奥さんだって負けてない!



 さあ、北欧神話の第二段いってみましょうか。

 前回は、アース神族とヴァン神族の戦争が終わって、フレイたちがアース神族に加わったところで終わりました。どうも、物語としての流れがよかったんで、あそこまで書いちゃったんですが、少しばかり時間を巻き戻して、オーディンの奥さんのことを書きます。

 では、ビデオの巻き戻しボタンを押して、テープをキュルキュルっと、戻しましょう。戻るところは、オーディンが、知識を求めてヨーツンヘイムのミーミルに会いに、旅に出るところまで。

 このとき。すでにオーディンは独身ではなく結婚してました。奥さまの名はフリッグ。オーディンが神々の王だとするなら、彼女は女王ですね。フリッグの出生は、よくわかりません。とくに父親は不明。母は大地の女神フィヨルギュンとされてますが、この女神様は、巨人族のヨルズと同一らしいんで(名前も似てる)、頭が混乱する。だって、オーディンが巨人族の長だったユミルを殺したとき、巨人族は一組の夫婦を残して絶滅したはずなんです。なのに、なんでヨルズさん生きてんの?

 この辺は、かなりいい加減ですね。矛盾を指摘するのも疲れてきましたが、おそらくヨルズやミーミルといった巨人族は、神族と同格とされて(理由は不明)、絶滅した巨人族とは別格に扱われているのでしょう。

 まあいいや。ともかく、オーディンはフリッグと結婚してました。

 さて。神々の主神とその奥さんというと、どうしても「ゼウスとヘラ」が思い浮かびますよねえ。そうです。「浮気者の夫に手を焼く奥さん」という構図。前回説明しましたとおり、オーディンは、大変スケベな好色家でいらっしゃるから、フリッグさんのご苦労もさぞやと想像できる。いやいや、フリッグさんだけじゃない。だいたい、男神ってのは、みんな浮気者だから、奥さんになると苦労する。

 しかーし。フリッグに限らず、北欧神話の奥さまは、ギリシャ神話とは違って、夫の浮気に泣いたりしない。そんな暇があるなら、自分も浮気するわ。ってタイプがけっこう多い、さすがだなあ。ヴァイキングだなあ。

 オーディンが知識を求めて旅に出る日。フリッグは、夫が旅に出るのに反対しました。

「あなた! 王が国を空けるなんて、なに考えてんのよ!」

 ってわけです。ごもっとも。もちろん、このあと知恵の泉の水を飲んだってバカが治らん神様だから(バカにつける薬はないとはよく言ったものだ)、オーディンが奥さんのいうことなんか聞くわけない。「てやんでえ、べらぼうめえ」と、出かけていく。

 さあ、残されたフリッグさん。一日経っても、二日経っても夫が帰ってこないから、だんだん心配になってくる。と言っても、オーディンを心配したわけではなく(あんなバカ、ほっときゃいい)、王が不在のアースガルドを心配したんですな。

「ああ、困ったわ。いつまでも王座を空けておくわけにはいかない……」

 そこでフリッグさん考えました。

「そうだわ。オーディンの弟たちに、王座をあげちゃいましょう。そうよ、あんなバカ、待ってたってしょうがないしね。オホホ。あたしってば頭いいわ」

 なんて言ったかどうか知りませんが、フリッグは、オーディンの弟二人に(本当は序列は明らかじゃないんだけど、一応、オーディンは三兄弟の長男)、王座を譲ることにします。このころオーディンは、ユグドラシルに自分の身体を吊るして、腹を切った痛みに耐えているところ。そんなこととは、つゆ知らず、フリッグさんは、弟のために、新しく王座を二つ作って、彼らを座らせました。まあ、王様になったことだし、いつまでも名無しじゃ可哀想だから書いとくか。弟は、ヴィリとヴェーという名前です。

 フリッグさんったら、ちょっと気が早すぎない? と、思わなくもないですけど、まあ、相当気が短かったんでしょう。あるいは、自分の忠告を無視して出かけていったオーディンへの当てこすりだったかも。ヴィリとヴェーにしたって、フリッグに言われて、ほいほい王様になっちゃうんだから、野心はあったんでしょう。だいたい、この二人、神様の実力としては大したことなくて、こんなチャンスでもなければ王になれないと、自分たちもわかってた。このころ、すでにトールなど、今後有力な神になっていく連中もいたと思うんですけど、たぶん、まだ幼かったんじゃないかな。

 そんなこんなんで、新しい王様が二人も誕生しちゃったアースガルド。フリッグは、オーディンへの当てこすりか、それとも、もとからの性格か(たぶん、もとからの性格が正しい)、さっそく、新しい王様たちとベッドイン。楽しい夜をお過ごしになられる。一人ずつとベッドに入ったか、それとも三人で楽しんだかは知らない。ご想像にお任せします。まあね、夫がスケベな好色家だから、奥さまも負けてないってところかな。オーディンたら、知らぬところで、実の弟たちと、べつの意味でも兄弟になっちゃったわけだ(←大人なら意味わかるよね)。

 そんなわけで、トントン拍子にことは運び、ヴィリとヴェーが、フリッグを共有の妻としようとしたとき(すごいね。婚姻届になんて書くんだろう?)、オーディンが帰ってくる。そう。片目をなくし、ルーン文字の秘密を知ったオーディンが。うはあ、血の雨が降るぞお。

 残念ながら、ここでなにが起こったかはわからない。とにかくオーディンが怒りまくって、フリッグを罵り、弟たちを王座から引きずり降ろしたのは間違いないんだけど、はたして弟たちと戦ったのか、戦ったとしたら、うち負かした弟たちをどうしたのか。その辺の詳しいことはわかりません。神話として残ってないらしい。ただ、このあとヴィリとヴェーの記述は北欧神話から消えるので、アースガルドから追放されたんでしょう。行き先は…… やはり死者のいるところかね? さすがに、証拠不十分のまま、オーディンに弟殺しの罪まできせるのは気が引けるので、「不明」とだけ書いときます。

 さて。不貞の妻というレッテルを貼られたフリッグ姉さんですが、オーディンともうけたバルドルって息子が、えらくできがよくって、しかも死の予言をされたバルドルのために、一生懸命、息子の命を守ろうと努力したんで、彼女は「母性」の守護神としてあがめられることになるんだけど、この話は後に回そう。

 王座を取り戻したオーディン。このとき、巨人族の国から、ロキってヤツを連れてきてました。ロキは巨人族。いったい、ロキとなにがあったのかわかりませんが(本当にわからない)、とにかく、ここで北欧神話最大のスター(と、ぼくが勝手に思っている)ロキが登場です。オーディンは、フリッグが弟のために作った王座の一つにロキを座らせる。もう一つの王座には、ヘーニルという予言の力を持つ神を座らせ、自分は真ん中の王座に座って、これで、アースガルドの最高意志決定機関が誕生! ロキって、悪神として有名ですけど、オーディンの片腕だったんですね、最初は。彼を「神」と呼ぶのには異論がありましょうが、巨人族のロキは、アース神族に迎えられたんで、このエッセイでは男神として扱います。

 ロキ。彼は、とにかく彼は謎が多い。上に書いたとおり、オーディンが旅の途中で彼と意気投合して、アースガルドに来たんですが、その辺のくだりは、神話に残っていないんです。

 どうやら、古代のゲルマン民族の神話には、そもそも、ロキという存在はなかったらしいんですよ。で、後の世の神話の伝承者が、どこかの段階で付け加えたとする説があるんだけど、ぼくも、その説を支持します。彼は神としてはもちろん、巨人族としてみても、その性格がかなり変わってるから、もともとは「存在しなかった」という説に説得力ある。それに、さまざまな事件を起こしちゃ、北欧神話の物語性を豊にしているのも重要だと思う。神話を伝承した先生方にとって、純朴かつ単純(単調)だった北欧神話の世界を、ドラマチックに彩る存在が必要だったんだろうね。早い話、ロキがいない北欧神話なんて、おもしろくないわけよ。ロキがいたからこそ、これだけ多くの人に読み親しまれる物語になったんだね。

 さて。ロキも出てきたところで、そのほか北欧神話を彩る神々たちを、ここらで一気に登場させましょうか。

 では、トールに登場してもらおう。彼はオーディンと巨人族のヨルズとの息子。北欧神話一の力持ちで、すべてを破壊する魔法の槌(こづち)ミョルニールと、その柄を握るための鉄の手袋、締めれば全身の力が倍加する腹帯という三つの武器を持ってた。ハッキリ言って、巨人族に対抗できる神様は、このトールだけなんですよ。すっごく強くて、北欧神話では無敵だね。だから、オーディンも、彼には頼りっぱなし。巨人族とイザコザがあったら、必ずと言っていいほど、トールを派遣して、巨人族を追い払ったり、皆殺しにさせたりしてる。でもね。トールくん、頭は悪い。よく言えば純朴。まあ、愚直ってとこかな。大食らいで、大酒のみで、すーぐ怒るくせに、機嫌が直るのも早くて、あんまり腹に溜め込まない。いいよね、こういう性格だとストレス溜まらなくて。だから、古代のゲルマン人にとっても愛された神様だったらしい。むかしからサッパリした性格の人って好まれるんだね。

 さて。これだけ強いと、トールが「戦いの神」となっていいはずなんだけど、なぜか彼は「結婚と農作物」の守護神なんだよね。これは謎だ。結婚の方は、彼ってば愛妻家だったらしいから(浮気はしてるし、奥さんのシフも貞節じゃないけど)、なんとなくわからんでもない。だけど、農作物の神様ってのがわからん。わかります?

 では謎解きを。彼は、二頭の羊に引かせた戦車に乗ってるんだけど、これが走るとき、ガラガラとすごい音を立てたらしい。そこから「轟くもの」って意味の「トール」という名前が付いた。また、その音が雷に似てるから、「雷神」なんて呼ばれるわけなんだけど、基本的には「天候を左右する神様」だったんだね。ここまでわかれば、なるほど、農作物に関係があるなと、理解できるわけだ。ああ、そうそう。彼ってばミョルニールっていう槌(こづち)を武器にしてるんだけど、これは「電撃」の象徴なんだよね。ヘラクレスの武器もそうだったし、インドの「リグ・ヴェーダ」っていう最古の神話に登場するインドラ(帝釈天)の武器ヴァジュラも電撃の象徴。そんなわけで、このお三方は、よく比較されてますな。古代の人から見れば、「雷」って、天から落ちてくる「怒りの鉄槌」みたいに思えたんだろうね。だから、神様が怒ると、みんな電撃食らわすわけですよ。ま、そのうちアメリカのフランクリンってオッサンが、雷と電気は同一だって調べて、避雷針を発明しちゃったから、この神様たち、ガックリ肩を落として落ち込んだって噂。神様も科学には勝てない。黄昏だねえ。

 話を戻しましょう。

 トールが「結婚と農作物」の神様だってのはわかったけど、そうなると「戦いの神様」が不在で具合が悪い。いえいえ、それが違うんですよダンナ。「戦いの神」は、じつはトールが誕生するずっと以前からいる(だからトールがその座に着かなかったという理屈も成り立つ)。彼の名はチュール。変な名前だね。いまごろ思い出したけど、北欧神話の神様の名前って、英語の曜日の語源になってるんだ。チュールは「Tuesday」つまり、日本語では火曜日。「Tuesday」ってのは、もともと「チュールの日」という意味だったわけですよ。トールは「Thursday」。木曜日。

 えっと、どうも話が逸れるっていうか、飛んじゃって申し訳ない。このエッセイ、計画的に書いてるわけじゃなくて、思い出すままに(思い出したところで調べ直して、さらに新しいことを学んだり)という過程で書いてるもんだから、ごめんなさいね。

 なんの話だっけ? ああ、そうそう。「戦いの神」チュールね。彼もねえ、けっこう謎。というのは、どうも実際には、オーディンよりも古い神話の神様だったらしい。そう。この人、古代ゲルマンの、さらに古代の神様だったわけ。その当時は、チュールが最高神だったらしい。らしい、らしい、ってさっきから、確定的に書けなくて申し訳ない。なにせ古い時代のことだからね。ゆるしてね。カエサルの書いた「ガリア戦記」とか、タキトゥスの「ゲルマニア」なんかで、ゲルマン民族が信仰していた神様の名前はわかってるんだけど、前回のエッセイに書いたとおり、キリスト教化で、その詳しい内容はほとんど失われてる。今日まで残ってる「北欧神話」だけじゃ、フォローしきれないんですよ。想像するしかない。

 じゃあ想像しよう。たぶん、別系統から、オーディンの神話ができて、こっちの方が新しいだけあって洗練されてたから、チュールは、オーディンの物語に組み込まれちゃったんじゃないかな。という説があって、ぼくもそうじゃないかと思う。そんな過程を経てるんで、チュールに関しては、父親がオーディンって書いてる物語もあれば、いやいや、巨人族のヒュミルだよって書いてる話もあって、かなり混乱してるんだよね。ちなみに、母親はわからない(巨人族らしいが)。

 もと最高神の名誉なのか、トールっていう強い神様がいても、チュールが「戦いの神」に留まったんだけど、まあ、けっこう勇気に溢れた物語が残っているから、確かに名誉ある扱いではあるね。だから、戦いの神様って言うより、徐々に正義の守護者と呼ばれるようになったらしい。正しいことをするって言うんで、司法の神様でもあります。

 前回、ヴァン神族と戦ったアース神族は、人質として、ニヨルズと、その子供たちをアース神族に向かえた。美しきフレイ兄弟。

 フレイ。これは「主人」って意味で、名前からしてわかるとおり「Friday」の語源ね。とってもハンサムだったらしい。双子の妹フレイヤは「女主人」という意味で、こちらも、とっても美人。

 でもね。ヴァン神族の方々だから、道徳的なことには、かなーり、無頓着だったらしく、フレイとフレイヤは、双子の兄弟のくせに、同時に愛人でもあった。まあねえ、近親相姦は古代には(王族や貴族の間では、わりと近代まで)珍しくないとは言え、美男美女のご兄弟が、近親相姦の関係にあるというのも、なかなかに怪しくていいけど、ちょっとね、ぼくの好みには合わない。それでも、フレイヤがお兄さま一筋って言うんなら、禁断の愛に燃える悲劇って趣もあるかも知れないけど、とんでもない。フレイヤは、ぼくの知る女神の中で、もっとも淫ら。「すべての神の愛人」ってキャッチフレーズはダテじゃない。それも、金や宝石ほしさに、平気で身体を売るところが、なんとも女神っぽくない。ギリシャのアフロディーテも、人のこと言えないけど、彼女には、それなりに「愛」があるからねえ。フレイヤには「愛」って言葉が、あんまり(ほとんど?)感じられないんですよ。まあ、さばけてるって意味じゃ現代ぽいのかも知れないな。

 さて、ざっと主要なところは出揃ったかな。次回は、それぞれの神様の逸話を紹介しましょう。


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