輝ける呪われた探査機



 相互リンクさせてもらっている夢音ちゃんのサイト、「紙飛行機の冒険」が開設5周年を迎える。じつにめでたいことではないか。Script1も、もうちょっとがんばれば5周年を迎える。個人サイトを5年間続けるというのは、とても難しい……というほどでもないけど、まあ、簡単でもない。

 サイトをはじめる理由は人それぞれだろう。ぼくの場合は、自分の書いた小説をたくさんの人に読んでもらいたかった。そして、サイトを閉じる理由も、人さまざまだろう。進学、就職、結婚……などなど、生活環境が変わって、物理的に時間がなくなるのも一つの原因だろうね。でも、一番大きな理由は、情熱がなくなることかもしれない。5年という時間は、人の気持ちを変えるのには充分だ。だれだって、恋人とはじめてキスしたときの気持ちを、5年後も持ち続けるのは難しい。

 それでも、「紙飛行機の冒険」と、「Script1」は、同じ年に、仲良く5年生になる。だから、ぼくが夢音ちゃんをお祝いしたい気持ちもわかってもらえるよね?

 そうなんです。雑談掲示板を読んでくれている人は知っていると思うけど、ぼくはいま、夢音ちゃんの5周年をお祝いする小説を書いている。テーマは「5」だ。ちょっとだけ宣伝すると、内容はクライムアクション。犯罪モノだね。もちろん、召しませMoney!とはタイプが違うよ。

 さて。ぼくの小説は、いつ更新されるかわからないとお嘆きのみなさん。どうぞご安心を。今回は〆切があるのだ。今月(6月)いっぱいなんだよ。だから、遅くとも7月の頭には、新作が公開されるであろう!

 たぶんね……(苦笑)。

 それはともかく。夢音ちゃんの5周年祭りには、そろそろ作品が集まりはじめていて、それらの公開もはじまった。そこに、夢音ちゃん自身の作品であるイラストが掲載されている。彼女が選んだのは、木星だ。

 そう。太陽系の第5惑星だ。そうきたか。宇宙大好きのぼくは、思わずニヤリとした。もちろん、ニヤリとしただけなら、いまこのエッセイを書いていないわけで、もうお察しのとおり、夢音ちゃんのイラストを見たら、木星について語りたくなった。なっちゃったものはしょうがない。ぼくは欲望に忠実に生きる主義なのだ。

 というわけで、エッセイ書く暇があったら小説を完成させろというご意見は、丁重に無視するとして(苦笑)、木星を語ろう。

 でも、ちょっと待て。夢音ちゃんのイラストを見てもらえればわかるのだけど、そのイラストは、紙飛行機が木星に向かっている構図なのだ。これを見て、木星に向かう探査機を思い浮かべたのはぼくだけではないだろう。だから、今回の主役は木星ではなく、探査機だ。

 木星に向かった探査機といえば、まずパイオニア10号(と11号)を思い出す。パイオニアは、1973年に、はじめて木星に接近した探査機だ。パイオニアは、もちろん貴重なデータをわれわれに届けてくれたけど、ハッキリいって、パイオニアは木星探査のテストだった。木星の強い磁場にさらされても、探査機が壊れないかどうかを確かめる意味合いがあったんだ。

 結果はどうだったかというと、じつは、壊れかけた。ヤバかったんだよ。木星の磁場に捕らえられたプラズマ粒子に、危うく殺されかけた。そのときのデータは、つぎに続く、ボイジャーのための貴重な経験として生かされた。

 そして、1977年9月5日。いよいよ、ボイジャーが打ち上げられた。ボイジャーはじつに多くの知識をぼくらにもたらした。木星にも薄い輪があることがわかったし、地球からは見えなかった衛星も3つ発見した。中でもぼくが興奮したのは、木星の衛星イオに火山があったことだ。まったく、こいつは驚いた。当時、NASAの公表した写真をテレビにかじりついて見たものだよ。

 しかしだ。ボイジャーの任務は、木星だけではなかった。土星と、天王星と、海王星もターゲットだった。なぜなら、4つの惑星の位置が、じつによかったんだ。少ない燃料で、しかも早く、これらの惑星を旅するコースを取ることができる、絶妙な位置にあったんだ。こんな組み合わせは、189年に一度しかないと計算された。189年だよ。まさに絶好のチャンスじゃないか。NASAの科学者が、海王星までボイジャーを飛ばしたくなる気持ちもわかるってもんだ。

 一つだけ残念なのは、その組み合わせに冥王星が入っていなかったことだ。まあ、冥王星は軌道がかなりへんてこだからしょうがない。もっとも、ボイジャー1号は、その気になれば、冥王星に向かわせることもできたんだけど、NASAは、冥王星に行くよりも、土星の衛星タイタンを観測させることを優先した。タイタンは太陽系の衛星の中で、唯一、濃密な大気が発見されている惑星だ(大気があるというだけなら、イオとエウロパと、トリトンにもあるけど)。こいつを詳しく調べる機会があるのなら、迷わずそうするべきだし、NASAは、じっさいにそうした。

 こうして、ボイジャーは、木星に別れを告げ、つぎの任務である土星に向かった。

 それでも、木星はじつに魅力的な惑星だ。巨大で美しいだけでなく、謎がいっぱいある。もっともっと詳しく調べたいじゃないか。そのためには、木星専用の探査機が必要だ。そう。木星の軌道をずっと周回する探査機が。

 こうして「ガリレオ」が計画された。

 ご存じのとおり、ガリレオ・ガリレイは、自分で作った望遠鏡を木星に向けて、いまわれわれがガリレオ衛星と呼ぶ衛星を発見した。だから、木星専用に設計された探査機に、彼の名をつけるのは、偉大な先人に対する当然の礼儀ってもんだよね。

 ガリレオは、じつに野心的な探査機だ。オービター(軌道周回機)と、プローブ(大気探査機)で構成された、史上初の木星軌道周回探査機なんだよ。プローブを木星に落として、その大気を直接観測しようってわけだ。わくわくするじゃないか!

 いやまったく、ガリレオは、それまでNASAが作った探査機の中では、もっとも複雑で精巧だった。開発には9年もかかったし、総費用も1700億円と、当時としては破格。(現在飛行中の土星探査機、カッシーニは、もっと費用がかかってる)

 ところが……

 ガリレオは呪われた探査機だった。1970年代の半ばに計画されて、1986年にスペースシャトルで打ち上げられる予定だったのだけど、この年のはじめに、みなさんも記憶にあるだろう、チャレンジャー号の悲劇的な事故が起こったんだ。これで、計画が大きく狂ってしまった。

 これで、打ち上げの日程が狂ったのはいうまでもないことだけど、それだけではなかった。ガリレオに搭載する予定だったロケットが、スペースシャトルに乗せるには危険だと判断されてしまったんだ。そこで急遽、ガリレオの推進システムは推力の弱いモノが使われることになった。ううむ。高出力のロケットで、木星へ一直線、どーんと飛んで行く予定だったのに……

 低出力の推進システムしか与えられないガリレオは、もちろんスピードが出ない。木星に行くのに、すごく時間がかかる。そこでNASAは、金星と地球の重力を利用して、ガリレオを加速させる計画をたてた。いわゆるスウィングバイ方式ってやつだ。ガリレオを充分加速させるためには、金星で1回、地球では2回もスウィングバイを行う必要があった。

 こうして、なんとか飛行計画もできて、当初の予定から3年遅れの1989年10月18日に、ガリレオはスペースシャトル「アトランティス」で打ち上げられた。

 しかしだ……金星と地球でのスウィングバイで加速しても、木星へ到着するのに6年もかかった。こいつは遅い。なにしろ、ガリレオより一年後に打ち上げられた、ユリシーズのほうが、先に木星に着いちゃったぐらいだ。ガリレオは機能満載で重いんだよ。ユリシーズより、6倍以上も重い。なのに、ユリシーズとほとんど同じIUS(慣性上段ロケット)で飛んでるんだから、そりゃ遅いわな。

 ちなみに、ユリシーズは木星探査が目的ではなく、太陽の磁場を探るのが目的なんだ。なのに、わざわざ木星まで行ったのは、木星の重力を利用して、太陽軌道に乗りたかったわけ。いろいろ複雑なのよ。探査機を飛ばすっていうのは。

 こうして、なんとかかんとか木星に近づいたガリレオなんだけど……ここでも悲劇が起こった。

 なんと傘のように広がるはずだった、データ送信用のアンテナが動かないんだ。原因はよくわかっていないけど、たぶん、打ち上げが3年も伸びたせいで、アンテナのグリスが減っちゃったからじゃないかといわれている。意外とセコイ理由だ。油切れかよ……中古の自動車じゃあるまいし。そんなんじゃ、日本の車検に通らんぞ。

 なんにせよ、アンテナが広がらないんじゃどうしようもない。だって、ガリレオが一生懸命観測したって、そのデータを地球に送信できないんだから。

 さあ、困った!

 そこでNASAの科学者は考えた。データ送信用のアンテナは使えなくとも、ガリレオを制御するための、小型アンテナは使える。こいつをデータ送信用にも流用するしかない。でも、いうまでもなく小型アンテナは、送信能力がすごく低い。1秒に10ビットのデータしか送ることしかできないんだ。最近の携帯電話と比べると、10分の1以下だぜ。

 そんなデータ量でよく探査機を制御できるよなあって気もするけど、探査機はいろいろ自分で判断するように作られているから、それでもいいんだ。いちいち地球から操縦する必要はないし、そうする必要があっても、木星まで電波が届くのは50分ぐらいかかるから、緊急事態には対処できない。逆にいうなら、よほど大きな制御をするとき以外は、探査機のコンピュータが自分で判断してくれないと困るんだよ。

 余談だけど、自分で判断するなんていうと、探査機には、よほどすごいコンピュータが搭載されているように思うよね。ところが、探査機は、ぼくらが使っているパソコンより、ずっと能力の低いコンピュータで動いている。その代わり、信頼性はバツグン! もちろん搭載しているOSも、ぼくらの使っているOSとは比べ物にならないくらい信頼性バツグンだ。いうまでもなく、そのOSを作っているのは、マイクロソフトでもアップルコンピュータでもない(笑)。探査機に搭載されているCPUとOSについては、いずれべつの機会にエッセイで書きたいと思ってる。

 話がそれたね。ともかく、小さなアンテナを使うしかないんだから、しょうがないじゃないか。だからNASAは、それまでやったことのないことを考え出した。

 なんと、データの圧縮方法を変えることにしたんだ。つまり、圧縮率を高めて、送信するデータの量を少なくしようというわけだ。しかし、それには、ガリレオに搭載されているアプリケーションをアップデートする必要がある。

 考えてみてほしい。いまでは、ふつうのパソコンのOSだって、アップデートするのは当たり前だけど、地球から6億キロも離れたところにあるコンピュータのソフトウエアをアップデートするのが、どれほど危険なことか。それでも、やらなければならない。だからNASAは決断した。

 よし、やるぞ! 結果は大成功! バンザーイ!

 じつは、ガリレオの不調が、のちのNASAにとって貴重な経験になった。いま現在、探査機を打ち上げたあとにソフトウエアをアップデートするのは、ごく当たり前なんだけど、それは、ガリレオでの経験があったからなんだね。失敗は成功の母とはよくいったもんだ。日本も、失敗を恐れずもっとがんばって欲しいなあ。お金を出す国民も、惑星探査に、100パーセントの成功はありえないのだと理解するべき……

 おっと、また話がそれそうだ。戻そう。

 こうして、なんとかデータ送信の問題をクリアした(完全ではないが)ガリレオは、木星への旅を続けた。その途中、ガスプラとアイーダという2つの小惑星の近くを通って、そのデータを送ってきた。とくにアイーダには驚かされた。小惑星のくせに、こいつは衛星を持っていたんだ! 連星系になっている小惑星の論文はあったけど、じっさいに見つかったのは、アイーダがはじめてだ。そして、ぼくの個人的な意見だけど、とりわけ興味深かったのは、シューメーカー・レビー第9彗星が、木星に衝突する映像だった。当時、ちょいと話題になったから覚えている人もいるだろうね。

 よしよし。ガリレオくん、順調ですよ。

 そして、1995年。ガリレオは、ついに木星の軌道に乗った。このとき、NASAでは367人のスタッフが、その様子を見守っていた。

 ところで、ガリレオの寿命は、木星に到着してから2年と決められていた(※注)。それは機械的な寿命ではなく、予算の関係で、それ以上は観測するお金がなかったんだ。もちろん、観測期間が2年なのは、打ち上げる前から決まっていたから、必要以上の耐久性は与えられていないのも事実だけど。(耐久性を重視しすぎたら、もっとお金がかかる)

※注
惑星探査機は、たいてい2年計画で打ち上げられるんだそうだ。そして、2年経っても壊れてなかったら、たいていの場合、観測計画は延長されるんだって。もったいないもんね。ちなみに、現在土星に向かっているカッシーニは、当初から4年の観測期間が計画されている。いまのところ、カッシーニは順調だよ。


 呪われた探査機とまでいわれたガリレオは、予想以上の成果を地球に送り届けてくれた。小型アンテナしか使えないので、圧縮アルゴリズムが改善されたとはいえ、データの送信に時間がかかるのは玉にきずだけど、それにしても、すばらしい映像を、地球に送ってきてくれた。そうそう、木星に落としたプローブもうまくいった。おかげで、木星の気象パターンとか、大気上部の様子が、いままでより、ずっとよくわかるようになった。

 こうして、2年たったとき。ガリレオは壊れていなかった。まだ動いていたんだ。しかもロケットの燃料も残っていた。

 いうまでもなく、科学者たちはガリレオの延命を願った。そのためには、財布を握っているアメリカ議会を説得しなきゃいけない。それは成功した。1700億円もかけて打ち上げた探査機が、まだピンピンしてるんだったら、使わなきゃ損だ。

 延長されたガリレオでの観測では、木星の大きな衛星、エウロパ、ガニメデ、カリストの探査に重点が置かれることになった。ガリレオが送ってくる写真は、その、どれもこれも、パイオニアやボイジャーの映像を、はるかに超える解像度で、素人のぼくが見たって感激するぐらいだから、科学者たちは、本当に楽しい時間を過ごしたと思う。

 ガリレオが送ってきた映像で、ぼくが好きなのは、エウロパの写真だ。エウロパは氷で覆われている。クレーターは、ほとんどないんだ。その表面は、結晶を顕微鏡で拡大したみたいできれいなんだよね。

 輝かしい成果をわれわれに報告してくれるガリレオ。しかし、主要な観測は終わっていたので、スタッフはぐっと減った。ガリレオが木星軌道に乗ったとき367人いたスタッフは、第二次の観測計画では、60人になっていた。

 この第二次観測計画が終わったあと……じつは、ガリレオはまだ元気だった!

 2000年12月には、現在、土星に飛行中の土星探査機、カッシーニが、木星を通った。そのときガリレオは、この後輩探査機と一緒に、木星磁場の観測もやった。けっきょく、1997年に終了するはずだったガリレオのミッションは、最終的には2002年まで続けられた。

 ガリレオくん、丈夫だよねえ。設計当時想定されていたより、すでに倍近い放射線を浴びているのに、元気に動いてるんだよ。いや、じつはカメラは故障した。さすがに設計限界の3倍以上の放射線を浴び続けていたのだから、これは仕方ないことかも。だから、2001年8月6日に実行されたイオの観測では、写真撮影はほとんどできなかった。さらにいうと、航法装置も故障がちになった。そろそろ、衛星のすぐそばを、かすめるようにして飛ぶ危険な観測方法は無理かも……

 でもガリレオはまだ生きている! もっともっと観測を続けたい!

 残念ながら、カメラ以外の観測機器が正常に動いてはいても、ロケットの燃料がなくなりそうだった。木星の軌道を、ただ周回するだけならできるけど、それだけ。いつか、自分の意思では動けないときがくる。

 それでいいじゃないか。このまま、観測機器も動かなくなるまで、ずっと、細々とでも観測を続けることは不可能じゃないはずだ。まだなにか、発見があるかもしれない。どんな些細なことでもいい。ぼくらは、知りたいんだ。宇宙の神秘を!

 ところが、そうするわけにはいかない事情があった。このままガリレオを木星軌道にとどめておくと、エウロパに引っ張られて、エウロパに落ちる可能性があったんだ。それは、あまり好ましくないのだよ。

 それはなぜか? エウロパに人間が住んでいるわけじゃないし、そこに小さな探査機が落ちたって、困る人はだれもいない。いないはずだ……いや、本当にいないのか?

 いるかもしれないのだよ!

 その理由を説明する前に、木星の衛星イオに注目しよう。イオには火山がある。ところが、イオという衛星は、地球の月よりもわずかに大きい程度だから、月と同じように、活動が停止した死んだ衛星であってもおかしくない。というか、その方が自然だ。ではなぜ、火山活動があるんだろうか?

 NASAの科学者は、木星の巨大な重力がその原因だと考えている。地球と月も互いに引っ張りあって、影響を及ぼしあっているよね。地球の海が満ち欠けするのは月に引っ張られているからだ(太陽も関係してるけど)。いわゆる潮汐効果ってやつだね。それと同じことが、当然イオと木星にも起こっている。イオは、巨大な木星に引っ張られている。引っ張られたところは、膨らんじゃうんだ。

 話はそれだけじゃない。じつは、イオの受ける潮汐効果は、親の木星だけでなく、兄弟の(イオだから、姉妹というべきかな?)ガニメデやエウロパも関係している。イオは常に同じ面を木星に向けているんだけど、エウロパとガニメデの効果で、少しだけ軌道が揺さぶられるんだ。その揺れが、イオを100メートルぐらい、膨らんだり縮んだりさせている。

 そう! どうやらイオの内部では、摩擦熱が生まれているらしい。その熱のおかげで、イオは火山活動があると考えられている。

 では、エウロパに話を戻そう。

 エウロパは氷の衛星だ。正確には、氷に覆われた衛星。なぜエウロパが氷に覆われているのか、その理由はよくわかっていないけど、氷に覆われているのは間違いない。そこでイオを思い出してほしい。エウロパは、イオほど木星に近くないから、潮汐効果もゆるやかだけど、もちろんある。木星の重力は、イオの内部の岩石を溶かして火山を噴火させている。だったら、エウロパの氷を溶かすぐらい朝飯前じゃないか。岩と氷と、どっちが解けやすいか説明するまでもないよね。

 さて、ここで問題です。氷が解けたら、なにになるでしょう?

 たぶん幼稚園児でも答えられるだろうけど、その回答は「水」だ。エウロパの氷の下には、水の層があるのかもしれない!

 さて、ここで問題です。地球で、はじめて生命が生まれた場所はどこでしょう?

 幼稚園児には答えられないだろうな。小学生にも無理かも。でも中学生なら答えられるかもしれない。そう、回答は「海」だ。

 また、問題です。海はなんでできていますか?

 わかるよね? バーボンじゃないのは明らかだ。生命の生まれた当時の原始の海と、現在の海とではその成分が違うし、現在の海にも、さまざまな物質が溶け込んでいる。でも、そういう難しいことを抜きにして答えるなら、海を作っているのは水なのだ。

 となれば、太陽から7億キロ以上離れた極寒の地にあっても(エウロパの表面は、おそらくマイナス180度くらいだろう)、そこに水があるのならば、もうそれだけで、生命が存在しているかもしれないと、科学者は思うのだ。

 いや、まったく可能性のない話じゃない。エウロパの本当の地面といえる岩石は、木星との潮汐効果で温められている。さらに、エウロパの表面は氷で覆われているのだから、その下の(岩石と氷の中間の)水の層は、比較的温かく、過酷な宇宙空間からも守られているかもしれない。そこに、生命がいても不思議じゃない。

 ただ問題は……その生命の食料だ。われわれ地球は、太陽から降り注ぐエネルギーのおかげで、生命が生きていくのに必要な食料が生み出される。ところが、エウロパは太陽から離れすぎていて、食料ができるほどのエネルギーは期待できない。

 しかしだ。木星があるじゃないか。たしかに、木星は光り輝いてはいない。でも強力な磁場がある。その磁場は、効率的に荷電粒子をかき集める。エウロパは、その磁場の中にあるんだよ! そう、エウロパは、常に放射線のシャワーを浴びているんだ。それが、単純な分子を結合させて生命へと押し上げ、さらに、食料となる有機化合物を生み出すエネルギー源かもしれないじゃないか!

 さあどうだ。むかしカール・セーガンは、木星の大気に浮遊生命体が存在するかもしれないといったけど、それは夢想だった。木星の大気に生命はいないだろう。だから、エウロパにも生命は存在しないかもしれない。そもそも、氷の下に水はないかもしれない。でも、水があるかもしれないし、生命がいるかもしれない。だれも、その答えを知らないのだ。

 で、ガリレオに戻ろう。

 ガリレオは、エウロパに生命がある可能性まで考えていなかった。だから、エウロパの表面を観測はしたけど、内部を詳しく探査することはできなかった。しかし、いまここで重要なのは、ガリレオは、殺菌処理されていないことだ。

 そう。ガリレオが計画された当時、まさかエウロパに生命がいるとは思わなかったし(エウロパに生命の可能性があるとする論文が発表されたのは、ネイチャーの2000年1月27日号だ)、ガリレオが、エウロパに落ちる(あるいは着陸させる)可能性も考えていなかった。だから、ガリレオは殺菌されていない。地球の微生物の死骸が付着しているかもしれないし、もしかしたら、ウイルスの一部は、生きたままくっついているかもしれない。

 そんなものが、エウロパに落ちたらどうなる? 間違いなく、人類の手でまったく汚されていないエウロパは汚染されるだろう。最悪の場合、エウロパの先住民(微生物)を駆逐して、地球の生物が繁殖しちゃうかもしれない! 外来種は強いのだ(笑)。

 じつは、ガリレオが打ち上げられる数年前から(つまり、いまから20年近く前だね)、どんなに単純な生命体であろうとも、地球外の生命体の権利は守られるべきだ。というテーマの倫理的、あるいは哲学的な論文が発表されている。まったく、そのとおりだ。地球で繰り返された悲劇を、宇宙で繰り返しちゃいけない。もちろん、エウロパが汚染されたら、生命体の権利だけでなく、純粋に科学的な発見も失われる。

 こりゃマズイ。

 そこでNASAは考えた。ガリレオには、老衰という最後を与えるわけにはいかないと。

 取るべき道は二つあった。ひとつは、ロケットの燃料が尽きる前に、軌道を変えて木星から離れ、太陽周回軌道に乗せる計画だ。でも、これは当初からやらないことになっていた。木星は太陽から遠いため、ガリレオは太陽電池では動かない。そこで、放射性同位体熱電発電機というのを積んでいる。こいつはプルトニウムを使うんだ。ご存じのとおり、プルトニウムはすごく毒性が強いから、ガリレオを太陽周回軌道に戻すのは安全性の面で問題がある。

 もう一つの道は、やはり、ロケットの燃料が尽きる前に軌道を修正して、木星に落下させることだ。木星に生命がいないのは、ほぼ間違いないし、木星のガスの下は高温なので、汚染される心配もない。

 いうまでもなく、NASAは、二つ目の方法を採用した。2002年の秋に、ガリレオに軌道修正の信号が送られた。

 でも、まだ終わりじゃないぜ!

 ガリレオは死の信号が送られてからもがんばった。2002年11月、衛星アマルティアに接近した。このとき、アマルティアがガリレオを引っ張る度合いを測定して、アマルティアの質量を求めた。この、最後の観測計画では、スタッフの数は6人にまで減っていた。

 このときも、偶然の発見があった。ガリレオの向きを、星の観測で測る「スタートラッカー」という装置が、9回も明るい反射光をとらえたんだ。この反射光の正体はなんだかわかっていない。もしかしたら、アマルティアにも、小さな衛星があるのかもしれないし、あるいは、アマルティアに、なにかがぶつかって、破片がはじけ飛んだのかもしれない。

 最後の観測を終えたあと、ガリレオは、小さなアンテナで、一生懸命データを送信した。すべての観測データを送り終わったのは、2003年2月28日だった。

 あとは……そう。木星に落ちる日を待つだけだった。その最後のときは、日本時間でいうと、2003年9月22日03時57分だった。

 ガリレオは、木星の南の雲上に、約22度という浅い角度のコースで突入した。秒速48.2kmという、すごいスピードだった。最後のときを迎える数分前まで、ガリレオはデータを地球に送り続けた。彼の最後を地上で見守ったのは、11人のスタッフだった。そのうちの一人、エンジニアのブルース・マクラフリンは、ガリレオの最後の日の前日に、こう語った。

「22日の朝がどんなふうかは興味深い。出勤したら、不要になったガリレオの書類を捨てるだけで、あとは、なにもすることがないのだから……」

 こうして、打ち上げから数えて、14年にも及んだ、ガリレオのミッションは終了し、チームは解散した。

 14年の間に、スタッフは一人減り、二人減り、もっとも少ないときはたった6人になった。しかし、ガリレオに関わった人の総計は、800人にも及んだ。そのすべての人が、ガリレオに敬意を表した。

 1986年、26歳のときにガリレオのミッションに加わり、そして最後のプロダクト・マネージャーになったクラウディア・アレクサンダー博士は、こう語っている。

「ガリレオのことを思うと、精一杯がんばって走ってくれた旧式自動車のように感じるときもあれば、問題児だった我が子が、とうとうハーバード大学を卒業するまでになったような気分にもなる」と。

 ガリレオくん、どうもありがとう! きみのおかげで、ぼくらは木星のことをたくさん知った。そして、新しい謎もたくさん生まれた。人類は、これからも木星に探査機を送り込むことだろう。きみがやり残した仕事をするために。どうか、木星のガスの下で、見守っていてほしい。きみの後輩たちの活躍を。



 追伸
 ガリレオに興味を持たれた方は、下のURLを見てね♪

 http://www2.jpl.nasa.gov/galileo/index.html


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