旅の楽しみ



 三年ほど前。二ヶ月かけて、北海道から東北地方、そして東海と近畿地方を放浪したことがあります。新幹線が停まる大きな地方都市はもちろん、二時間に一本ぐらいしか電車が停まらないようなローカルな街まで、本当に隅々まで旅をしました。

 で、今回。二週間ほど、西日本から四国、九州地方を回りました。そこでふと気づいたのですが、ぼくは行ったことのない県がなくなりました。日本の全ての県を旅してしまったのです。ちょっと自慢です。(もっとも、数時間しか滞在していない所もありますが)

 さて。旅をしていると、いろいろ面白いことに遭遇します。というか、その時は「苦労」なんですが、苦労した思い出に限って、あとで面白い思い出話になるものです。そんなお話をちょっとご披露します。

 越後に行ったときのこと。とある越後のローカル駅が乗り換え駅だったのですが、つぎの列車まで時間があって、しかも昼時だったので、駅員に昼飯を食べてくるからと告げて、駅を出ました(ローカル駅は、途中下車ができるんですよね)。まあ、駅を出たところまではいいんですが、あまりにもローカルな場所で、レストランなんか一軒もありません。

 さて困ったぞ。と思いながら、わずか100メートルたらずの商店街を歩いていると、一軒の居酒屋が目に止まりました。というかその一軒しかないので、イヤでも目に止まります。さらにありがたいことに、その居酒屋さんは昼間は食事が出来る様子。いやあ、よかったよかったと思いながらノレンをくぐりました。

 が。だれもいない…… お客はもちろん、店の人もいないんです。ううむ。大丈夫か、この店? と不安になりましたが、取り敢えずカウンターに腰を下ろしました。すると、壁にかけてある黒板が目に止まりました。そこには、こう書かれていました。

「越後の特徴。魚の水のきれいな街」

 ふむ。なるほど。なんか変な表現だけど、とにかく魚がおいしいのね。と理解はできます。しかし、つぎの文字は……

「お店のお薦め料理。カツ丼」

 なんでじゃ! 刺し身定食とか、焼き魚定食じゃないんかい! と、思わず怒鳴りたくなりましたが、まあいいでしょう。こんなところで血圧上げてもしかたありません。で、さらに文章は続きます。

「お店の特徴。ダンナさんいい男。奥さん美人」

 おいおい…… まあ居酒屋だからな。こういう愛敬もなくちゃいかんか。とにかく、ぼくは昼飯が食べられればいいのです。べつにダンナがいい男だろうと関係ない。奥さんが美人なのは関係あるかもしれないけど(どんな?)

 でも、一向にお店の人が出てこないので、カウンターの奥に声をかけました。すいませーん、お客さんですよー。って。そしたら出てきましたよ、もしかしたら、六十年前はそこそこ美人だったのかもしれないって、お婆さんが。ガチョン。

 いいんです。ぼくはお昼ご飯が食べたいだけなんです。なんだかカツ丼だけは食べたくない気分だったので、どういうわけか、ショウガ焼き定食を注文しました。でも、このショウガ焼き定食、なんと千円もするんです。田舎町にしては高い。カツ丼だって八百円ぐらいする。これじゃ東京と変わらない。でもお昼は食べなきゃいけないので、とにかく注文しました。

 で、待つこと十分ほど。お婆さんが、イカの姿焼きを持ってきました。そんなの注文してません。まさかバアさんボケてるか? と疑いつつ、ぼくは言いました。
「こんなの注文してませんよ」
 すると。
「ショウガ焼きについてるんです」
 という答え。
 へえ、なるほど千円は伊達じゃないな。なかなか良心的かも。と、思ったのが大間違いでした。さらに数分して、今度は里芋の煮転がしが出てきました。もう、明らかに付け合わせって感じのお皿じゃなく、一品料理と言ってよい大きさのお皿に盛られています。これだけでお腹が一杯になりそう。
「あの〜 これは頼んでませんけど」
「だから、定食についてるんです」
 ひえええ。つぎに出てきたのは、サラダ。これもけっこう量がある。それにしても、お婆さん一人でやってる店だから、一品ずつしか出てこないのがご愛敬。いったい、ぼくはいつになったらショウガ焼きが食べられるんだろう?

 で、やっとこさ出てきたショウガ焼きを見て、ぶっ飛びました。分厚いステーキみたいな豚肉が三枚! 食べれないってば、こんなに! ご飯も頼んでもいないのに、大盛りですよ大盛り! さすがにご飯の量は減らしてもらいましたが、その後がいけない。ラーメンの器みたいなのに、なみなみと注がれたケンチン汁が最後に出てきたのです。

 これで千円は安すぎます! おみそれいたしました! というわけで、お腹一杯になったのでした。胃腸薬も出してほしかったな。


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