いってらっしゃい、かぐや!


 かぐやが、無事に打ち上がった。おめでとーう!

 かぐやを宇宙空間に運んだのは、H2Aという、メイドインジャパンのロケットだ。本当は「H-IIA 」と表記するんだけど、このエッセイでは、H2Aと書くね。

 さて。今回の目的は「月探査」であって、言うまでもないことだけど、それはまだ始まっていない。打ち上げの主役は探査機の「かぐや」ではなく、ロケットだ。

 そのH2Aは、いままで宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用していたのだけど、今回の打ち上げから、主な開発企業である、三菱重工が請け負うことになった。三菱重工の「かぐや」打ち上げ特設サイトを見るとおもしろいよ。こんな風に書いてある。

「三菱重工は、今回の打上げより、H-IIAロケットによる打上げ輸送サービスを行います」(原文ママ)

 打ち上げ輸送サービスだって! いや〜ん、ステキ!

 いや、べつにオカマになる必要はないんだけど(笑)、打ち上げ輸送サービスって言われると、なんか宅配便みたいでいいよねえ。未来ぽくも科学ぽくもないのがいい。ロケットを打ち上げるなんて、簡単なもんさ!

 いや、実際は大変なんだと思うよ。三菱重工の打ち上げ責任者は、ロケットに点火する20分前から、無事に打ち上がりますようにと、手を合わせて祈ってたそうだ。打ち上げ責任者が神頼みじゃ困るけど、まあ、それだけ大変で、心労の多い仕事なんだろう。

 では、打ち上げの模様を、Script1風にお伝えしよう。その日、三菱重工のオヤジどもは、こんなことをやっていたのだ。

 2007年9月13日 18時40分。天気予報によると、打ち上げ時の天候は良好! じゃあ、いっちょ打ち上げてみるか! 野郎どもいくぞ!

 そうと決まれば、ロケットを発射台へ移動させなきゃいけない。組立棟から発射台まで、だいたい500m。この距離を約30分かけて移動する。この作業が終わったのが、22時2分。

 さあ、いよいよ、ロケットの接続だぜ! 今夜は徹夜だ! おらおら、そこで居眠りしてんじゃねえよ!

 日が変わり、翌01時40分。もう一度、天気予報を確認する。相変わらず、天気は良さそうだ。ってことは、あれか、ロケットに燃料入れちまってもいいか? なんたって液体酸素と、液体水素だからな。スタンドで、車にガソリン入れるのとはわけが違うぜ。燃料を充てんしてから、やっぱ「やめます」って言われても困るぜ。

 おっと、もうお上の顔色うかがう必要はねえんだ。オレらが決めねえといけねえんだよな。よしよし、大丈夫だ。燃料入れちまえ!

 いや、これがあんた、大変な仕事なんだよ。まず、発射台から400mの立ち入りを制限するだろ、そのあと、液体酸素と、液体水素の地上設備を冷やさなきゃいけねえ。なにせ、どちらも超低温だからさ。設備そのものを冷やしとかないと、壊れちゃうんだわ。

 そんなこんなで、三時間ぐらい掛けて、ロケットに燃料を入れた。終わったのは朝の5時15分だ。そのあと、5時39分には、H2Aと地上局との電波系の点検を終えた。通信できなきゃ困っちゃうからな。もちろん、そのほかの計器の点検も平行してやってるぜ。

 こうして、朝の9時ちょうどに、二回目の姿勢制御系のテストを終えた。もちろん問題なし。そろそろアドレナリンが大量に出てくるぜ。だってよ、このテストをパスしたってことは、もういつ打ち上げても大丈夫ってことだぜ。

 おい、どうする? 本当にやっちまってもいいか? 火をつけたら終わりだぜ。あとは、空に向かって飛んでくしか、能がねえからよ、ロケットってやつは。腹くくるか。大丈夫だ。弱気になるな。やることはやった。ゴーで行こうぜ!

 そんなわけで、とうとう発射一時間前のカウントダウンが始まった。9時31分のことだ。

 10時01分。いや、べつに意味はねえよ。ただ発射30分前ってだけだ。

 10時27分。よーし! 野郎ども! カウントダウン行くぜ! 自動カウントダウンシーケンス開始だ!

 するってえと、だれが作ったんだか知らねえが、女性っぽい声のコンピュータ合成音が、数字を読み上げはじめた。どーでもいいけどよお、もうちょっとセクシーな声のねえちゃんに読んでもらえねえもんかね?

 なに? それってセクハラ発言? ううむ。禁煙といい、セクハラといい、オヤジが住みにくい世の中になったもんだぜ。ちっ。なんて、三菱重工のオヤジどもが思っていたはずはないが、カウントダウンは順調に進んだ。

 35秒前。
 うおおおっ、もう、そんな時間かよ! 世の中に文句を言ってる暇もねえぜ! おい、そこの暇なヤツ、ウォーターカーテンの散水を開始しやがれ!

 15秒前。
 よーし、フライトモードオン! 駆動用電池も始動!

 5秒前
 行くぜ! メインエンジンに火をつけろ! SRBAも点火だ! ミスるんじゃねえぞ!

 0秒(9月14日 10時31分01秒)
 リフトオフ! やったーっ! 無事に上がってくれよおおおっ!

 10秒後
 固体補助ロケット(SSB) 点火!

 1分29秒後
 固体補助ロケット(SSB) 分離!

 この間は、ちょっとはしょって……

 6分42秒後
 第1段 主エンジン 燃焼停止!

 44分3秒
 第2段エンジン 第2回燃焼停止!

 45分34秒
 衛星分離! はい、さよなら、行ってらっしゃい!
 ふいいいっ、終わった、終わった。あとは、かぐやの管制官に任せるぜ。オレらは無事に輸送サービスをやり遂げたってわけだ。バンザーイ! さあ、帰って酒飲んで寝るべえ。疲れた、疲れた。

 そろそろ、まじめなエッセイに戻ろう。かぐやはこのあと、太陽電池パネルとアンテナを無事に展開した。そして、スラスターと呼ばれるジェットを噴射して、軌道制御の誤差を補正し、いよいよ月へ飛んでいく準備のための軌道に乗った。地球をくるりと回って、ジェットコースターが落ちるみたいに勢いをつけ、月まで飛んでいく。

 その後、約20日かけて月に到着する。ここからが、また大変なんだよ。まずブレーキをかけるのは当然として(でなきゃ月に激突するか、もっと遠くへ飛んで行っちゃう)、月の周回軌道に乗りながら、電波の中継衛星を分離して、そのあと、またべつの小型衛星を分離したら、やっと観測機器の準備だ。カメラを出して、アンテナを何本も出して……観測機器が15種類もあるから大変よ。

 そのレポートは、かぐやが月に到着したあとにお送りしよう。とりあえず、今回はここまで。


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