上げておくと、上記のエッセイは、ただの翻訳ではなく、独自の解説も付け加えているので、その点はご承知おきを。


 さて。ここからはWHOを離れて、いつもの科学エッセイ風にしよう。

 そもそも、インフルエンザを引き起こす、インフルエンザウイルスとはなんだろう? いや、それ以前に、ウイルスとはなんだ?

 ぼくらの身体を作っている細胞(真核生物)、大腸菌などの細菌(真正細菌)、さらに古細菌と呼ばれるグループは、それ単体で、生物としての基本的な構造をほとんど持っている。すごーく簡単にいうと、近くに栄養があれば、その栄養を食べて(代謝)、細胞分裂なんかしちゃって、じゃんじゃか増えちゃうわけだ。冷蔵庫に食品を入れたからって安心しちゃいけない。ちゃんと管理しないと、バイ菌くんが増えちゃうよ〜。

 ところがウイルスは違う。それ単体では、生物としての機能を著しく欠いている。どんなに栄養があっても、ウイルス単体では増殖しない。ヤツらには「宿主」が必要なのだ。しかも、基本的には、その宿主が生きている必要がある。ホラー映画みたいな話で申し訳ないけど、インフルエンザは死体に感染しない。(ウイルスに感染した個体が死亡して、死体になった場合は話が別だ)

 難しい話はすっ飛ばして、ぶっちゃけていうと、ウイルスには、自分の遺伝情報が記録されている核酸と、それを守るようにくるんでいる殻(タンパク質)しかないのだ。だから、われわれは、ウイルスが生物なのか、そうじゃないのか、長いこと議論してきて、いまだに結論が出ていない。もっと正確に言うと、生物とはなにか? という定義がいまだに決められないんだ。

 でもまあ、いろいろ立場の違いはあれ、いちおうウイルスは「非生命」ってことになっている。ヤツらは生物じゃないのだ。宿主の細胞を利用して、ただただ自分の複製を作るためだけのマシーン……と考えると、なんかSFチックで好きかも(笑)。

 そういえば、Virus(ウイルス)は、ラテン語で「毒」という意味の言葉だ。おそらく、歴史上最初にこの言葉を使ったのは、古代ギリシアのヒポクラテスじゃないだろうか。彼は、病気を引き起こす毒という意味で、この言葉を使ったようだ。でもね、「毒」としては、非常に高等(?)なやり方で宿主を殺すから、単純な無機物や、アルカロイド(有機物)の毒とも違うわけで、やっぱり、マイクロマシーンって感じだよな。

 そういえば、またまた変なことを思い出した。これを書いているつい10日ほど前(2009年4月20日)、アメリカのメリーランド州で、UFOマニアの祭典「Xカンファレンス」ていうバカげた集会が開かれた。そこで、アポロ14号(1971年)で月に着陸した元宇宙飛行士の、エドガー・ミッチェルってオッサンが、「地球外生命体は存在する」と断言したそうだ。彼が言うには、アメリカ政府は、宇宙人の存在を隠してるんだとさ。

 まあ、どの国でも、春になると頭の配線がおかしくなった連中が出てくるもんだ。エドガーの主張も、笑うしかないくらい根拠薄弱で……いや、ハッキリいって正気を疑うしかないので、春に特有の方々とご同類なんだろう(そうでなければ、UFOマニアの嘘を真に受ける、底抜けのお人好しか)。

 でも、ちょっと待て。SF的に考えると、ウイルスこそ、宇宙人かも知れないぜ。ウイルスはヒトじゃないから、宇宙人てのもおかしいが。

 なにを言い出すんだTERUさんはと、怪訝な顔のあなた。そう変な顔せず、与太話を聞いてくださいな。

 まず説明すべきは、この地球を作っている物質、もっと言えば、われわれの身体を作っている物質の起源だ。地球はケイ素が多いよな(主成分とは言わないが)。われわれ人間は炭素だよな(水をのぞけば)。そういう物質が、どこから来たのかって話だ。

 科学者は、星(恒星)が、その起源だろうと考えている。そもそも、出来たての宇宙には、水素とヘリウムしかなかった。水素とヘリウムしかないなら、人間どころか、地球だって作られないはずだ。でも、恒星なら作れる。なにせ太陽は、水素が凝縮して燃えている火の玉だからね。

 いやいや、比喩的には火の玉だけど、本当に燃焼しているわけじゃなくて、核融合っていう、けっこう説明が厄介な理屈でエネルギーを放出している。この核融合が進んでいくと、恒星の中で、どんどん重い原子が作られるのだ。たとえば酸素とか、ケイ素とか、炭素とか。そんで最後は鉄まで作られる。鉄より重い物質は、恒星が最後に大爆発したときの勢いで作られたんじゃないかと考えられる。

 で、恒星が大爆発して、その残骸がチリとして宇宙を漂っているうちに、なんかの拍子にチリ同士がくっついて、ダンゴみたいになって、そのダンゴが雪だるまのようにでかくなって、気がついたら惑星が出来たのかも知れない。

 その惑星では、すごい長い時間かかって、ウイルスのような生物とは言えないけど、生物になるかも知れない連中が生まれたかも知れない。ウイルスは無理でも、ウイルスよりさらに単純なウイロイドが作られていたかも。

 さて、ここからがウイルス宇宙起源説のシナリオだ。

 われわれの地球が出来る前に、そういう惑星があったとしよう。その惑星の太陽は、前の太陽と同じように大爆発して、惑星もろとも粉々になった。でもそのとき、ウイルスのようなものは、構造が単純であるがゆえに、完全には壊れなかったかも知れない。

 そして、それらのチリが集まって、今の太陽系が出来たとしよう。すると、前の惑星系のウイルスが、太陽系のどこかに残骸として残っていて、それが隕石になって、はるか太古の地球に降ってきたかも知れない。どんなに単純とは言え、ウイルスはもちろん、ウイロイドだって、自然界にある物質の集まりの中では、とびきり複雑な部類だから、もしも、生命の創造を、単純な分子からではなく、かなり複雑なウイロイドからはじめられたら、生命の進化は、劇的に早まるかも知れない。

 つまり、われわれ人間のDNAは、はるか太古の惑星で生まれた、なんらかの「生物的なモノ」の残骸で作られているかも知れない!

 よろしい。ここまでの仮説を認めよう。すると、SF的には非常に都合のよろしい解釈が成り立つ。地球に近隣の恒星(たとえばアルファケンタウリ)に、もしも生命のいる惑星があったとしよう。その惑星の生物が、地球の生物に似ている可能性は(外観だけで言えば)ほぼゼロだ。でも、DNAの起源が同じだとしたら(だから近隣の惑星に限られる)、もしかして、もしかすると、人間とよく似た生物が存在するかも!

 ってことで、SF小説がいっちょ書けるわけだね(笑)。

 えーと、なんの話だっけ? えっ、インフルエンザウイルスの話をしてた? マジかよ。ずいぶん横道に逸れたな(苦笑)。

 失礼。話を戻そう。

 ウイルスは大きく分けて、DNAウイルスと、RNAウイルスの二種類がいる。ウイルスは、構造が単純であるがゆえに変異を起こしやすい。そのウイルスの中でも、RNAウイルスは、とくに変異が激しい。ここまで書けばお察しいただけるとおり、インフルエンザウイルスは、RNAウイルスだ。ほかに有名どころでは、ノロウイルスやC型肝炎ウイルス、そしてエイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)も、RNAウイルスだ。

 これら変異の激しいウイルスに対して、人間は苦戦を強いられている。それぞれのウイルスで苦労するところは違うから、話をインフルエンザウイルスのA型に限って言えば、変異が早すぎて、ワクチン製造が間に合わないのが大きな問題だ。

 さらにインフルエンザウイルスには、感染力の強いヤツ、それほどでもないヤツ、感染したら病状が重いヤツ、逆にそれほど深刻でもないヤツ……と、様々なタイプがある。重い症状を引き起こすタイプを、高病原性と呼ぶ。新型がこのタイプだと事態は最悪だ。

 1918年から19年にかけて流行した、スペインかぜが、まさにこのタイプだった。全世界の50%が感染し、25%が発病したと言われる脅威のインフルエンザウイルス。推定では、死者は5000万人ぐらいとされているけど、1億人に達するとする研究者もいるようだ。当時の世界人口の正確な統計はないけど、推定で18億人ほどと言われているから、もし死者が1億人に達していたら、すさまじい致死率ということになる。正確なことはわからないけど、人類が過去に経験した大量死の中で(疫病や戦争など)、スペインかぜが、致死率一位だと思われる。

 もっとも当時はウイルスという概念がなく、当然ウイルスを分離する技術もなかったから、スペインかぜの本当の原因は、長いこと謎だった。スペインかぜの原因が、A型インフルエンザウイルスのH1N1亜型だと判明したのは、わりと最近のことなんだ。1997年に、アラスカの凍土から発掘された遺体の肺組織からウイルスゲノムが分離されて、やっと本当の原因がわかったんだよ。

 で、解読された遺伝子から、スペインかぜを復元してみたところ、なんと、われわれが知っている、既存のインフルエンザウイルスより、30倍も増殖力が強いことが判明した。

 これでは、1918年の人類はひとたまりもない。ウイルスの存在すら知らなかったんだから、ワクチンを作って防止しようなんて、だれも思いつかなかったのだ。

 しかし、現代のぼくらには、1918年にはなかった知識と技術がある。インフルエンザウイルスの、すべてを解明するには、まだまだ道のりは遠いけど、それでも、遺伝子を解析し、その型のインフルエンザウイルスに有効なワクチンを、最短で6ヶ月あれば作る能力がある(3ヶ月で製造する技術も開発されているけど、まだ実用化には至っていない)。

 そして、もっと重要なことは、1918年に比べ、公衆衛生の教育が――少なくとも先進国では――進んでいると期待できることだ。新型インフルエンザだって、予防のためにすることは、いままでと一緒。まず、もっとも効果的なのは、「人にうつさない」という意識だ。インフルエンザにかかったら、人との接触は最小限に留め、どうしても接触する場合は、必ずマスクをすること。そして安静にして早く治すこと。これに尽きる。熱が下がっても、二、三日は、ウイルスが身体の外に排出されているから、その期間も、人との接触は避けた方がいい。

 もっとも、フェーズ5に入った現段階では、もし新型ウイルスに感染したことが判明したら、専門の発熱外来で適切な治療が受けられる……はずだ。自治体の保健機関と、医療機関がしっかりしていれば。

 話の順番が逆っぽいけど、健康な人がやるべきインフルエンザの感染防止策としては、石けんやアルコールなどで、よく手を洗うことが重要だ。インフルエンザウイルスは、石けんやアルコールで不活化できるから、手洗いと薬剤を使っての「うがい」は、感染防止に効果的と言われている。マスクはウイルスを吸い込まないという意味では、それほど高い効果はない。厚生労働省が一般向けに配布している資料によると、マスクに感染予防の明確な科学的根拠はないとされている。ただ、ウィキペディアによると、ウイルスが付着する喉や鼻の粘膜を、自分が吐く息の湿気で保護する効果は期待できそうだ。

 そしてもう一つ。風説被害に踊らされないこと。今回の新型インフルエンザウイルスは、当初『豚インフルエンザ』と呼ばれていた。これはトリインフルエンザと、ヒトインフルエンザが、豚の体内でミックスされて、新型になる場合が多いからだけど(今回も変異前のウイルスは豚の中にいた)、こんどの新型が、豚から人に直接感染した事例は確認されていない。だから、WHOも豚インフルエンザと呼ぶのはやめて、社会的影響を考慮した、より的確な表現「インフルエンザA(H1N1)型」という呼び名に変えた。

 もし仮に、豚から直接ヒトに感染したのが最初だとしても、インフルエンザウイルスは71度以上の熱にさらされると感染力を失うので、ちゃんと調理された豚肉を食べて感染することはない。ぼくは、今日も豚肉を美味しくいただいた(昼も夜もだ。だから太るという意見は……まあ、別の話ってことで)。ついでに言うと、メキシコ産のコロナビールも、中にライムを搾って美味しくいただいた。こっちは夜だけだよ(笑)。

 とにかく、フェーズ5に入ったからと言って、あわてちゃいけない。

 幸い、北半球はこれから夏になる。インフルエンザウイルスにとって、高温と多湿は快適な環境ではないから、夏の間は増殖が抑えられる。パンデミックが起こるとしたら、つぎの冬が正念場だろう。

 いや違う。冬になるまでの間が正念場だ。その間に、十分な準備を整えておかないといけない。いまフェーズ5にカテゴライズされている「インフルエンザA(H1N1)型」は、幸い弱毒性だけれども、ヒトの体内でさらに変異し、高病原性を会得して強毒性に変わる可能性もある(スペインかぜは、そのパターンだったと推察される)。

 大げさに言うと、いままさに人類の英知が試されていると言ってもいい。現代の医学と、保健制度の充実度、そして個人の教養が試されている。人類がインフルエンザを根絶するのは、ずっと遠い未来かも知れないが、いまパンデミックを止めるのは不可能じゃないはずだ。

 いやはや、それにしても、激しい景気後退と、新型インフルエンザの脅威というダブルパンチだよ。まいったね。もっとも、スペインかぜのときはもっとひどくて、世界は第一次世界大戦のまっただ中だった。スペインかぜのおかげで、戦争が早く終結したと言われているくらいだ。それを思えば、いまの状況は幸せなのかも知れない。

 そうさ。なにごとにも希望はある。景気後退は、地球温暖化を遅らせるかも知れないし、新型インフルエンザは、この病気に対する新しい知識を人類にもたらすだろう。今年5歳になる姪が成人するころには、インフルエンザは天然痘のように根絶されているのも、決して夢物語ではないと思う。

 そういう未来を、ぼくは本気で信じている。人類は、あらゆる困難を解決できる英知があるのだと……もちろん、武力以外の手段で。


≫ Back


Copyright © TERU All Rights Reserved.