インタビュー・ウィズ・アース
Interview with the Earth



 みなさん、こんばんは。サイエンスフィクション・アンド・ファンタジー・マガジン日本語版の美人編集長、アン・マキャフリィです。

 さて。本日わたくしは、青森県はむつ市にある恐山に来ております。恐山は日本三大霊山の一つであり、日本三大霊場の一つでもあり、また日本三大霊地でもあるという、それはそれは、由緒正しい場所でございます。それにしても、日本人って、ホントに三大なんとかって好きね。

 ちなみに、入山料は 500 円。わたしもさっき 500 円払いました。お金取るのね、恐山って。商魂たくましいわ。最近、小説を有料化したどっかのサイトみたい。

 失礼しました。

 え〜、なんでわざわざ恐山へ来たかと申しますと、国連が定めた国際惑星地球年を前にして、なんと、なんと、この地球と交霊できるイタコがいるという情報をつかんだからなのです!

 地球ですよ、みなさん。地球。地球と交霊できるってことは、地球に意識があるってことなわけで、地球とお話しできるなんてすごいじゃない! こんな情報を入手して、ジッとしていられるでしょうか!

 いいえ、いられません。わたしだってジャーナリストの端くれ。出張費を渋る社長を果敢に説得し、東京駅から、はやて 17 号八戸行きに揺られること約三時間。八戸からは、快速に乗り換えて下北まで 45 分。そこからバスで 35 分かけて、ここ恐山に入山したのです!

 あの……勢い込んでしゃべってる割りには、もうヘトヘトです。だってあなた、五時間ですよ。五時間も電車とバスに揺られてれば、だれだって疲れますよ。なんで飛行機代出してくれないのよ、社長のバカ。頭きたから、出張費で 1,680 円もする『大間まぐろづけ炙り丼』を食べてやったわよ。ふん。美味しかったわよ。ザマミロ。

 ふたたび失礼しました。

 えーとですね。疲れている理由は、東京からの長旅だけじゃなくて、恐山に入ったはいいものの、肝心のイタコさんが見つからないんです。マズイです。ここまで来て、イタコさん、いませんでしたじゃあ、社長にどやされる。少なくとも、大間まぐろづけ炙り丼の領収書は受け取ってくれないわ。

 そこでわたしは、地球と交霊できるイタコさんを必死に探しました。なんだか、むかしテレビ朝日でやってた。水曜スペシャル、川口浩探検隊になった気分だわ。

 知ってるぅ? 川口浩探検隊。

 お若い人は知らないでしょうねえ。あのころはよかったわ。おおらかな時代よね。川口隊長ってば、毎回毎回、幻の白いカンガルーだとか、蛇島カウングの魔人だとか、謎の原始猿人バーゴンだとか、わけわかんないモノ探しに行って、そんなもの見つかったことないのに、なぜか人気番組だったのよね。わたしも大好きだった。

 あの番組って、捏造の宝庫だったけど、川口隊長は、本気で視聴者を騙そうと思ってなかったはずよ。見てるこっちも、そりゃ嘘でしょって笑いながら見てた。アレを捏造だと騒ぐのは、無粋ってもんよ。

 まったく、あるある大辞典を作ってた連中も、川口隊長を見習うべきね。納豆ダイエットの実験で、思ったような結果が出なかったら、それにショックを受けてうなだれるスタッフを映すべきだったわ。そこでリーダーが、「諦めるなみんな! オレたちの挑戦はここからはじまるんだ!」なーんて、励ましたりしてさ。美しいじゃない。

 でもね、結局ダメなのよ。だって、納豆なんかで痩せるわけないもん。ダメでいいのよ。リーダーが夕日に向かって、清々しい顔でいうの。「オレたちは、やるだけのことはやった。納豆ダイエットの証明は、次世代の若者たちに託そう」とかね。それでスタッフたちも涙を流しながら、リーダーにうなずく。ハッピーエンド。

 どうよ。パーフェクトじゃない。放送関係者のみなさん。あんたたち、データの捏造してでも視聴率を稼ぎたいなら、マジでこのぐらいのことやってよね。

 はっ!

 わ、わたしったら、イタコが見つからないばっかりに、つい、物思いに耽っちゃったわ。やばい。こんなことしてる場合じゃないのに。

 そのとき!

 わたしはついに、土産物屋のおばちゃんから、イタコの生息場所を聞き出しすことに成功したのであった!(川口探検隊風)

「地球と交霊できるイタコ?」
 土産物のおばちゃんは、首をかしげてから言った。
「ああ、あのバアさんのことね。たしか、この道を真っ直ぐ行ったところの、掘っ建て小屋に住んでるよ」
「あ、ありがとうございます!」
 わたしは感涙にむせびながら、土産物屋のおばちゃんの手を握ると、もう一度お礼を言って、すぐにイタコさんの住むという小屋に向かいました。わたしの後ろで、土産物のおばちゃんが、あのバアさんに会いたいなんて、変わった人ねえ。と言ってるような声が聞こえたけど、気のせいよね?(ああ、すごく不安……)

 その小屋は、いかにも、この霊山にふさわしい風情があった。ゲゲゲの鬼太郎も、きっとこんな家に住んでるのね。マッチ一本で全焼しそうだわ……それ以前に、地震どころか風が吹いただけで倒れそう。耐震基準と、消防法を無視しまくってるのは間違いないわね。

 わたしは、そんな想いを胸に、意を決して、掘っ立て小屋のドアをノックした。ドアと言うより板だけど、まあ一応はドアよね。返事はなかった。もう一度ノックする。やはり返事はない。

 あーん、どうしよう。いいわよね、開けちゃっても。わたしは、おそるおそる、ドアというか、板を開けて、中をのぞき込んだ。

「すいませーん。どなたか、いらっしゃいますか?」
 わたしが、そう声を掛けたとたん。
「だれじゃ!」
 背後から怒鳴られて、心臓が止まりそうになった。
「キャーッ! ご、ご、ごめんなさい!」
「なんで、謝っとる?」
 振り向いたそこには、背中が曲がり、杖をついて立つ老婆がいた。
「おまえさん、なんぞ、悪いことでもしたんかい?」
「いいえ!」
 わたしは、あわてて首を振った。
「ただその、勝手にドアを開けてしまったものですから、あの、失礼ですが、あなたがイタコさんですか?」
「そういうあんたは、なにもんじゃい」
「あ、失礼しました。わたくしサイエンス雑誌の記者をしております、アン・マキャフリィと申します」
 わたしは挨拶しながら、名刺を老婆に差し出した。
「そんなもん読めん。わしゃ老眼じゃ」
 老婆は、ふんと鼻を鳴らして、小屋の中に入った。
「あの〜、それで、あなたはイタコさんですか?」
 わたしは、外から中をのぞいて声を掛けた。
「ふん。そんなとこに突っ立ってないで、中にお入り」
「はい、失礼します」
 わたしは、老婆に促されて中に入った。いわゆる玄関というモノはなくて、土間になっている。江戸時代の長屋みたいな作りね。
 老婆は、草履を脱ぐと、よっこらしょと言いながら、一段高くなった床に登った。
「失礼します」
 わたしも、老婆の後に続く。
「で」
 と老婆は、正座したわたしの顔をのぞき込んだ。
「あんた、イタコに会いに来たって?」
「はいそうです」
「オゼゼはもってきたろうね」
「オゼゼ……あ、ああ、はい。もちろん」
 そっか、お金を取るのか。まあ、そうよね、それで生活してるんでしょうから。
「ただその、わたし、こういうのはじめてでして、相場がよくわからないんですが」
「相場なんてありゃしないよ」
 老婆はそう言って、右手を上げると、指を広げて見せた。五本?
「えっと……」
 わたしは、おそるおそる聞いた。
「5円?」
 ガクッ! と、老婆がズッコケた。
「バカタレ! いまどき5円で、なにをせいと言うんじゃ! コンビニにもいけんわい!」
「コンビニなんて行くんですか?」
「あのな! いまどきの老人をバカにするでない! わしゃ最近、ターリーズのラテに凝ってるんじゃ!」
「あ、わたしもターリーズのラテ好きです。コンビニで買えるコーヒーの中では一番好き。ミルクが多くておいしいですよね」
「ちと、高いがのう」
「そうなんですよねえ。あと50円安ければねえ」
「で、お嬢ちゃん。5円でなにをせいと?」
「すいません。ほんの冗談です。本当は5千円?」
「帰れ、帰れ!」
「わーっ、ごめんなさい! 5万円ですよね!」
「ふん。わかりゃいいんじゃ」
「困ったな。5万円なんて持ってないわ。いまは……」
 わたしは財布を出して、中身を確認した。
「3万円しか入ってません。まけてもらうのは無理ですかね?」
「しょぼいのお。まあ、いいわい。特別に3万円にしてやる」
「ありがとうございます。でもその前に確認させてください。あなたは、地球と交霊できるイタコさんで間違いありませんか?」
「うむ。いかにも」
「お名前は?」
「うさん草子じゃ」
「ひええーっ」
 わたしは、思わずのけぞった。
「そ、それはまた、ずいぶんベタなお名前ですね。もしかして関西ご出身?」
「だまらっしゃい。あんた、人の名前にケチつけにきたんかい」
「すいません。では、さっそく地球を呼び出していただけますか?」
「その前に、ほれ、やることがあるじゃろ」
「あ、はいはい」
 わたしは財布から3万円を出して、草子さんに渡した。全財産だわ。帰れるかしら。
「あの、領収書なんていただけませんよね?」
「そんなもん、勝手に作りゃいいじゃろ」
「いやあ、そういうこと、やっちゃいけないんですけど……まあ、いいか」
「そんじゃ、さっそくやるかね」
「はい、お願いします」
 と、わたしが答えた次の瞬間。
「きええええーっ!」
 草子さんが、奇声を発した。わたしは腰が抜けそうになった。だって白目むいてるんだもん! 怖いよ、お婆さん!
「むにゃ。きええええーっ! むにゅ。きええええーっ! げほ」
 ビビリまくるわたしをよそに、草子さんは、奇声を発し続けた。
 と思ったら、ガクンと力が抜けて、放心状態になった。
「あ、あの、もしもし?」
 やだわ、死んじゃったのかしら? やめてよ〜、ここで死なれたら、まるでわたしが犯人じゃない。困るわ〜。
 そう思ったのもつかの間。草子さんは、むくっと頭を上げた。だから怖いってば〜、その白目をやめて〜。
「だれだ」
 と、草子さんの口から、男の声が絞り出された。
「オレを起こしたのはだれだ……」
「あ、えっと、あなたは地球さんですか?」
「そういうおまえはだれだ」
「サイエンス雑誌の記者です。アン・マキャフリィと申します」
「だから、なんだ?」
「なんだと言われても困りますが、地球さんにインタビューしようと思って、やってまいりました」
「オゼゼはもってきたか?」
「えーっ! 地球もお金を取るんですか!」
「冗談だ。金なんかもらっても、使い道ねえしな」
 地球さんの声は、だんだんハッキリと聞き取れるようになってきた。なんとなく、松方弘樹の声に似てるわ。
「うーっ、やっと目が覚めてきたぜ。ったく、なんだよ、おめえは。人が昼寝してるとこ起こしやがって」
「すいません、お休みのところ起こしちゃって」
「まあ、いいってことよ。で、なにが聞きたいんだ?」
「はい。最近の地球環境悪化についてです」
「はあ? おめえな、地球に地球環境悪化をどう思いますかなんて、バカなこと聞くんじゃねえよ」
「そうですよね、よく思ってるわけありませんよね」
「バーカ。そういう意味じゃねえよ。おめえが聞きたいのは、地球環境じゃなくて、人間の生存環境のことだろ?」
「同じことじゃないですか?」
「ぜんぜん違うぜ。地球の環境なんてもんはな、何千年、何万年、何億年って単位で、激変してきたんだ。そんなもん、いちいち気にしてたらしょうがねえだろ。太陽の親分が、ちょいとクシャミをすりゃあ、オレなんかすぐ風邪を引いちまう」
「はあ、なるほど……」
 わたしは、地球さんの言いたいことがよくわからなかった。
「だからよ」
 と地球さん。
「おめえが聞きたいのは、そういうことじゃなくて、てめえら人間が、自業自得ってやつで、てめえらの生存環境を悪くしてるから、それについて、どう思うか聞きてえんだろ?」
「あ、はい。そうです」
 わたしは、やっと意味がわかった。
「たしかに、天文学や地質学の影響で環境が変わることではなくて、わたしが聞きたいのは、人間の経済活動で、あなたの環境が悪化していることについてです」
「そうだろ?」
 地球さんは、そう言ってから腕を組んだ。
「だから、そんなこと、オレに聞くなって言ってんだ。おめえらがやってることなんだから、責任はおめえらにある」
「おっしゃるとおりです」
 わたしは、だんだん、草子さんの演技ではなく、本当に地球と話しているような気分になってきた。
「ですが、客観的ご意見をお聞かせいただけるんじゃないかと思います。いかがでしょう?」
「どうして聞きてえと言うなら、答えてやらんこともねえがな」
「どうしても、お聞きしたいです」
 じゃなきゃ、出張費が下りないもの。
「いいだろう。その耳の穴かっぽじいて、よーく聞きやがれ」
「はい、ちょっと待ってください。えーと、たしか持ってきたはず」
「おい、こら。おまえ。なにやってんだ?」
「え? 化粧ケースの中に綿棒を入れといたんで、耳掃除してから聞こうと思って」
「バカか、おめえは! 耳の穴かっぽじいてって言うのはだな、べらんめえ調の常套句であって……ああ、なんか頭痛くなってきた。なんで、こんな説明してんだオレは」
「アスピリン飲みます?」
「いらねえよ! なんの話だったか、忘れちまったじゃねえか!」
「忘れっぽいんですね」
「おめえのせいだろうが!」
「地球さんは、いまの地球環境をどう思われているかです」
「ああ、そうだった。そんなもん、オレには痛くも痒くもねえよ」
「いまの水準は許容範囲ということですか?」
「許容範囲? だれの範囲だ? おめえの? それともオレの?」
「もちろん地球さんにとってのです」
「おう、そう言うことなら言わせてもらうぜ。オレにとっては、地表があと百度熱くなって、熱水の中でしか生きられない細菌だらけになっても、ちっとも困らねえ」
「うっ……たしかに。ごめんなさい、質問を変えます。人間にとっての許容範囲という意味ではいかがでしょう?」
「知るか、そんなもん。オレは人間じゃねえ」
「そう言われちゃうと身もふたもないんで、ぜひ客観的なご意見をお聞かせください」
「だから、オレには痛くも痒くもねえって言ってるじゃんか」
「それは地球さんの主観でしょ。わたしが聞きたいのは、客観的な意見です」
「へえ、不思議なこと言うねえ。客観的な意見かよ。それって、地球に聞いてどうするんだ? わざわざ地球と話してるんだから、地球の主観こそ聞くべきじゃねえのか? オレがおめえの上司なら、そういうインタビューを期待するね」
「うっ……いちいち、ごもっともです」
「だろ? だから、オレには痛くも痒くもねえって言ってるんだ」
「いいんですか? このままでは、人間どころか生物がいなくなりますよ」
「こう考えてみろよ。おめえら生命が誕生したとき、オレの地上には酸素がほとんどなかった。でも生命が生まれた。いや、酸素がなかったからこそ生まれたんだ。おめえらが、どんなに環境を破壊したって、またべつの生命が、変化した環境を利用するさ。それでいいじゃねえか」
「なるほどねえ」
 わたしはタメ息をついた。
「たしかに、わたしたち人間の文明の長さなんて、地球にとっては、ほんの一瞬の出来事ですよね」
「まったくだ。オレはもう46億年も存在してるからな」
「長いですよね。そうだわ! それなら地球に聞く、地球の歴史! なんて企画に変えましょう! 教えてください、あなたの過去のこと」
「おいおい、カンニングはいけねえよ。てめえで調べろ」
「そんなこと言って、本当は知らないんでしょ? あなた草子さんだから」
「疑りぶけえなあ。オレが地球だと信じてないんじゃ、インタビューの意味なんかねえだろうに。バカバカしい。けえるぞ。あばよ」
「待って、待って! すいません、もう疑いませんから、帰らないで!」
「カンニングもなしだぞ」
「うっ……知りたいなあ、むかしのこと」
「けえるぞ」
「わーっ、ごめんなさい! もう聞きませんから!」
「いいだろう。で、なにを聞くつもりだ?」
「えーと、困ったな」
 わたしは考え込んだ。
「じゃあ、地球に聞く、人類の未来予想とかはいかがでしょう?」
「ふむ。そういうことなら、答えてやってもいいぜ」
「どうでしょう? わたしたち人類に未来はありますか?」
「ねえと思うよ」
「あ、やっぱり……」
「そんな暗い顔するなって。この世で未来永劫繁栄しようなんて、どだい無理な話だ。三葉虫も恐竜も、世界を支配していたのは、オレの時間尺度で言えば、ほんの一瞬だ」
「ですが、わたしたち人間は、自分自身で、未来の扉を閉じようとしています。そこが三葉虫とは違いますね」
「そうでもねえだろ。三葉虫だって、あんなに数が増えなけりゃあ、絶滅しなかったかもしれねえ。要するに生物ってヤツは、むやみやたらに増えたがるもんなんだよ」
「わたしたちは、地球さんから見れば、三葉虫と同じレベルなんですね。知性があるはずなのに」
「知性ってのは違うだろ。知能はあると思うが」
「どういう意味ですか?」
「知性があるなら、自分で自分の首を絞めるようなことはしねえんじゃねえのか?」
「うーん。哲学的ですね」
「まあ、同じことなんだろうけど、知性って言うと、なんかこう、品格があるじゃねえか。言葉の響きに。おめえらに品格はあるのか?」
「いえ……たぶん、ないと思います」
 わたしは、ため息をついた。
「わたしたちときたら、二酸化炭素は出すわ、メタンは垂れ流すわ、フロンは捨てるわ、窒素酸化物はまき散らすわ、放射性廃棄物は埋めるわ、われながら、気が滅入るほどやりたい放題です。それが悪いことだってわかってるのに、ぜんぜんやめられない。いいえ、やめる気がないんです。むかし、わかっちゃいるけどやめられないと歌った人がいましたが、そういうことなんです」
「植木等か。なつかしいなあ」
「え? 地球さんも、植木等さんをご存じなんですか?」
「おう。好きだったぜ。無責任男。おまえらにピッタリじゃねえか」
「そうですかねえ? 植木等さんの無責任は、仕事に追われる現代人に対するアンチテーゼですよ。でも、人類の無責任は本当に無責任なだけです。これはもう犯罪です」
「うーん。犯罪と言うより、中毒なんだろうな、おめえらは」
「中毒?」
「おう。考えても見ろよ。おめえらは、コレステロールを摂取しなくてもいいように進化した。コレステロールは重要な物質だからよ、おめえら自分で必要な分を合成できるんだ。ところがどうだ、おめえらは中毒患者だから、バターは作るわ、生クリームは作るわ、挙げ句の果てに、牛を霜降りにしやがった。砂糖だってそうだ。糖はおめえらにとって、なくてはならねえ物質だが、砂糖をなめる必要はねえ。ところが、おめえらは砂糖中毒だから、チョコレートを喜んで食いやがる」
「話が飛躍してませんか?」
「してねえよ。本質は同じだぜ。ガソリンがなくても、おめえらは生きてきた。電気がなくても、おめえらは生きてきた。なのに、なんでやめられねえんだ?」
「それは社会を維持するためですよ。わたしたちが社会を築けたのは、農業をはじめたからです。狩猟民族のままなら、これほど発展はしませんでした」
「ところが、そのおかげで生存環境を破壊している。それでどうしましょうと、だれかに聞く暇があったら、農業なんかやめて、さっさと原始人に戻ればいいんだ」
「それは無理ですよぉ。勘弁してくださいよぉ」
 わたしは情けない声を出した。
「たまには、おいしいもの食べたいし、買い物だってしたいし、映画だって見たいし、そうでなくても、もうコンピュータとインターネットがない生活なんて考えられない」
「それを、おまえら人間はエゴという」
「うっ……」
 わたしは言葉に詰まった。
「つまり、もう手遅れですかね?」
「最初からそう言ってるだろ。諦めな。まあ、まだ何百年かは絶滅しねえだろ。おまえら、意外としぶといからよ。少なくとも、お嬢ちゃんが生きてるうちは大丈夫だ。死んだあとのことなんか心配するな」
「投げやりですねえ」
「人間が思ってることを代弁してやっただけだ。おめえうち帰ってから、となりの山田さんちの中学生の娘に聞いてみな。地球温暖化なんか、知ったこっちゃねえって答えるだろうさ。それより、新しいケータイがほしいってな」
「うちのとなりは、佐藤さんですよ。しかも娘さんはいません」
「だれだっていいよ。だれも深刻に考えちゃいねえ。百年後のことより、今日の晩飯の心配で忙しいぜ」
「……否定はしません」
「それが問題だ。わかってても、やめられねえ。しかも大半は、わかってもいねえ。明日の苦しみより、今日の快楽だ。ヘロイン中毒者め。せいぜい楽しんで、明日苦しみな」
「なんか、だんだん暗い気分になってきました」
「どうせいつかは絶滅するんだ。ああ、最初にも言ったが、オレのことは気にしなくていいぜ。南極の氷が溶けようが、オゾン層がなくなろうが、知ったこっちゃねえからよ」
「望みはないんですか? わたしたちの未来に」
「そうさなあ。過去の例からすれば、まったく望みがねえってわけじゃねえ」
「といいますと?」
「おめえらの知能は、遺伝子の産物だぜ。簡単に言うと、脳の働きを活性化する遺伝子を会得したから、いまのおめえらがいる。そうだろ?」
「うわ、急に難しい話になりましたね。えーと、たしかに、わたしたちが抽象概念を理解できるようになったり、言語を会得したのは、脳に関する遺伝子の働きだと考えている科学者はいるようです」
「調べりゃわかるこった。脳の大きさに関わる ASPM 遺伝子なんて、おめえらが手に入れたのは、たった 5800 年前だぜ」
「はい、その説も知っています。ちょうど、中東に人類初の都市ができたころですね。脳が発達したのと、最初の都市が造られた時期が一致するのは、おそらく、まったくの偶然ではないでしょう」
「ということはだ、これから先、自堕落な生活をやめられるように、脳が変化する可能性もゼロじゃねえわけだ」
「そうだと思いますが……それでは意味がありません」
「なんで? いいじゃんかよ、新しい種が出現して、それが生き残れば」
「ヒト科がより進化するのは望むところですが、わたしたちは 100 年後の未来を心配しているんです。想像できるのは、せいぜい千年後ぐらいまででしょう。でも、あなたは数千年から数万年先のことを話していらっしゃる」
「こればっかりはしょうがねえな。なにせ 46 億才だしよ」
「そうですよね……地球にインタビューするなんて、意味なかったかしら」
「今度は、宇宙人にでもインタビューするんだな」
「高度な精神性を持った宇宙人を捜して、彼らに教えを請うという考えは、かなりむかしからありますね」
「他力本願だよな、おめえらって」
「だれかに頼って生きていきたい生物なんですよ。もしかしたら、心のどこかで、神さまに助けてもらいたいと思ってるのかもしれません」
「オレもむかしは、おめえらに神さまだと思われていた」
「大地の神ですね。そして海の神でもあります。そう考えると、わたしたちは神さまを忘れた罰を受けてるのかな」
「おめえ、神さま信じてるのか?」
「信じてません」
「だったら、神妙な顔してそんなこと言うな」
「自然に対して畏怖の念はありますよ。地球は奇跡の惑星だと思います。これほど生命にとって快適な惑星は、広い宇宙の中でも数少ないでしょう」
「そうだ! オレいいこと思いついたぜ」
「な、なんですか急に?」
「おめえら、オレから出て行け」
「えーっ! わたしたちを追い出すんですか!」
「お得意の科学技術とかで、スペースコロニー作って、そこに住めばいいじゃねえか。そうすりゃあ、地球は汚れねえ」
「無理ですよ。たとえスペースコロニーの建造が技術的に可能でも、わたしたちは、65 億もいるんですよ。そんな膨大な数の人間を住まわせるスペースコロニーなんて、作るのは不可能です」
「うわ、マジ? もう 65 億匹もいるのかよ。だったら、間引いたらいいじゃんかよ」
「間引く?」
「ほれ、よく国立公園に住んでる鹿が増えたりすると、おめえら増えた分を殺して、数を調整するじゃねえか。それと同じだぜ。50 億ぐらい間引いて、15 億匹になれば、だいぶ楽だろ」
「スペースコロニーを作るより、さらに不可能です」
「オレがやってやろうか? プレート沈ませて、まずは日本沈没なんてどうだ」
「わわわっ! やめてください!」
「バカ。冗談だよ」
「心臓に悪い冗談だなあ……」
「冗談抜きでよ、スペースコロニーもだめ、間引くのもだめとなりゃ、もうなにやっても手遅れじゃねえか」
「たしかに、もう手遅れだという学者もいますが、多くの科学者は、まだ間に合うと思っています。それって間違っていますか?」
「そりゃ定義によるな。おめえらが、いまの暮らしを維持したいなら、とっくに手遅れだろうよ。でもな、絶滅を免れたいだけなら、まだ間に合う」
「生活レベルを落とせということですよね」
「わかっちゃいるのに、やめられねえんだろ」
「そうなんです……地球温暖化の危機を訴えている、アメリカの元副大統領でさえ、私生活ではお世辞にも省エネとは言えない贅沢な暮らしをしていると批判されている始末なんですよ」
「人のことはどうでもいいんじゃねえか? おめえさん自身はどうなんだい」
「わたしも人のこと言えませんね。こないだも、部屋の電気をつけっぱなしで会社に行っちゃったし、燃えないゴミの日に、燃えるゴミを出して近所のオバサンに怒られるし、デパ地下で買ったケーキを電車に忘れて、駅前のケーキ屋さんで買い直したり……」
「おめえ、そりゃ浪費っていうより、おっちょこちょいって言うんじゃねえか?」
「え? そうですかね?」
「自覚がねえってのは幸せかもなあ。おめえら、地球の温暖化は自分たちのせいかもしれねえって、下手に自覚してるもんだからいけねえんだ。自覚なんかやめて、絶滅の日まで楽しみゃあいいのによ」
「また、そうやって突き放したようなこと言うんだから」
「しょうがないだろ。どうせ絶滅するんだからよ。そんで、新しい種に変わって生き残ればいいじゃねえか」
「新しい種に代わりますかね?」
「代わるさ。おめえらサルは、ころころ変わる。ゴキブリなんか、ここ 3 億年ほとんど変わってねえが、おめえらサルは、700 万年前から、いったい、いくつの亜種が出てきたか数えられねえぐらいだ」
「サル……ですか、わたしたち?」
「ご自慢の知能とやらで、もっと自覚しろよ。おめえらはサルなんだよ。チンパンジーと変わらねえ。比喩で言ってるんじゃねえぜ。サルとは違う動物になったなんて勘違いするんじゃねえぞ。おまえらは、ヒトという種類のサルだ」
「まあ、そうかもしれません……けど」
「けどなんだ」
「反論したいわけじゃありません。少なくとも生物学上は、そうだと思います」
「ふん。納得してねえくせに」
「だって、わたしたちには知能があります。もしかして、もしかしたら、わたしたちが知能を会得したのは、絶滅を免れるためかもしれない」
「はははは! お笑いだぜ。ずいぶん都合のいい解釈だな」
「違いますか?」
「違うね」
「その根拠は?」
「過去のことをこれ以上話すつもりはねえが、もう少しだけ教えてやる。おまえらは、ずっと進化してきたわけじゃねえ。何度も退化してきた」
「た、退化?」
「おめえらの基準で言えばな。オレに言わせれば、ただの変化だけどよ」
「どういうことですか?」
「おめえらは、二足歩行をはじめた。それを進化という。ところが、その進化した種は絶滅したんだぜ」
「だから、もっと優れた種が、取って代わったんですよ」
「本当にそうか? 二足歩行のサルが絶滅したあと出てきたのは、また、四つ足で歩くサルだったんだぜ」
「え? ホントに?」
「本当だ。言葉をしゃべり出したサルも絶滅して、言葉をしゃべれねえサルが生き残った。と、思ったら、また言葉をしゃべるサルが出てきた。その繰り返しだ」
「進化の道のりは平たんではなかったと」
「それだ、それ。オレがさっきから、ずっと気にくわねえのは。おめえらは進化してねえんだよ。変化しただけだ。おまえらは自分を、生物の頂点だと思ってるから、進化なんて言葉を使うんだ。そうじゃない。おまえらはサルだ。サルの変化の過程に過ぎない」
「待ってください。たとえ変化の過程でも、わたしたちは、これだけ繁栄したんですよ。それは進化したからです」
「なるほど繁栄か。いいだろう。繁栄が進化だというなら、おまえらは大成功だ。65 億もいるんだからな。だからこそ絶滅する」
「あなたのおっしゃっていることは、恐竜にもゴキブリにも言えます。繁栄と絶滅が表裏一体だとしても、それと知能は関係ありません。少なくとも、関係を証明できません。たとえ 46 億年生きたあなたでも」
「なんでだい?」
「だって、地球の歴史の中で、知能を持ったのはわたしたちだけですよ。そのわたしたちは、まだ絶滅していない。あなたにわかりますか? 知能を持った生物の未来が。いままでに見たことないくせに」
「……言うじゃねえか、人間」
「こう考えたらどうでしょう。知能によってもたらされた害は、知能によって取り除くことができると」
「ふうん。じゃあ、やってみな。見学しててやるからよ」
「はい。結局、結論はここにたどり着くのだと思っていました。わたしたちは、温室効果ガスを出さない装置を開発しなければならないし、たとえ出しても、それを大気に放出せず、環境に影響しない場所に貯蔵する技術を開発しなければなりません。その道のりは険しいだろうし、時間的に間に合わないかもしれない。それでも、わたしたちはやらなければならないんです。地球を守る……いえ、人類の生存環境を守るために」
「ま、せいぜい、がんばんな。じゃあ、あばよ」
「え、ま、待ってくださいよ、地球さん! まだ聞きたいことが山ほど――」
 わたしは叫んだけれど、地球さんは、ガクンと首を倒してうなだれた。
「あの、地球さん? もしもし?」
「ん?」
 地球さんが顔を上げた。
「なんじゃ? わしゃ草子じゃよ」
「はあ〜」
 わたしは、どっと疲れが出て、息を吐いた。
「草子さーん、地球さんは、すごくイジワルでしたよぉ。わたしたちは、どうせ絶滅するから、もう諦めろだなんて言うんですよ」
「そうかい。わたしゃ、もう老い先短いんでね。知ったこっちゃないね。さあ、用が済んだんなら、帰った帰った」
「草子さんもイジワルだわ」
 わたしは、ぶつぶつ言いながら、草子さんの掘っ立て小屋をあとにした。

 それにしても……あの地球さんは、本物だったのだろうか。わたしには、いまだに確信がない。それでもひとつだけ言えることがある。

 3万円損したかも!

 いえ、そうじゃなくて。損した気分なのは事実だけど、このまま行ったら、きっと地球さんが言うとおり、わたしたちは絶滅する。それを食い止めるには、わたしたちの英知と、理性を総動員しなきゃならないでしょう。

 できるかしら?

 さあ? わたしには……わからない。


 終わり。


 このエッセイは、BUTAPENNさんのサイトで開催されている、ペンギンフェスタのために書き下ろしました。開催期間は、2007年6月1から10月31までです。


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