永遠の名前




 なーんか、一回歴史のお話なんぞが入っちまいましたが、神話の方は、イシュタルを退けて、意気揚々のギルガメシュとエンキドゥ。というところで終わってましたね。粘土板も、ちょうど半分の6枚目。

 さあ、粘土板の7枚目に行ってみよう!

 ところが、いきなり出鼻をくじくようで申し訳ないですが、この7枚目は保存状態が悪くて、冒頭の20行が失われています。残念!

 そんなわけで、ここになにが書かれていたのか、もう永遠の謎です。ですが、幸いにもヒッタイト語版のギルガメシュ叙事詩に、この部分が残っている。時代がずいぶん新しくなるので(たぶん千年は新しい)、オリジナルと異なる可能性はありますが、ま、どうせオリジナルだって、へんてこな言葉が書いてあるだけだから、気にしない気にしない!

 で、そのヒッタイト語版によると、天の牛と戦ったつぎの日の朝。エンキドゥが不吉な夢を見たことが書かれている。よく夢見るんだ、この人たち。

「ギルガメシュ。聞いてくれ。オレは昨日、イヤな夢を見た」
「な、なんだ。どういう夢だ?」
「アヌ、エンリル、エア。そんでもってシャマシュまで集まって、オレたちを、これからどうするか相談してるんだ」
 どうやら、神様たちが集まって、天の牛を殺したギルガメシュたちの処遇を相談してるらしいのです。
「ほう。それで?」
「エアがエンリルに言いやがった。『彼らは天の牛を殺し、その前には森の番人フンババも殺している。このまま罰を与えないわけにはいかない』と」
「なにい! 罰だと? フンババはともかく、天の牛はイシュタルが悪いんじゃねえか」
「まあ、最後まで聞いてくれ。そのあとアヌが言うんだ。『二人のうち、一方を死なせなければならない』って」
「マジかよ!」
「ああ。そしてエンリルが言った。『エンキドゥを死なせよう。ギルガメシュは死なせないでおこう』と……」

 ギルガメシュは、これをきいて、目から涙が溢れました。ちゃんと「涙が溢れた」と粘土板に書いてある。男のくせに泣くな! って、むかしジイちゃんに怒られたなあ。あ、ぼくのことね。それも子供のころの。

「くそう…… そんなバカことあるか」
 ギルガメシュは、大いなる神々たちに、祈りを捧げにいきます。なんとか、その決定を思いとどまってほしい。

 そのころエンキドゥは……

 ちなみに、当時の文学には、「そのころ、なになには」という、三人称的表現はないです。完全な一人称というわけでもないけど、場面の切り替えは、通常、主人公の移動によって行われる。ギルガメシュ叙事詩においては、ギルガメシュとエンキドゥの二人が主人公で、この二人の視点が切り替わる。

 で、エンキドゥ。彼は自分の運命を呪い、とくに、そもそも自分に知恵を与えた遊び女を呪っていました。彼女がいなければ、神様に恨みを買うような運命はなかったはずだと。逆恨みですな。

 そこへ、彼らを最初から擁護していた、太陽神シャマシュが現れる。

「エンキドゥよ。おまえはなぜ、遊び女を呪うのか。あれがおまえに神に相応しい食べ物を与え、王者に相応しい飲み物を与え、立派な衣服をつけさせたのではないか。そして、ギルガメシュという良き仲間を与えたではないか」
「しかし、シャマシュさま…… オレは死にたくない」
「地上の公子たちは、おまえの足に接吻するだろう。ギルガメシュは、おまえのためにウルクの人々が嘆き悲しむようにさせ、そして、おまえが死ねば、なりふりかまわず、犬の皮を身にまとい、野原をさ迷うことになるだろう」

 これを聞いたエンキドゥは、怒りを静めて遊び女を許す。その後、彼は病気になって、またまた夢を見る。今度は自分が死んで冥界に降りていく夢。エンキドゥは、十二日のあいだ床に伏して、身体はどんどん弱っていった。

 ここで、7枚目は終わり。さくさく行こう8枚目。

 8枚目は、死にゆくエンキドゥの枕元で、嘆き悲しむギルガメシュの情緒的で感動的なセリフからはじまってる。

「熊も、ハイエナも、豹も、虎も、雄鹿も、チーターも、ライオンも、野牛も、雌鹿も、山羊も、牛も、野原にいるその他の獣たちも、おまえのために泣く。澄んだユーフラテスもおまえのために泣き、水入れの革袋に入ったその水は、われわれを癒してくれる。羊を囲う街、広大なウルクの若者たちもおまえのために泣くだろう。彼らは、われわれが天の牛を打ち倒した戦いを、しっかりと見ていたのだ……」

「水入れの革袋に入ったその水は、われわれを癒してくれる」って部分の意味がわかんないけど、まあ、悲しんでることはわかる。

 ところが、エンキドゥは、ギルガメシュの言葉を最後まで聞くことはできませんでした。途中で、静かに息を引き取る。せっかちなヤツ! 友だちが演説してるんだから最後まで聞いてやれよ。

「ああ!」
 ギルガメシュは、永遠の眠りについた友を見下ろす。
「なんという眠りがおまえを捕まえてしまったのだ! わたしを見てくれ! わたしの言葉を聞いてくれないのか!」

 このセリフは、ぼくが脚色したわけじゃないです。なかなか感動的。なんだか、シェイクスピアの戯曲のようですらある。戯曲らしく、このシーンのギルガメシュは、最後にエンキドゥの様子を、自分の言葉で語ります。
「しかしエンキドゥよ。おまえは頭を上げることができない。おまえの心臓に触れても、それはもう鼓動していない」

 さぞや、観客は泣いたろうね。よっ、大根役者!

 こうして、エンキドゥは死んだのでした。ギルガメシュは、銅、銀、宝石類、ラピスラズリ、金で飾られた友人の亡骸に向かって、国中に響き渡るような悲しみの声をあげました。で、この版の最後は破損が激しくて、なにが書いてあるのか、いまいち判然としないのですが、わずかに残っている部分から推察すると、エンキドゥの葬儀の模様が語られているようです。

 さあ9枚目だ。とっとと行こうぜ!

 ギルガメシュは、友人の死に直面して、自分も死について深く考えるようになります。というか、もっと単純に「オレは死にたくない」という気持ちが大きくって、その死の恐怖に耐えられず、ウトナピシュティムに会いに行こうと決心する。

 だれよそれ? ウトナピシュティム? またまた覚えにくく、かつ書くもの大変な名前だよな。うんざり。佐藤くんとか言われても困るけど。って、このギャグは前にも使ったか。とにかく、変な名前ばっかり!

 さて。なんで、ギルガメシュは、この男に会いに行こうと思ったかと申しますと、彼は、当時すでに伝説の人物でして、はるかむかし、神の起こした大洪水を妻とともに生き延びた人物なのです。このジイさまなら、死なずにすむ方法を知ってるに違いない!

 ここで、解説。

 前回の「シュメールのこと」で、簡単な歴史年表を書きましたが、メソポタミア地方はBC4000とBC2800の二回、大規模な洪水に見舞われています。BC4000の方は、記録が残っていませんが(古すぎるんだよ)、BC2800の方は、シュメール人が記録を残している。それによると、シュメールの都市は、壊滅的被害を受けたようです。でも、このときはシュメール人のトーチャンたちがんばった。カーチャンのためなら、えんやこら。見事に復興を果たす。家では、亭主元気で留守がいいなんて言われてるとも知らず。ああ、そりゃ日本の話か。

 てなわけで、ウトナピシュティムのジイさまは、たぶんBC4000のほうの大洪水を生き延びたんでしょう。ギルガメシュ叙事詩の年代から考えても。

 だとすると、このジイさま、たしかに長生きだ。うん。これなら不老不死の秘密を知ってるかもしれない。というわけで、ギルガメシュくん、やめときゃいいのに、旅立ちます。

 この旅は、そりゃもう最初から困難。道にはライオンがいるし、そびえ立つマーシュ山の門は、なんとサソリ人間が門番をしてるという。マジですか? マジなんです。サソリ人間は「なんとも恐ろしい気配を発し」、そりゃ恐ろしいだろうよ。「その姿を見れば死んでしまう」、生まれながらの殺人者か。「その身体から発せられるおぞましい光輝が山を包んでいる」んだって! やっぱ、帰ろうよ……

 ところが。「その姿を見れば死んでしまう」なんて、大げさに脅かしたわりには、ギルガメシュくん、サソリ人間に会っても死にゃしない。いいかげんだよね、神話作家の先生って。ウソつきなんだから。しかも、サソリ人間には奥さんもいて、ギルガメシュくん、サソリの旦那と奥さんに、「この門をどーしても、通らにゃイカンのですよ。わかってくださいよ」なんて、説得したりしてる。さらに、説得できちゃった! ったく、ここまで、いいかげんでいいのか?

 ともかく、門を開けてやることには同意したサソリの旦那。でも、ギルガメシュくんに忠告する。

「ここを通るのは、そりゃ、無理ってもんだぜ、ギルガメシュ。この山はけわしく、これまで通り抜けたものは一人もいない。わずか十二ベール行くだけで、闇はあまりにも深く、光はなくなる」

 なんて、脅かしてますが、大丈夫。脅しはギルガメシュ叙事詩の十八番。とにかく言うことが大げさなのよ、この人たち。

 というわけで、ギルガメシュくん。大丈夫だから、サソリ人間の言うことなんか気にせず、どんどん先へ進んでくれ。読者も(ぼくなんだけど)、いいかげんシビレを切らしたよ。

 で、しばらくぬかるみを進むと、サソリの旦那が行った通り、暗くなって、前も後ろも見えなくなる。あれ? サソリ人間、本当のことを言ったのか?

 と、一瞬不安になったのもつかの間。ギルガメシュは突然、明るい場所に出て、そこがなんと宝石の庭だった。宝石の花が咲いてたそうです。すごーい。行ってみたい。宝石取り放題じゃんか。ぬかるみぐらい、なんてことないぜ。

 ここでギルガメシュくん、宝石を二三個くすねて…… うそです。そんなことはしないで、さらに先に進む。するってえと、海が見えてきて……

 あと、なにがあったと思います? 当ててみて。そうだな。間違いは三つまで許してさしあげる。

 船が浮かんでた? 残念ハズレ。もういいか。答えは、酒場。そう、お酒を飲むところ。ねえサソリの旦那。あんたギルガメシュに、ここはだれも通り抜けたことがないとか言ってなかった? なのにさ、なんで酒場があるんだよ!

 ま、あったものはしょうがない。そこには、シドゥリという女主人が住んでいた。これ、人間じゃないね。サソリの旦那の言うことが本当だとしたら、たぶん女神さま。やったぜ、女神さま大好き。しかも酒場の主人を生業にしてる女神さまなんて、後にも先にも、この人ぐらいのもんじゃない?

 さあ9枚目が終わった。10枚目。

 ここでは、ギルガメシュが、シドゥリに自己紹介するところから始まってる。どうも、初めまして、わたくしギルガメシュと申します。てなもんだ。ところが、このオバサン。おっと失礼、お姉さん。彼がギルガメシュだと信じない。

「あのね。あんたが、ギルガメシュなわけないだろ」
 と、シドゥリ姉さん。
「ギルガメシュと言えば、あのイシュタルだって惚れたぐらいのいい男。ところが、あんたはどうだい。犬の皮なんか着て、頬は痩せこけて、まるで哀れな乞食みたいじゃないか。あたしの目は節穴じゃないよ」

 さすが女神さま。ギルガメシュのことも、ちゃんとご存じ。でも、エンキドゥに先立たれて、その悲しみと死の恐怖から、ここまでさ迷ってきたことをご存じないほどには、そのお目めは節穴のようです。ま、神様なんて、そんなものかも。いつも肝心なときに役に立ちゃしない。

 ところがどっこい、シドゥリ姉さん、ギルガメシュを信じないどころか、もっと悪い。しまいには、自分を殺しにきた刺客と思いこんで、ドアに鍵までかけちゃった!

 待て。刺客? 敵が多いのね、姐さんたら(姉さんから昇格?)。

 やっぱりねえ。おかしいと思ったんだ。女神さまがこんなところで酒場なんかやってるの。きっと天界でなんかやらかして、ここに堕ちてきたんだね。しかも、刺客を恐れるなんてことからして、相当ヤバめのことに違いない。少なくとも楽しいことじゃないよな。なにやらかしたんだか、この人。

 非常に残念なことに、そういうことは一切、ギルガメシュ叙事詩には書かれてないようで(この10枚目はバラバラの破片だから、書いてあったかもしれないが)、正直言って、シドゥリの姐さんについては、謎ばかり。でもぼくは断言する。この人、ちょいと年いってるけど美人だったに違いない。酸いも甘いも噛み分けたいい女。ぼくの一番好きなタイプ。そうねえ、二十八から三十五までの間なら、何歳でもオッケイだな。だったら中間の三十二歳にしとくか。

 自分の趣味を勝手に反映させるな!

 と、お怒りの貴兄。ごもっとも。仮説の重ねすぎは真実から外れる。これがいい例。もう仮説どころかただのヨタ話。本当は、シドゥリが女神だったかどうかも定かじゃない。学生諸君。このヨタ話を信じないように。(でも、どうせ、シドゥリの姿なんて、だれにもわかりゃしないんだから、大学の教授にだって怒られやしないさ)

 話を前に進めましょう。

「待ってくれ、オレの話を聞いてくれ」
 ギルガメシュは、あわてて、なんで自分が、こんなやつれた格好をしてるか説明した。心から愛した友人を失ったこと、そして六日と七晩、泣いたこと(六日と七晩って、よく出てくるんだよな)。

「ふ〜ん。そんなことがあったのかい」
 シドゥリの姐さん、意外と人がいいのか、これで信じちゃった。
 これでやっとギルガメシュは、シドゥリに当初の目的を話すことができる。
「いえね、姐さん。オレ、うっかり死んじまったエンキドゥみたくなりたくねえんで、不老不死の秘密を探してるんでゲスよ。そんでウトナピシュティムに会いてえんですが、どう行ったらいいっスかね?」

 カッコだけじゃなく、性格も野蛮人ぽくなったか? なんてね。本当は王様らしく、威厳に満ちた言い方で聞いたと思うよ。

「もしそこに行けるなら、わたしは海をも渡ろう。もし行けないのなら、ふたたび野原をさ迷いましょう」

 こんなふうにね。

 シドゥリは、ギルガメシュの話を聞いて、行き方を教えてくれるんだけど、ここがどうも、ぼくにはよくわからない。だって、彼女は最初、「その海を渡る船は、遠い昔からあったためしがない」って言うんですよ。そんで「海を渡ったことがあるのは、太陽神シャマシュだけだ」と。つまり、海は渡れないってことですよね。

「海を渡るのは難しく、その道のりは苦難に満ちています。行く手には死の水が横たわっています」

 なんて、脅してもいる。ところが……

「どうしても渡りたいなら、船頭のウルシュナビを探して、彼に頼みなさい」

 だってさ! 遠い昔から船はなかったけど、船頭はいたらしい。卵が先かニワトリが先かなんてよく言うけど、この場合は、船が先だと思うね、ぼくは!

 ま、合理的に考えるなら、シドゥリは、「船がない」と嘘をついて、ギルガメシュを諦めさせようと思ったのかもしれない。でも、ギルガメシュの決意が固いことを悟って、最後には教えてあげたと。そう理解するしかないよな。

 んじゃ、探しに行くべ、その船頭さん。

 船頭さんは、すぐ見つかるんだけど、どうもここで、ギルガメシュと船頭さんはケンカしたらしい。前にも書いたけど、この10枚目の粘土板は、バラバラだから、詳細がよくわからない。ま、そのケンカのあとで、船頭さんは、「なんで、おまえは頬がこけ、そんなガッカリした顔をしてるんだ?」と聞く。ギルガメシュは、シドゥリに答えたのと同じ、友だちが死んで、どーのこーのだから、ウトナピシュティムのところに連れていってくれと頼み込む。

 船頭さん、やっと納得して、「んじゃ、長さ三十メートルの竿を三百本用意しろ」なんて言う。途方もない要求のように聞こえるけど、シドゥリが、死の水と言ったのは嘘じゃなかったみたいで、その海の水に触れると、竿でさえダメになっちゃうらしい。だから、ダメになった竿をどんどん取り替えながら進むから、往復するのに、三百本の竿が必要だと、そういうことみたい。船は大丈夫なの? って聞きたいんだけど、だれも答えてくれないだろうなあ。

 三百本も竿を用意するのに、どのくらいかかったか知らないけど、とにかく用意して、いよいよギルガメシュは死の海を渡る。ここで、なにかトラブルが起こって、新たな冒険物語でも始まってくれれば、このエッセイも華やかになるってもんだけど、そんなことはぜんぜんなくって、早くも、対岸にはウトナピシュティムのジイさまが見えてきちゃう。このジイさん、ずっと海見て暮らしてるのかね?

 このジイさま、ギルガメシュが近づいてくるのを見て、なにやら、モゴモゴ独り言をいい始める。どんな独り言だったのか、残念ながら、この部分の粘土板が20行ほど失われているので謎です。20行。けっこう長いね。ま、でも、それほど残念でもないか。だってさ、ジイさんの独り言なんて聞きたい人いる? ぼくはヤダね。

 さあ、欠落した20行のあと、ギルガメシュは、ウトナピシュティムのジイさんの前にもう着いていて、ジイさんが、ギルガメシュに「なんで頬がこけてるのか、なんでガッカリした顔をしているのか」と聞く。ギルガメシュは、いつもの答えを繰り返したあと、これまでの長く困難な道のりを説明して、言葉を締めくくる。

 事情がわかったジイさん。こっからが大変よ。

「どうしておまえは悲しみを長引かせるのじゃ? おまえは神と人間とのハーフ。完全な神じゃないんだから、いつかは死ななきゃならんのじゃ」

 みたいなこと言って、もう延々と死とはなにかを諭して聞かせる。つまり、ジイさんの説教の始まりってわけ。聞きたくないよねえ。実際、大した内容じゃない。「眠ってるヤツと死んでるヤツはよく似ているのう」とか、「家を建て、兄弟が財産をわけあって、ときに敵意が生まれて、いろいろ大変じゃが、ま、けっきょく洪水が来て、みんな流れておしまいよ」とか、まあ、そんなようなお話。だいたいさあ、このジイさん、自分は死なないわけでしょ? そんなヤツが死について語っても説得力ないと思いません?

 この辺で10枚目が終わる。さあ、11枚目! いよいよ、本編最後の版!

 この版は、ギルガメシュが、ウトナピシュティムと自分の違いはなんだろうと、想いをめぐらすところから始まる。こっちは「死ななきゃならない側」、あっちは「死ななくていい側」。この違いはなんだと。

 すると、ウトナピシュティムのジイさま、自分がむかし生き延びた洪水の話を始める。説教のあとはむかし話。むかしっから、ジイさんのむかし話は長いと相場が決まっていたようで、もうこのジイさま、水を得た魚のように、延々と話し続ける。これが、のちにノアの方舟伝説の元になったのは、みなさんご存じのとおり。え? 知らなかった?

 えーと、ここで、ジイさまのむかし話を詳しく書いてもいいけど、退屈だから、ごくごく簡単にアウトラインだけ書きますね。

 まず、おごり高ぶった人間を、神様たちが滅ぼすことに決めたところから始まって、でもエア神が、ウトナピシュティムにだけは、その運命を教えてくれた(なぜ?)。

「ウトナピシュティムよ。船を造って、財産は棄て、命を救いなさい。ありとあらゆる生き物の種を船に乗せなさい」

 無理だっちゅーの! どんな船を造ったか知らないけど、すべての種を船に乗せるなんて、現代の科学を持ってしても不可能。でも、ウトナピシュティムは、それをやり遂げちゃった。もう、自慢げに、「すべての銀、すべての金、すべての種、家族、野の獣、野の生き物、すべての職人、とにかく、ぜんぶ船に乗せた」とおっしゃってる。どうやら彼は、想像を絶するような巨大な船を建造したんだね。どうやって作ったかはしらないけど。

 そして、恐ろしい洪水が一週間続いて、地平は真っ平らになっちゃって、人間はみんな死んじまった。

 でも、ウトナピシュティムが生き残ったから、神様たちは内輪もめ。だって、人間はぜんぶ滅ぼす予定だったから。けっきょく、エンリル神が、ウトナピシュティムとその妻に神と同じ永遠の命を授けるってことで、一件落着。はい、終わり。

「そんなことが聞きたいんじゃなーい!」

 とギルガメシュくんが叫んだかどうかわからないけど、どうも不老不死は神様からいただかないといけないらしい。これは厄介ですな。そこでウトナピシュティムは、一週間眠らないでいてみたらどうじゃ? なんて変な提案をする。どうも、洪水の間、このジイさんも眠らないでいたらしく、同じことをすれば、神様が自分と同じように不死を与えてくれるかもって理屈らしいけど、どっちにしても、変な話。

 それでもギルガメシュくん、不眠に挑戦。あっさり挫折。これでギルガメシュも諦めがついて、永遠の命を探すことはやめにした。身仕度を整えて、さあ、国に帰ろうってときに、ウトナピシュティムのジイさまが、お土産をくれた。物じゃなくて情報。

「最後にいいことを教えてやろう。じつは、『神々の秘密』と呼ばれた、若返りの薬があるんじゃよ」

 なにーっ! だったら、最初から言わんかい、ボケジジイ! 延々と説教からむかし話から聞かせやがって!

 ともかく、それは海藻らしく、どっかの海の底にあるんだけど、ギルガメシュは、その場所を教えてもらう。やったじゃんか。やっと冒険らしきなってきたぜ。さあ、若返りの薬を求めて、旅立とうぜ!

 ところが、この辺はしごくあっさり旅立って、あっさり海藻を見つけて、冒険もへったくれもない、味気ない。つまんない。

 ところが! せっかく取ってきた海藻を、シャワーを浴びてる最中(失礼。たぶん川の水で、身体を洗ってる最中)、蛇に盗まれちゃって、さあ大変。今度こそ冒険の始まりだ。盗まれた海藻を取り戻せ!

 いえ、冒険は始まりません。ギルガメシュくん、海藻を盗まれてさめざめと泣く。本当に泣いただけ。そんで、「もう諦めよう」だってさ。なんじゃそりゃ?

 あ、余談ですが、蛇は若返りの薬を盗んだおかげで、脱皮して若返ることができるようになりましたとさ。すっごい、こじつけだよね、神話って。

 はい。長い間、お付き合いありがとうございました。この話は、後半から異常なトーンダウンで終了です。ギルガメシュ叙事詩でおもしろいのは、前半から中盤までですね。後半の洪水伝説にも、もちろん見るべきところはあるし、とくに、この話がノアの方舟の元になったのは興味深い。しかも、この洪水が本当にあったことらしいと、後の地質学者が地層なんかから証拠を発見するに至り、注目に値する部分ではあります。

 ふう、疲れた。ではさようなら。

 待て。粘土板は、ぜんぶで12枚なんじゃないのか? 11枚までしか語ってないぞ。あら、よく覚えておいでですね。

 はい。たしかにもう一枚残ってます。でもこれ、後世の人が書きたしたものらしい。ま、いろいろ学者の間で意見はありますが、死んだはずのエンキドゥが、またまた出てきてるんだもん。いまで言う二次創作ですね。だから、割愛。

 最後に。粘土板の11枚目に語られる、終わり方をご紹介して、このエッセイも終わることにしましょう。

 現実と折り合いをつけることを学んだギルガメシュは、ウルクの町に、立派な城壁を作ったとか、立派な神殿を作ったとか、そういう王としての業績によって、永遠にその名を人々の記憶に留める道を選びます。そうして、たしかにそうなりました。よかったね、ギルガメシュ。きみの名は、二十一世紀の日本人にも知られているよ。おめでとう!


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