60秒の美脚


 人間とは、なんと愚かであろうか。かのアインシュタインも言っている。無限なものは二つある。宇宙と人間の愚かさだが、前者には自信がないと。

 いまぼくは、わが家のリビングに置かれた、Fitness Questというメーカーの、「LEG MAGIC」なる健康器具を見ながら、つくづく、人の愚かさに呆れかえっているところだ。ご存じの方はご存じだろうが、こいつはいま、「60秒の美脚マシン」というコピーで、テレビの通販番組を賑わかせている健康器具だ。

 ここで問題なのは、この健康器具を買った愚か者は、ぼく自身と言うところだ。つまり、愚かなのはぼくなのだ。ああ……そんなバカな。

 いや待て。そう言えばソクラテスは、賢者こそ、己の無知を知ると言ってたな。ということは、自分が愚かであることを知っているぼくは、じつは賢者なのだ! うん、前々から、そうじゃないかとは思ってたんだよな。って、それりゃ違うだろ>オレ

 すいません。一人でボケと突っ込みしちゃいました。要するにですね、いままで、ただの一度も続いたことがない健康器具の新しいのが、またうちのリビングにあるってことですよ。しかも、「LEG MAGIC」なる健康器具は、けっこうデカイ。場所を取る。

 ホントにもう、いままで一度だって、続いたことないのに、なんでまた、こんなもん買うかな。Wii Fitさえ、一週間ぐらいしかマトモに続かなかったのに。

 あ、そうだ。こういう言い訳はどうですかね。ぼくは、健康器具のコレクターなんですよ。集めるのが趣味なんですよ。違うな。使わなくなったのは捨てるから、集めてないな。わかった。じゃあ、ただ買うのが趣味なんですよ。うわーん、なんて地球破壊なヤツ!

 そうだ。思い出したぞ。思えば、うちの親父が健康器具好きだ。ぼくが中学生だったころ、ランニングマシンを買ってきて(しかも、ローラーになってるヤツじゃなくて、ただ足踏みするだけの安いヤツ)、お袋に怒られてた。ぼくが高校生のころには、室内で漕ぐ自転車を買ってきて、やはりお袋に怒られていた。もちろん、どちらも(家族のだれもが)すぐに飽きた。

 遺伝だ! ギャーッ! そうだよ、遺伝だよ!

 そう言えば、また思い出した。ちょっと前に、彼女と「かっぱ橋」に行って、プラスチックのコップを手に入れてきた。かっぱ橋とは、浅草の近くにある、調理器具を扱うお店が集まった商店街のことだ。じつは、「召しませMoney!2モネの誘惑」ケータイアプリ版に、かっぱ橋のことが出てくるんだけど(アニーが宮本を連れて食器を買いに行くんだ)、その取材のために行ったんじゃなくて、ただ純粋にプラスチックのコップが欲しかったのだ。

 彼女は、それを見て呆れていた。なぜプラスチックのコップなんか欲しがるのか、サッパリわからないと言うんだ。そんなものに飲み物を入れても美味しくないじゃないかと。

 そうかな? コンビニで売ってるほとんどの清涼飲料水は、プラスチックの容器に入ってるぜ。なんて言っても、彼女は納得しない。なにしろ、わが家にはガラスを特殊加工した、割れにくい(割れないわけじゃない)お皿とか一式揃ってるし(揃ってるだけじゃなく常用してる)、プラスチックのコップを新調したのだって、いままで使っていたコップが、古くなったからだ。

 そこで彼女は、怪訝な顔でぼくに問う。「なぜ?」と。彼女に言わせれば、そんなお皿に料理を乗せても味気ないし、歯を磨いたあとの、うがい用みたいなコップで、飲み物を飲みたくないらしい。

 なるほど。言われてみれば、うちの食器は学食みたいだ。あるいは、安っぽい旅館の朝食セットという感じかな。でも、ぼくは好きなんだよ。割れないお皿と、割れないコップが。

 そこで考えてみた。そういえば、うち(実家)も、割れない皿に割れないコップだった。お袋はプラスチックのコップは使っていなかったけど、親父も妹も、ふつうに使っていた。しかも、ぼく同様に、いまだに使っている。仕方なくではなく、愛用しているのだ。

 その話を彼女にしたら、大笑いしながら納得してくれた。彼女はひとしきり笑ったあとに、厳かに宣言したのだ。「それは遺伝だわね」と。そのあと、こうも言った。うちの家系には、割れないお皿とプラスチックのコップを愛好する遺伝子はないって。まあ、ふつうはそうだと思うよ(笑)。

 というわけで、ぼくが健康器具を買ってしまうのも、呪われた遺伝子のせいだったのだ。血の契約であり、宿命であり、運命なのだ。ああ、わが身が呪わしい! だから、LEG MAGIC(以下レッグマジックと表記)の話を続けよう。だって宿命なんですもの。

 まず、レッグマジックとは、なんであるかの説明からはじめよう。レッグなんて言う通り、足を中心に鍛えるトレーニングマシンだ。ただし、マジックの部分には自信がないというか、ハッキリ言って眉唾だな。

 詳しくはショップジャパン(Fitness Questの国内正規代理店)の、製品紹介ページをご覧いただきたいが、眉唾に、さらに唾を付けたくなるような製品紹介ページで、ここを読むと、ちょっとテンションが下がるけど、ページの下の方には、注文フォームがあるから、うっかり、衝動買いしそうな人は気をつけてください。

 さて。そんなわけで、ネットでポチッと購入ボタンを押すと、数日してから、デカイ箱が送りつけられてきて、ちょっとビビる。箱を開け、説明書を見ながら組み立てて(組み立ては簡単でした)、リビングに広げると、さらにビビる。

 いやはや、思った以上にデカイのだ。

 それでも、なんとか正気を保ちつつ(まあ、これを買った時点で、すでに正気は失われている気もするが)、使い方の説明書を見る。

 むむっ! 60秒の美脚なんてコピーで売ってるくせに、いろんな運動を、組み合わせてやりなさいてなことが書いてある。その運動の種類は12もあるではないか。一つ一つは、一回60秒だから、合計すると12分だ。

 むむむむっ! 一日60秒でいいんじゃないのか? 本当は12分かかるのか? それって、コピーと違うんじゃないのか? いきなり詐欺っぽくないか? などと心の中で思いながら、でも、14,700円(+送料)も出したんだから、がんばってやってみよう。(ショップジャパンのサイトには、12種類のエクササイズを12分かけてやるのは、さらに上を目指す人のためと書かれている。うそくさーい!)

 ここで活躍するのが付属のDVDだ。いま言ったとおり、説明書にも、運動の仕方がイラスト付きで解説されてはいるが、百聞は一見にしかずと言うよね。DVDには、トレーナーが実際にやっている映像が入っているのだ。では、DVDをドライブにセットして、さっそく再生してみよう。

 すると!

 ロザリー・ブラウン(彼女のWebサイトを見つけた)という、小麦色に焼けたオネーさん(というには、少しお年を召しているようだ)が、満面の笑顔で画面に登場する。いやマジで、ロザリーは、いつも笑顔なのだ。しかも前歯がキラリーンと光りそうなほど白いんだよ!

 すばらしいのは、笑顔と前歯だけじゃない。そのスタイルが、またすばらしい! ボディビルダーのような、筋肉ムキムキではなく、適度に引き締まった体は、ちゃんと女性としての色気を残している……なんて書くとイヤらしく聞こえるだろうけど(ぼくが書くとなおさら)、薬で作られた体みたいじゃなくて、健康的に見えるって意味だよ。ヒップなんか、キュッと持ち上がっていて、ぼくも十年前は、ああだったとむかしを懐かしく……思っているだけではダメだ! むかしの体形を取り戻すのだ! だから先へ進もう。

 ロザリーは、すばらしい笑顔で言う。さあ、レッグマジックに乗りましょうと。言われたまま(というかTVに映るロザリーを見ながら)、同じようにレッグマジックに乗る。ロザリーはさらに言う。はーい、足を閉じて。太ももの内側と外側の筋肉を使いますと。ちなみに、動くときに、あまり弾みを付けてはいけないそうだ。弾みを付けすぎると、筋肉が効果的に動かないんだとか。

 こんな感じで、最初の60秒は、無事に(あとで書くが、無事でもないんだが)終わった。つぎの60秒は、レッグマジックから降りて、足の屈伸運動だ。右と左を交互にやるので、合計2分。

 はい、いいですよ。その調子。背筋を伸ばして。手はレッグマジックに軽く添えるだけにしてください。Tシャツを見て。しわになっていたら、姿勢が悪い証拠ですよ。そう、いい調子。あと30秒。半分来ましたよ。がんばって。あと数回ですからね。弾みを付けないで。ゆっくり、自分のペースで。もう少しよ。あと15秒。そういい感じ。腹筋に意識を集中して。背筋を伸ばしてね。

 こんな調子でロザリーは、笑顔のまま、ずーっとしゃべり続けながら励ましてくれる。本当にしゃべり通し、一瞬も言葉を途切れさせない。運動の種類が進んで行くにつれて、もう本気で辛くなってきて、足がガクガクしてくるんだけど、そんなときもロザリーは、辛かったら休んでもいいんですよ。休みたいと思うのは、がんばった証拠ですから。なんて、泣かせるセリフで、励ましてくれる。

 ううう。ありがとうロザリー。ありがたく休ませていただきます……ガクッ。

 だーっ! マジできつい! 本気で辛い! ロザリーはすごいよ。だって、この人、ずっとしゃべりながら、一回60秒の運動を続けるんだけでなく、12種類のエクササイズを休みなくやり通すんだよ!(どう見ても、カメラは回りっぱなしなのだ。シーンが切り替わっている感じはない)。いやはや、信じられない運動能力! さすがプロだ。

 すっかり体のなまっているぼくには、本当に大変。最初の最初、はじめて乗ったときは、こんなの簡単だと思った。たしかに、最初の15秒くらいは、らくらく足を動かせる。ところが、30秒もすると、太ももの内側と外側の筋肉が硬直してきて、もうギブアップしたくなるんだ。早すぎ! 60秒が終わるころには、本気で、足を動かせなくなっている。

 正直に告白しよう。ぼくは、ロザリーと一緒に、まだすべてのエクササイズをやってない。6種類(6分)ぐらいのところでギブアップしちゃったんだ。しかも、翌日は筋肉痛で、4種類(つまり4分)やったところでギブアップ……という段階で、このエッセイを書いている。とくに太ももの内側が痛い。

 いやあ、すごい健康器具だ。いままで、こんなに辛い器具を買ったことはないよ。健康器具と言うより、拷問器具と呼ぶべきだ。ロザリーが言うには、その拷問を、週に4〜5回、一ヶ月ほど続けると、バッチリ効果が現れるんだとか。

 うーむ、うーむ。買ってまだ2日目だけど、これを一ヶ月も続ける自信は、かなりの確信を持って「ない」と言える。

 ああ、ダメだダメだ! たった2日で弱音を吐いていてどうする! 立て、立つんだジョー!

 じゃなくて。

 明日もがんばろう。徐々に足の筋力を付けていって、ロザリーと一緒に(もちろん白い歯を見せる笑顔で)、すべてのエクササイズを出来るようにならなくちゃ!

 では、一ヶ月後に、また報告します。もしも報告がなかったら……挫折したと思って、そっとしておいてください。お願いします。ううう(いまから、もう泣いてる)。



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