コロンビア




 エッセイをはじめる前に。

 二〇〇三年、二月一日。午後十一時十六分(日本時間)。スペースシャトル「コロンビア号」が、着陸直前の事故に遭遇しました。亡くなられた七名の宇宙飛行士の栄誉をたたえ、ご冥福を祈るとともに、ご家族、ご友人、関係者のみなさまに、心より哀悼の意を表します。




 スペースシャトル「コロンビア号」は、はじめて打ち上げられたスペースシャトルです。つまり一号機ですね。記念すべき、第一回の打ち上げは、一九八一年四月十二日。二十年以上前です。この二十年で、コロンビアは、二十八回宇宙に行きました。今回の事故の原因は、まだ定かではありませんが、スペースシャトルは、五十回使用できるように設計されているそうですから、コロンビアは、まだまだ現役でがんばれるはずでした。

 ところで、スペースシャトルの船名は、アメリカ建国期に活躍した探検船や研究船にちなんでつけられています。「コロンビア」は、コロンビア川を発見した、十八世紀のアメリカ人、ロバート・クレイの帆船コロンビア号から。そもそも、この「コロンビア」は、クリストファー・コロンブスからきています。NASAは、なにか新しいことを成し遂げるときに、このコロンビアという名を使うのが好きらしく、はじめて月面に降り立った、アポロ十一号の指令船もコロンビアでした。スペースシャトルの一号機に、コロンビアの名が与えられたのは、ごく自然なことだったんですね。

 もう一機、残念ながら事故で、尊い命とともに失われた「チャレンジャー号」は、一八七〇年に、大西洋と太平洋を航海した、アメリカ海軍の研究船から。そのほかのスペースシャトルも一応調べたんで書いときますか。「ディスカバリー」は、探検家クックの帆船から。「アトランティス」は、アメリカが、はじめて海洋研究に使った研究船から。「エンデバー」も、クックの探検に加わった船の名前からきてるらしいです。

 ただ、例外もあります。滑空試験に使われた実験機の名前だけは、実在の船の名前ではありません。実験機の名前なんて、どうでもいいんじゃないの? と、思われるかもしれませんが、わたしは、ぜひ書いておきたい。そもそも、その実験機は、合衆国憲法制定二〇〇年を記念して「コンスティテューション」と名づけられるはずだったんですが、一般市民の熱い要望によって、その名が変わりました。ぜひこの名前を! という手紙が、どっさりNASAに届いたそうです。

 その名前とは…… 「エンタープライズ号」なのです!

 そう。Script1にも、大ファンがいるはずの、「スタートレック」からです。アメリカ人って、本当にスタートレックが好きなんですねえ。この情報は、宇宙開発事業団のホームページから拾ったんで、おそらく間違いないでしょう。

 ここで、「待てよTERUさん。エンタープライズは、そもそもアメリカ海軍の、ヨークタウン級航空母艦のことじゃないか。通称ビックEだ! いまの原子力空母にも引き継がれてるんだぜ。アメリカ人が、スタートレックの宇宙船をエンタープライスとしたのは、日本で宇宙戦艦ヤマトがあるのと同じだよ」という、突っ込みはなしね。いま自分で、十分に突っ込んどいたから(苦笑)。

 さて。話を、スペースシャトル・コロンビア号に戻しましょう。

 今回、コロンビアは、STS-107ミッションのために打ち上げられました。わが、宇宙開発事業団も、今回のフライトにさまざまな実験装置を積んでいました。「たんぱく質結晶成長実験」や、「ラットを用いた宇宙実験〜サンプルシェア研究〜」など。「たんぱく質結晶成長実験」には「STS-107宇宙実験教育プログラム」に参加する、高校生の宇宙実験チームの実験試料も搭載してあったそうです。また今回は、向井千秋さんが、副ミッションサイエンティストという、宇宙実験の責任者のひとりして参加していました。事故後の、向井さんのコメントによると、実験は順調に進んだそうです。亡くなられた宇宙飛行士の方々は、立派にその任務を果たしたわけです。これが、唯一の慰めでしょうか。

 ですが、今回のコロンビアの事故によって、スペースシャトルの運航はもちろん、国際宇宙ステーション(ISS)の運用も不透明になりました。ISSには現在、アメリカ人の飛行士がふたり、ロシアの飛行士がひとり乗り組んでいます。NASAによると、彼ら三人が、六月末まで活動できる物資が、ISSには残っているそうですが、ISSをずっと有人状態に保つためには、物資の運搬はもちろん、搭乗員の交代などを定期的に行わなければなりません。

 スペースシャトルが打ち上げられないと、たよりはロシアです。2日の午後7時にも、カザフスタン・バイコヌール宇宙基地から、予定通り、無人貨物船プログレスM47が打ち上げられましたが、プログレスには、二トンしか貨物を積むことができない。スペースシャトルは、三〇トンです。もちろん、一回の打ち上げにかかる費用は、スペースシャトルのほうが高いのですけど、二トンと三十トンを比べれば、スペースシャトルのほうが、コストパフォーマンスがいいのは、いうまでもありません。プログレスは、スペースシャトルと同じ重量の物資を運ぶのに、十五回も打ち上げなければならないし、貨物一個の重量が積載限界を超えたら、貨物を分解して、数度にわけなければならない。

 それでも、貨物の運搬をプログレスに移管するとすれば、プログレスの数を増やさなければならないのですが、プログレスだって、一機作るのに、最大二年かかるそうです。

 日本の主力ロケットであるH−IIAは、静止軌道上に四トンまで運ぶ能力があります。ISSのような低軌道なら、十トンあげられる。でも残念ながら、定期的な貨物運搬に使用できるだけの運用実績がまだないし、大量生産する態勢も整っていない。日本の気象条件から、打ち上げ時期と回数も制限される。ヨーロッパのアリアン5型は、同じく静止軌道に最大八トン。低軌道なら十八トン上げられますけど、それを拡張したアリアン5増強型は、度重なる打ち上げ失敗に苦しんでいる。アリアン5以前に主力だった4型は、H−IIAと同等以上の能力があり、しかも打ち上げ成功率97.9%を誇っていましたが、すでに生産は終了し、残っているのは二機だけです。

 このように考えていくと、各国がもっと協力して、安価で、能力が高く、さらに信頼できるロケットを共同開発する必要を切に感じます。いまでも、作業分担はあるのでしょうけど、もっと積極的にです。ロケットには、軍事的な戦略面だけでなく、衛星ビジネスなどの商用面もあり、とってもむずかしいとは思いますが…… このような事故を目の当たりにすると、スペースシャトルや宇宙ステーションが、宇宙を漂って、乗員が帰って来れないなんて事故も、将来起こるのではないかと思ってしまう。そんなとき、宇宙レスキューとでもいいますか、数日以内、あるいは、数時間以内に、べつの国からロケットが上がって、宇宙飛行士たちを救出できる体勢があればすばらしいのにと思ってしまうのです。さらにいえば、国際宇宙ステーションがあるんだから、国にこだわらず、地上にも、国際航宙ポートが、数カ所あってもいいような気がします。世界中から、シャトルが飛ぶようになればいいのに、と。

 今年最初のエッセイが、この訃報についてとは、なんとも残念ではあります。ですが、宇宙飛行士たちのコメントを読んでいると、そこには悲しみだけではなく、今後も、宇宙開発をがんばって進めていきたいという強い意志が感じられます。

 宇宙……

 ぼく自身が、宇宙を旅することはないかもしれない。でも、いつまでも、夢とロマンを感じさせる場所であってほしい。そして、人類の英知と努力が、あの、ぼくがどれほど願っても手の届かない天空を、いつの日か、すべての人に開放してくれると信じています。


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