最後に美女登場




 北欧神話もいよいよ最後。

 毎回、神話を紹介するとき、その神話でぼくがもっとも美女だと思っている女性を一人あげています。だから北欧神話でも、紹介せねばなりますまい。

 その人(?)の名は、巨人族のゲルド。名前は可愛くないけど、彼女が美人だったという証拠がある。それは、ヴァン神族の、とってもハンサムな男神フレイが一目惚れしちゃったってこと。バルドルが生まれてからは、ナイスガイ・ナンバーワンの座は譲ったけど、それまでは、この人が北欧神話で一番、美しく、かつ高貴な神様だった。そんな彼が一目惚れして、寝ても醒めても、ゲルドのことで頭が一杯になっちゃったんだから、彼女がどれほど美しかったか想像がつくってもんです。

 ところで。フレイとギリシャ神話のアポロンはとても似ている。どこが似ているか箇条書きにしましょう。

1)美しく高貴な神様
2)やはり美しい妹がいる

 と、こんだけでも、かなーり似てらっしゃるんですが、決定的に似ているのはつぎの三番目。

3)そのくせ、よく女にふられる。

 はい。ハンサムで性格もいいくせに、なんでか、フレイもアポロンも、女にふられるんだよねえ。いや、誤解のないように言っときますが、モテないわけじゃないんですよ、お二人とも。むしろその逆で、いつもステキな女性にキャーキャー言われて、青春を謳歌なさっておいでです。

 が。フレイもアポロンも、そういう取り巻きの女性でなく、自分が惚れた女性には、ふられるんですよ。なんでか知らないけど。ざまみろ。ま、アポロンについての詳しいことは、ぼくのエッセイ、ギリシャ神話編の「彼は容姿端麗」をご覧いただくとして、いまはフレイの話をしましょう。アポロンは想いをとげられませんでしたが(しかも何人も)、フレイくんはなんとかゲルドを手に入れます。でもね。高貴な神様のわりに、えげつないんだよなこいつ。

 ともかく。事の成り行きを説明しましょう。

 フレイはある日、オーディンの屋敷にある、世界を見渡せる王座に座ってヨーツンヘイムをのぞいてみました。そこで、ゲルドちゃんを発見してしまう。もう、そのあまりの美しさに、心臓が口から飛び出したって噂。一発で恋に落ちちゃった。

 さあ、ここからアポロンくんなら、あの手この手のアタックが始まるんだけど、フレイくんはそうじゃない。なんと、召し使いのスキールニルを呼び出して、ゲルドちゃんに恋をしたことを打ち明ける。そして……

「彼女をを連れてきてくれ! そしたら、おまえになんでも好きなものをやるぞ!」

 と、叫んだっていうんだから困った坊ちゃんだ。

 ここでその召し使いが、「いえいえ。報酬などいりません。ご主人様のためなら」なんて言ってくれれば少しは恋愛物語としてカッコもつこうってもんだけど、北欧神話の連中に、そんなヤツはいない。

「んじゃ、ご主人様が持ってる魔法の剣と、闇の中も走り、魔法の炎にも負けない馬をいただきましょうかね」

 だってさ。この魔法の剣は、フレイが持ってるアイテムの中じゃ、もっとも素晴らしいもので、敵を勝手に倒してくれるという優れもの。早い話、この世に二つとないお宝なわけ。さらにフレイの名馬までつけて、よこせって言うんだから、この召し使いも欲が深いっていうか、腹黒いって言うか、呆れるというか。

 ま、これには、ゲルドの親が、ゲルドを嫁にくれてやる代わりに、その魔法の剣をフレイに要求したって説もあるんだけど、普通は、フレイの召し使いが要求したっていう話の方が多く語られるね。だから、ぼくもこっちの説を採用。

 さあ、剣と馬をよこせと言われたフレイくん。ちょっとは悩んだらしいけど、恋の悩みの方がぜんぜん深刻だったから、召し使いに魔法の剣をあげちゃう。未来の話なんだけど、このおかげで、フレイは武器を失い、ラグナレクの日に、スルトに敗れて死んじゃうんだよね。げに恐ろしきは恋の病か。

 と、未来の話はともかく。

 フレイから譲りうけた名馬を駆って、巨人の国までひた走った召し使いくん。いよいよゲルドの館に到着。ところがどっこい。ゲルドちゃんは、大の神様嫌いだったんですよ。だいたいからして、巨人族とアース神族は犬猿の仲。いまで言えば、イスラエルとパレスチナみたいなもんで、お互い、すごい昔から反目し合ってて、何度も戦争をやってる間柄だからねえ。ゲルドがアース神族の使者なんかを、快く向かい入れるわけがない。狂暴な番犬が、ゲルドの館を守っていて、召し使いくんは中に入れない。

 ここで、召し使いが知恵を働かせて、ゲルドの屋敷に侵入したっていうなら、まだ話も盛り上がろうっていうもんだけど、そこはそれ、あんまり純朴な北欧神話のこと。複雑なプロットを期待しちゃいけない。番犬が騒ぎ出したのを聞きつけたゲルドが、「番犬に食い殺された死体を片づけるのはめんどうだわ」なんて理由で、召し使いを中に入れちゃうんだよね。じゃあさ、番犬ってなんのためにいるわけ? ま、神話なんてどれもこれもご都合主義の塊なんだけど、納得いかないよな。

 まあいい。とにかく中に入れてもらった召し使いは、さっそくゲルドに、主人の気持ちを伝える。

「というわけでゲルドさん。わが主人のフレイが、あなたに惚れちゃったんでございます。どうか、嫁に来てはもらえませんでしょうか?」

 これは聞いたゲルドちゃん。そりゃもう怒った怒った。

「バカなことを! このわたくしが、神族の嫁になどなるはずもありません!」

 女神のフレイヤも、絶対に巨人族の嫁になんかならないと言ってますが、ゲルドちゃんはその逆で、絶対に神族の嫁になんかならない。死んだ方がまし。ってくらい神族が嫌いなんです、この女の子。

「まあ、そういいなさんな」
 と、召し使い。
「嫁に来てくれれば、われわれアース神族が食べてる、若さのリンゴをあげますよ。これであんたは、永遠にその美しさが保てる」
「いりません。永遠の若さなど必要ないわ。そんなものでわたしの愛を買おうなどとは、神族の愚かさを知っただけだわ」
「むむっ。では、宝石を産み落とす腕輪はいかがかな?」
 でもゲルドちゃんは冷たく笑った。
「そんな宝がなんだというの? わたしが欲しがるとでも思ったのですか?」
 買収が成功しないと知った召し使いは、今度は脅しに入った。
「では、おまえの首を跳ねてやる」
「殺したければ殺しなさい。神族と結婚するぐらいなら、わたしは喜んで死を選びましょう」

 なんともはや。ここまで嫌われたら、いくらなんでも諦めなきゃね。

 ところが。召し使いは諦めなかった。なにせ魔法の剣と名馬がかかってる。

「いいだろう。それならば、おまえを呪ってやる。おまえが、この上もなく醜くなるように。怒りとあこがれ、涙と苦痛がおまえを一生苦しめる。手にしたものは、すべて腐り、腐臭を放つ食べ物を食らうがいい。おまえは二度とだれにも会えず、話をすることもなくなるだろう。そして、もっともいやしい巨人の嫁になるがいい。おまえは、絶望と不安から生涯逃れることはできないのだ」

 なんともはや…… アース神族恐るべし。さすがにこの呪いには、ゲルドも負けて、涙を流しながら、フレイと結婚することを承知した。ゲルドちゃん可哀想。

 こうしてフレイは、この上もなく美しいゲルドを妻にしたんだけど、これが高貴な神のすることか? ま、ラグナレクの日に、魔法の剣がなくて、スルトに殺されてるから、ゲルドを強引に妻にした罰を受けたとも言えるけどね。

 ふう。フレイとゲルドに、ずいぶん行数を使っちゃったな。あとの神様は、簡単にすませよう。じつは、あんまり好きじゃないのよ、ロキ以外の神様って(苦笑)。

 では、フレイの妹のフレイヤ。

 彼女も美しい神様なんだけど、とにかく淫乱で、かつお金が大好き。宝石欲しさに、宝石を加工するのが得意な、小人さんたちとも、平気でベッドに入る。まあ、それだけフレイヤが美人だったから、みんな彼女の身体を要求したわけですよ。

 でも。そんな彼女にも夫がいた。名前はオード。って言うんだけど、これが本名かどうかわからない。なにせ、彼ってば奥さんのフレイヤとの生活がイヤになって(ま、イヤになるわな、あんな浮気者じゃ)、世界を旅しに出かけちゃう。そのたびに現地で違う名前を名乗ってるモンだから、もうどれが本名かサッパリわかんない。マルデル、ヘルン、ゲヴィン、スュール、そしてヴァナディース等々。みんなフレイヤの夫の名前。

 んで、フレイヤは、夫を探して自分も旅に出て、彼に会えない日々に涙を流したっていう話もあるけど、これは、ずーっとのちに、だれかが勝手に書き加えたものだろうね。フレイヤは、そういう女神じゃないもん。彼女に美しい話は似合わない。人間界から勇者をかき集めて、自分の慰め物にし(その残り物をオーディンにあげてたって噂)、すべての神とベッドに入り、宝石を手に入れるためなら、いやしい小人とも平気で寝ちゃう女。それがフレイヤの正体です。

 はい、つぎ。今度はチュールにいってみようか。

 一応戦いの神様なんだけど、ま、大したことはやってない。唯一、ロキの子供のフェンリルの狼を鎖に繋ぐとき、フェンリルを大人しくさせておくため、口の中に腕を入れてた逸話が、まあ英雄的かな。

 どうして、そんなことをしたかというと、ラグナレクの日に、オーディンを殺すと予言されたフェンリルをなんとかしなきゃと、オーディンは、またまた浅知恵働かして、フェンリルにこういった。

「フェンリルちゃん、いい子だね。ちょっとだけ身体を縛らせておくれ。なに、すぐに放すから大丈夫だよ。嘘じゃないよ。チュールがおまえの口に腕を入れとくから、もし嘘だったら噛み切ってもいいよ」

 と、フェンリルをなだめすかして、縛ったんだけど、もちろん嘘なんでチュールは、腕をがぶっと噛み切られたってわけ。主神オーディンのためとはいえ、損な役回り。

 はい、おつぎ。トールに行きますか。

 こいつもバカなんで、ある日、大事な武器(ハンマー)を、巨人族に奪われてしまう。しかもその巨人から、返してほしければ、フレイヤを嫁によこせって、脅迫状が届く。もちろん、アース神族は、愛しのフレイヤちゃんを、嫁になんかやる気はない。でもトールのハンマーがないと困る。そこで、ヘイムダルが、んじゃ、トールがフレイヤに化けて、花嫁姿で乗り込んだらどうかね? と、へんてこなアイデアを思いちゃったんですね。もちろんトールは女装なんて嫌がりました。が、ほかにうまいアイデアもないんで、いやいや、やることにしました。このとき、アホのトールだけじゃ失敗することがわかり切ってるんで、ロキもフレイヤの召し使いってことで同行。この、トールの女装物語(?)は、とっても有名だから、ご存じの方も多いでしょうね。

 で、やっぱり、失敗しそうなところを、ロキの機転でうまく切り抜けつつ、トールはハンマーを取り返し、かつ、その巨人と部下たちを皆殺しにしましたとさ。トールってロキにはいろいろ助けられてるんだよな。少しはロキに感謝せい。

 はーい、つぎは? だれが知りたい? ノルンでも紹介しとく?

 えーと、ノルンっていうのは、アースガルドに繋がっている、ユグドラシルの根っこに水をやってる園芸係。ウルド、ヴェルダンディ、スクルドの三姉妹をまとめて、ノルンって呼んでます。彼女たちは時間の女神で、ウルドが過去、ヴェルダンディが現在、スクルドが未来ね。一番最初は、ウルドだけだったんだけど(こんときや、運命の女神と呼ばれていた)、のちに、妹のヴェルダンディとスクルドが加えられて、とくにスクルドは、ヴァルハラ(人間の勇者を集めた館)で、ホステス(ワルキューレの一員)としても働きました。

 はいはい。どんどん行こうぜ。

 おつぎは、いよいよバルドル。オーディンとフリッグの息子。すべての人から愛される、理想的な青年神。

 と、ここまですべてが揃ってると、それだけでも胡散臭いんだけど、まあ、彼は死ぬために生まれてきたようなモンで、ロキの恨みを買って殺される。

 バルドルくん。あるときから悪夢に悩まされるようになった。その夢の意味を知るために死者の国に赴いたオーディンは、女予言者の亡霊の言葉からバルドルに死の運命が迫っていることを知ることになる。でも、どうやって死ぬのかはわかんない。

 そこで、バルドルのお母さんのフリッグさんは、あらゆる動植物や金属、巨人や病魔と契約して、バルドルを傷つけないことを誓わせたんですね。なんで、巨人族までその誓いを立てたのかは不明。まさか、巨人族まで、アース神族(それも純潔)のバルドルを愛したとは思えないんだけどなァ。なんででしょうね?

 まあいや。とにかく、ぜんぶに誓わせたんだけど、その契約からヤドリギだけが外れてたんですね。なんででしょうね? まあ、それも問わないことにしましょう。そこでロキが考えた。ヤドリギを利用しようと。ロキは、バルドルの弟のヘズに、ヤドリギを持たせて、バルドルめがけて投げさせた。じつはヘズって盲目だったんです。このヤドリギがバルドルに命中して、はい、一巻の終わり。一名さま、死者の国にご案内。このあと、バルドルを死者の国から連れ戻そうと、フリッグさんたち、いろいろ手を尽くすんだけど、それもロキに妨害されちゃう。知恵でロキにかなうわけないだろ。ははは。ざまあみろ。

 ま、この件でロキはとっつかまって、洞窟に幽閉されるんだけど(ロキも詰めが甘かったね)、ヘズの方もただではすまなかった。オーディンは、さすがに、実の息子を自分で殺すことができなかったので、わざわざ愛人と新しい子供を作って、その子供に、ヘズを殺害させました。

 オーディンってなに考えてるんでしょうね? 息子が殺せないから、また息子を作って、そいつに殺させる? こういうの本末転倒っていうの? よくわかんないけど、よっぽどタチが悪いと思いませんか?

 オーディンの理屈を、一応、書いておくと、その新しく作った息子は、まだ、右も左もわからない、赤ん坊のときに、ヘズを殺してるんだけど、赤ん坊だから、罪の意識もないだろうってことだったらしい。なんだかな。オーディンって、やっぱ極悪人だわさ。こんな神様、滅んで当たり前だよ。やっぱぼく、オーディンって嫌いだ。この神様だけは好きになれない。

 と、まあ、こういう神様たちが織り成す物語。それが北欧神話でございます。夢が壊れちゃったかしら? だとしたら、ごめんなさい。でも、ロキが主人公の悲劇として見れば、陰鬱ではあるけど、なかなかドラマチックだとも思いますね。っていうか、ぼくはロキが主人公だと信じてるんだけどね。

 はい。というところで北欧神話のエッセイは終わりです。


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