愛は激しく



 では今宵も、メソポタミアの神話の世界へまいりましょう。準備はよろしいですかな?

 前回、フンババを退治しに行くギルガメシュに、ウルクの長老がアドバイスをするってところで終わってましたね。そのアドバイスは、12枚発見されている粘土板の、3枚目から始まっています。

 長老たちの貴重な忠告。ギルガメシュくん、さぞや、ためになる助言を得られたのでしょう。と、言いたいところですが、残念ながら、大したことありません。本当に大したことないので、要約ですませましょう。

「ギルガメシュ。自分の力を過信するな。エンキドゥが杉の森の道を知っているから、信頼して先に行かせなさい。エンキドゥが、仲間であるおまえを守ってくれるだろう。エンキドゥなら、戦いの形勢を見て、指示を与えてくれるだろう」

 なんじゃこりゃ? 要はエンキドゥに任せろと。そーいうことか?

 で、この長老たちは最後にこう言う。

「われわれが、王であるおまえに頼れるように、無事に帰ってきてね!」

 情けない……

 いや、まあ、正確には「王であるおまえが、ふたたびわれらに頼れるように」とも言ってますから、ギブ・アンド・テイクではあるんですが……

 とにかく。エンキドゥにぜんぶ任せて、おまえは危ないことはするな。そんで無事に帰ってこい。という内容なわけで、ギルガメシュくん、まるで子供扱いですね。そりゃ王様の身になにかあったら困るのは当然ですから、長老の忠告は正しい。

 でもねえ、盛り上がりに欠けるようねえ。これって冒険小説だぜ。もっとさあ、どこそこの泉にある、輝きの剣を手に入れろとか、どこそこの女神が守っている、クリスタルの矢を手に入れろとかさ、なんか、ありそうなもんじゃんか、ストーリーを、ぐぐぐぐぐっと、盛り上げる方法がさあ。

 と、現代日本の、さすがに思春期はすぎましたが、それでも青春中期にいると思ってるアマチュア小説家は思ったりするわけですが、それはそれ、相手は世界最古の神話。現代人を満足させるようなエンターテイメント性はないわけです。もっとも、この忠告の部分がギルガメシュの王としての立場を、われわれに教えてくれるわけで、その意味ではとっても重要です。

 で、この、忠告にさすがのギルガメシュも「やばいかも」と思ったのか、お母さんである、ニンスンに相談します。ニンスンは女神さまですよ。

「お袋! ちょっとヤバイかもしんない。どうしよう?」
「どうしようっておまえ、それでも行く気なのかい?」
「だって、フンババがいると怖いジャンか。国のみんなも安心して暮らせないぜ」
「まあ。あんたも大人になったわねえ。母さんうれしいわ」
 ポロリ。

 という会話はありませんでしたが(すまん。いま勝手に作りました)、ニンスンは息子とその大切な友人のために、さらに高位の神様、太陽神シャマシュにお祈りします。

「シャマシュさま。どうかエンキドゥがギルガメシュを守って、無事に帰らせてくださいますように」

 あんたもか…… なぜギルガメシュがフンババを退治できますようにと祈らん。そんなにギルガメシュって頼りないのか? エンキドゥと互角に戦って、友情芽生えた男だぞ。と、ここでも文句を言いたいわたくしですが、これが母親の心というものでしょう。と、無理に納得することにする。

 ここで粘土板の3枚目は終了。ふう、まだ3枚目か。どんどん先に行きましょう。

 では4枚目。残念なことに、この板は保存状態が悪く、内容が定かではありませぬ。二人が、いよいよフンババ退治に出発したこと、飯を食ったこと、野宿したことなんかが書かれていると思われますが、断片的にしかわからない。ですが、ギルガメシュが、二つの悪夢を見たらしい表記が読み取れるようです。「夢を見る」ってのは、この叙事詩の特徴ですね。とにかく、よく夢を見るんだ、この人たち。でも、エンキドゥは、フロイトやろしく、ギルガメシュの夢を読み解いて、そりゃおめえ、フンババ退治がうまくいくって吉兆だぜ。心配すんな、あはははは! と、答えたりしております。

 さて。彼らの向かった杉の森がどこにあったのか。たしかなことはわかってません。時代の古いシュメール語版だと、メソポタミアの東部にある、山脈の近くだったとか。しかし、アッカド語版だと、メソポタミアの西、レバノンのことだとか。

 というわけで、どこなんだかわかりません。古い方が正しいじゃないの? と、思われがちですが、そうともいい切れないのが、この手の出土品(粘土板)の難しいところ。だいたい、この叙事詩のオリジナルは、シュメール人が書き残した時点でさえ、むかし話だったわけです。あとの時代の編纂者が、その辺をきちんと調べて、正しい表記に書き直した可能性だって、決してないわけではない。

 ですが。表記があいまいな本当の理由は、別のところにあると思われます。本当のオリジナルは、たぶん、もっともっと短かったのですよ。それが、文明(文化)の発達とともに、当時の社会風俗とか、実際にあった事件とかを織り込んで、物語が膨らんでいった。そう考えるのが妥当です。だからこそ神話は、時として歴史書としても読み解けるわけなんですね。地層のようにね、積み重なっていくわけですよ。物語の内容も。

 いつもの脱線終わり。

 では、5枚目に突入です。ここでは、いよいよ二人が森に入り込み、フンババの隠れ家に到着する。

 前回のエッセイで、メソポタミアの人たちは、森に馴染みが薄く、神秘的な印象を持っていただろうと書きましたよね。当時の人たちが、ギルガメシュの冒険物語を聞くとき、たぶんこの部分は、手に汗握って聞いていたんだと思います。わくわくと胸踊らせ、そして、ぞくぞくと鳥肌を立てながらね。ちと、正確に書いてみましょうか。

 二人は立ち止まり、杉の森に心打たれてそれをながめた。杉の高さに目を奪われ、森の入り口に目を吸い寄せられた……
 フンババの通う道には跡がついていた。小道はよく踏みならされ、大きな道は立派だった。
 二人は杉の山、神々の住まい、イルニニの神殿をながめた。杉は山にも生い茂り、その木陰は心地よく、幸福感にあふれていた。下草もたっぷり生い茂り、森中に絡みついていた。

 いかがです? なかなか文学的でしょ? 木陰は心地よく、下草もたっぷり生い茂って、森中に絡みついていたなんて、いかにも深い森を連想するじゃありませんか。現代人のぼくでも、その光景が目に浮かぶ。この叙事詩が、文学的に一級品である証拠ですね。

 さあ、森をうっとりながめている場合じゃない。いよいよフンババ登場です。

 フンババさんにつきましては、百聞は一見にしかず。この神話エッセイ初の図解入りで紹介しちゃいましょう! どこで出土したか正確にわかってませんが(たぶん、シッパルって場所)、フンババの粘土像の頭部の部分が残ってるんですよ。ありがたいことです(粘土って、けっこう保存性いいらしいですね)。現在、大英博物館が所蔵する、レアな…… 失礼。貴重な逸品でございますぞ。(掲載許可とってないけど、まあ学術資料だから、著作権がどーのこーのとは、怒られないだろう)

フンババ(大英博物館所蔵)


 いかがです? 怖いよね、この顔。夜中にトイレに行きたくなくなる感じだよね。口には牙とかありそうじゃない? 噛まれたら痛いだろうなあ。あ、それ以前にフンババは火を噴くのでした。痛い前に熱い。そっかあ。エンキドゥが最初、やめとけって言った意味がわかるな。長老もとめるわけだ。

 二人の前に現れたフンババは、にたりと笑いながら言います。

「ちっぽけなヤツらめ。うははは。おまえたちをカメだと思ってやろう」

 カメって、むかしからノロマの象徴だったのね。と、わかる部分ですなあ。それはそうと、この恐ろしいバケモノを見たギルガメシュくん。もちろん主人公、ヒーローですからね。その恐ろしい形相にもひるまない。

 と言いたいのですが…… すいません。この人、いきなり怖じ気づきます。

「ダメだあ! こんなバケモンに勝てるわけねえよ!」

 ああ、ぼくにはシュメール人の心がわからない。なぜ、ここで怖じ気づく? それまでの勢いはどうした?

 しかし、ご安心ください。ここでもう一人のヒーロー、エンキドゥくんが、さっそうとフンババと対決…… と、言いたいところですが、エンキドゥくんも、なにもしません。なぜだあ、どうしてだあ!

 わかった。このフンババとも仲良くなるって筋書きだな。と、思いたいところですが、残念ながら、それもハズレ。

 ここから、メソポタミアの神話では伝統的というか、よくある手口というか、困った時の神頼みというか、あ、神話だから、神様に頼っていいのか。というわけで、神様がご登場します。むずかしい事態になると、いつも神様出てきちゃうんだよな。メソポタミアの神話ってさ。

 で、なんにもできないギルガメシュとエンキドゥのために、太陽神のシャマシュが、大嵐を呼んでフンババを襲わせます。その風の種類はぜんぶで13。

南の風 (いきなり爽やかそうじゃんか……)
北の風 (お、少し攻撃っぽいか?)
東の風 (そうくると思いました)
西の風 (けっきょく、東西南北を揃えただけね)
うめきの風 (なんじゃそりゃ? でも陰湿そうではあるな)
一陣の強風 (はあ。まあ、攻撃って感じですな)
サパルジッグの風 (なんですか、それ?)
インブラの風 (わかりません)
〈……〉の風 (この部分は、粘土板が欠けてて、読めないのです)
アサックの風 (これもわかりません)
凍てつく風 (うむ。ブリザードですな)
怒濤の風 (強風と、どう違うのよ)
つむじ風 (つむじ風なんか、怖くねえよ!)

 なんか、カッコの中の解説が邪魔ですが、これだけの風をぶつけられたフンババはあっさり負けます。なぜ? 最後のつむじ風がトドメ? つむじ風で? ははは(渇いた笑い)、そうでしょう。そうでしょうとも。つむじ風は恐ろしいですなあ。侮れませんなあ。はははは……

 納得いかーん!

 もひとつ納得いかないのが、ギルガメシュとエンキドゥ。こいつら、なんにもしてませんぜ。そういうのって許されるわけ? だって主役だよ。なのに、ただ、シャマシュ神さまに助けてもらっただけだよ。ここに来る間、野宿して飯食っただけだよ。いいのかそれで、本当にいいんですかあ?

 いいんでしょう。はい、いいんです。世界最古ですから。ええ。古いってだけでもう、あたしゃ、なんでも許しますよ。ええ、許しますとも。

 負けたフンババは命乞いをします。

「命だけはお助けを〜」

「うむ。そうだなあ。オレ、なんにもしてないことだし、命だけは助けてやるか」
 と、ギルガメシュが言ったわけじゃないですが、一応、助ける方に気持ちが傾いたみたいですね。ところが、エンキドゥが、これに強固に反対。

「絶対殺さなきゃダメだ! 殺すんだギルガメシュ!」
「そ、そうか? いやまあ、エンキドゥがそう言うなら」
 バシュ!
 とギルガメシュは、フンババの首を切り落とします。

 あ〜あ、なんだかな。シュメール人の心がぼくにはわからん。ギルガメシュって英雄なのか? しつこいようですが、そんなことで、本当にいいんですかあ?

 この先の展開に、大きな不安を感じつつ、物語は進みます。粘土板もいよいよ半分。折り返し地点。

 男性諸君! お待ちどうさまでした。やっと美しき女神のご登場。彼女の名はイシュタル。シュメール語ではイナンナ。この二人は、完全に同一の女神と考えてよろしい。シュメール時代に「イナンナの冥界下り」という神話がありますが、バビロニア語で書かれた「イシュタルの冥界下り」と、その内容はほぼ同一。

 さて。叙事詩のストーリーを進める前に、この時代の神様で、代表的なのを整理しておきましょう。そろそろ混乱してくるからね。

1)アヌ
シュメール人にとっての主神です。つまり、一番偉い神様。

2)アントゥム
アヌの奥様。彼女はウルク(シュメールの首都)の守護神です。

3)エンリル
アヌの息子。のちに、アヌに取って代わって主神の座に就きます。

4)イシュタル
アヌの娘。愛と戦争(戦い)の神様。しかし、なんで愛と戦争なんだろうね? どちらも激しい感情だから? ま、そんな疑問はともかく、彼女はのちに、西アジア全体で、もっとも重要な神様になります。戦争の神様は、戦争をするとき必要だもんね。どの民族にも。
そんなわけで、彼女はむちゃくちゃ名前が多い。バリエーションが豊富なんですよね、この神様って。オカルト関係にも、かなり登場してますよ。名前を変えて。

5)シャマシュ
叙事詩で、ギルガメシュを助けた神様ですね。シュメール語ではウトゥと呼ばれる太陽神です。イシュタルのお兄さんとも言われてます。

6)エレシュキガル
イシュタルのお姉さん。彼女は冥界の女王さまです。この人のことは、べつのエッセイで書きますね。

7)シン
月の神様。こっちがイシュタルのお父さんだと主張する人もいます。文献でも、そうなってる物も多い。

 と、いまんとこ覚えといてほしいのはこんなとこかな。もっちろん、本当はもっとたくさんいるし、それぞれに奥さんとか旦那さんとか、恋人とかいて、ギリシャ神話同様、メソポタミアの神様も、大所帯です。

 さあ、イシュタル。

 ギルガメシュはフンババを倒して(なにもしとらんが)、意気揚々とウルクに帰ります。そんでもって、バスルームでシャワーを浴びて…… はい、嘘ですね。きれいな真水で身体の汚れを落とし、素晴らしい衣をつけて帯を絞めました。もともとハンサムですからね、この人。すっかりナイスガイになって、フンババまで退治したとなっては(しつこいようですが、なにもしとらん)、まあ、英雄の貫禄がついてきた。

 そのギルガメシュの姿を見たイシュタル。すっかり、彼に心を奪われてしまいます。愛の神様だからねえ。

「ああ、ギルガメシュ。なんと凛々しい……」
 言うまでもなく、イシュタルのお目めはハートマークです。漫画なら(笑)。
「お願い、ギルガメシュ。わたしの恋人になって! いいえ、わたしの夫になってください! あなたの果物をわたしに贈ってください。わたしは、ラピスラズリの戦車に黄金の引き具をつけて、あなたに贈ります」

 麗しの愛の女神から求婚ですよ、ギルガメシュくん。うまいことやったなあ。これでこの物語もハッピーエンド。さあ、ギルガメシュくん、イシュタルにお返事を!

「やだ」

 な、なんですとーっ!

「な、なんですって? い、いったい、わたしのなにがいけないの?」
 と、イシュタルも青ざめて聞き返しましたよ。そりゃ。女から告(コク)ってるのに、しかも愛の女神なのに、さらに、むちゃくちゃ美人なのに、一言「やだよん」とか言われたら、そりゃプライドも傷つく。

 すると、ギルガメシュくん。相手が女神さまなのに、ぜんぜん遠慮もなく、ずけずけと言います。

「だっておまえ、いままでに何人の男をその毒牙にかけた? ドゥムジ(イシュタルの最初の旦那さん)は、いまも涙に暮れているし、つぎに愛した占い師だって、狼に変えちまった。それから、自分の父親の庭番を好きになって、そいつはカエルに変えた」

 そうなんです。ギルガメシュが言う通り、イシュタルは、あっちこっちで恋をして、その恋人に飽きたら、動物とかに変えちゃって、またべつの恋をするのです。シュメール人の記録では、イシュタルの毒牙にかかった哀れな男は、百二十人以上。

「そんなおまえが」
 とギルガメシュ。
「オレをどうするつもりだ? おまえのむかしの恋人のように、同じ目にあわせるか?」

「うっ……」
 イシュタルは言葉が出ない。本当のことを言われると、よけい腹が立つもんですが、彼女は女神さま。こんなズケズケと物を言われることに慣れてない。

「お、おのれえ、ギルガメシュ。可愛さ余って憎さ百倍!」

 ここで、壮絶な戦いが!

 じゃないんだなこれが。戦いの神様なんだから戦うかと思いきや、天界に上がって父親に泣きつきます。

「お父さま! わたしを侮辱したギルガメシュを倒してちょうだい!」
「た、倒すだと?」
 アヌはビックリ。
「ギルガメシュをか? おいおい、本気かよ」
「本気よ! 天の牛を貸してちょうだい!」
 天の牛ってのは、どうやら、神様の使う武器らしいです。見た目は牛なんですが。
「これこれ、娘よ。たかがふられたぐらいで、なにを大げさな」
「たかが? たががとおっしゃいました?」
 イシュタルは、その美しい顔で父親を睨みつける。
「このわたしが、愛の女神のこのわたしが、男にふられて、黙っているとでもお思いですか! 冗談じゃありませんわ!」
「待て待て。そうは言っても、相手はギルガメシュだぞ。あまえの兄、シャマシュも気に入っている男だ。わたしも、エンリルもエアも、あいつには知恵を授けたりして、便宜を図っているしなあ」
 乗り気じゃないアヌ。
 すると、イシュタルは、冷酷な顔で言います。
「そうですか。わかりました。お父さまが、わたしのお願いを聞いてくださらないなら、わたしは冥界の扉を開けて、死者を蘇らせましょう。生きている者たちを食べさせますわ。地上を生者より死者の方が多くなるようにしてやる」

 うわあ、なんちゅうことを。えげつない。でもこの「冥界から死者を蘇らせ、生きてる者を食らわせて、生者より死者を多くしてやる」という脅し文句は、じつはイシュタルの十八番。このギルガメシュ叙事詩を書き終わったら、メソポタミアの神話の中で、ぼくの一番好きな「ネルガルとエレシュキガル」を書こうと思ってるんですが、エレシュキガルもイシュタルを真似て、このセリフを使ってます。

 と、それはともかく。さすがのアヌも、娘の剣幕に負けて、天の牛を貸し出します。情けない親父じゃのう。

 イシュタルは、天の牛のたずなを引いて、ウルクに戻ります。そして、ユーフラテス河のほとりで、天の牛に鼻息を吹き出させる。すると、地面に深い割れ目が出来て、ウルクの若者が、百人、ついで二百人。さらに三百人と落ちていきました。またまた天の牛が鼻息を吹き出すと、べつの割れ目が出来て、百人、二百人、三百人と落ちていく。

 また、ここで脱線。「百人、二百人、三百人」。つまり、合計六百人落ちたわけですけど、ギルガメシュ叙事詩、いや、メソポタミアの文学では、いっぺんに六百人とは書かず、同じ言葉の繰り返しで、内容を強調する文学的手法がよく見られます。たとえば、「一日目になになに、二日目になになに、三日目になになに……」と、一週間分続けてみたりとか。このような、似た音節の行の連続が特徴なんです。

 なんて、落ち着いて解説している場合ではない。イシュタルの横暴を許すわけにはいかない。そこで、われらがギルガメシュとエンキドゥが立ち上がります。今度こそ、こいつら戦います。

 天の牛が三回目の鼻息を吹いたとき、やはりべつの割れ目が出来て、そこにエンキドゥが落ちました。

 おい…… すぐ負けてどうする……

 いえいえ。大丈夫。エンキドゥはすぐにジャンプして天の牛の角をしっかりとつかまえます。すると天の牛はエンキドゥに向かって唾を吐く。

 汚ねえな……

 さらに天の牛は、太い尾っぽで、糞をはね飛ばします。

 汚いってば!

 いくら古代の神話に、カッコいいアクションシーンを期待しちゃいけないとはいえ、ここまでくると、いささか興醒めですが、まあ、がんばって読み進めましょう。

 天の牛の、唾液とウンコ攻撃で、半ば目の見えなくなったエンキドゥは、ギルガメシュを呼びます。

「ギルガメシュ! オレがこいつを押さえている間に、剣で突け!」
「わかった!」
 ここでも、危ないことはエンキドゥにお任せのギルガメシュが最後に登場して、天の牛の首に剣を突き刺します。
「モ〜ウウウウウウ!」
 と、天の牛が鳴いたかどうか知りませんが、まあ、これで決着は着いた。ギルガメシュとエンキドゥは、倒れた天の牛の腹を裂いて、内臓をズルズルと取り出す。スプラッタじゃのう。もう、やめてくれ、古代のお人よ。

 それを見たイシュタルは、ウルクの街の城壁に駆け上って、激しい怒りに顔を歪めなが叫ぶ。

「わたしを侮辱したギルガメシュが、天の牛を殺した!」

 彼女の叫び声を聞いたエンキドゥは、天の牛の肩を引き抜いて、イシュタルに投げつける。

「もし、おまえを捕まえたら、この牛と同じ目にあわせてやる! こいつの内臓を、おまえの腕にぶら下げてやりたい!」
「お、おのれえ……」
 イシュタルは激しく怒りますが、天の牛が殺されたいまとなっては、なす術もなく、お付きの者たちを呼び集めて、天の牛のために泣かせる準備をしたのでした。

 さあ、今度こそ戦って勝った!

 ギルガメシュ叙事詩の、物語の一番盛り上がるのはここなんですね。ギルガメシュは、手に入れた天の牛の角で、職人たちに飾りを作らせ、父親のルガルバンダに捧げます。こうして二人の英雄は、ウルクの街を凱旋したのでした。

 というわけで。物語は半分終わりました。

 いよいよ粘土板7枚目に突入。ここからは派手なアクションはありません。が、ギルガメシュが不老不死を求めてさ迷う、危険な旅が待っているのです。

 では、そのお話は、また次回に。あ、そうそう。次回は、妖艶な酒場の女主人、シドゥリが登場です。


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