そして誰もいなくなった



 さあ、いよいよ佳境に入ってきた(というか、やっと本題?)、アーサー王と王妃ギニヴィアの悲劇。今度こそ、最後まで書きましょう。

 前回、陰謀の主であるモウドレッド卿にご登場願ったところで終わってましたね。では、いま一度、登場願いましょう!

「わたしがモウドレッドです。どうも、激しい誤解があるようなので言わせていただきたい。たしかに、わたしは主君アーサーに対して不実であったかもしれぬ。しかし、生き馬の目を抜くような時代にあって……」

 ええい、うるさい。悪党は悪党らしく、素直に悪事を働きなさい。

「待ってくれ、言わせてくれ! そうさ、わたしがアーサーを殺したんだ。それは否定しない。でも、わたしが悪いんじゃない! この身体に流れる呪われた血が悪いんだ!」

 わかった、わかった。いまから説明するから、引っ込んでなさい。

 ええと、モウドレッドはアーサーの甥っ子として育てられましたが、本当は実の息子なんです。それを世間に隠されていたんです。

 それはなぜか?

 じつはですね、モウドレッドは、アーサーが、自分の姉さんとベッドを共にして、作ってしまった子供なのです。いわゆる不義の子供ですね。ちなみに、その姉はモルゴースと言われていますが、モーガンという説もあります。名前が違うんじゃなくて、べつのお姉さんです。ぼくとしては、モーガン説を取りたいな。だってモーガンは、魔法を使って何度も弟であるアーサーを暗殺しようとしましたからね。(モーガンは、美味しいキャラなんで、いつか紹介したいですねえ)

 まったくねえ。「陰謀」を企てる側にも、それなりの背景があるところが、アーサー王伝説のすごいところ。不義の子として生まれ、息子と名乗ることも許されない。モウドレッドにも、父アーサーを憎む理由はちゃんとあるわけです。が、それにしたって、こいつは悪党だ。

 さて。悲劇は、円卓の騎士たちの「聖杯を探す旅」が終わったころから始まります。

 え? 聖杯の説明をしろ? そりゃあんた、キリストが最後の晩餐で使った杯のことですよ。そして、十字架に張りつけられたキリストの身体から流れた血を受けた杯でもあります。つまり、キリスト教世界においては、非常に重要かつ、神聖なモノなのです。

 え? 聖杯そのものじゃなくて、それを「探す旅」の説明ですか? うーむ、長いんだよなあ、このお話。ランスロットがエレインに騙されて、彼女と子供を作っちゃったところから話さなきゃいけない。その部分だけでも、エッセイ一回分はゆうにあるので、いつかキッチリ書くとして、いまは、ごく簡単に「それを手にした者は、最高の栄誉を得る」とぐらいに思ってください。で、円卓の騎士たちは、聖杯を探しに出かけたと。

 さて。

 それぞれ、自分の方法で聖杯を探し始めた円卓の騎士たちですが、なにせ、とんでもなく神聖なモノですから、そう簡単に探し出せるものではない。しかも、たとえ見つけても、「聖杯を手にする資格」のないものは、近づくこともできない。

 そんなこんなで、それぞれに苦労を重ねたわけですが、あるときランスロットとガウェインは合流して、一緒に聖杯を探しに出かけます。二人はついに、幻の城、カーボネック城にたどりつきます。ここの礼拝堂に聖杯が置かれているのです。

 しかし……

 この二人には聖杯を手にする資格はありませんでしたが、ガウェインは礼拝堂の中に入り、その眼で、聖杯を拝むことができた。ところが、ランスロットは礼拝堂に入ることすらかなわない。窓の外から、ちらっと、そのまばゆい輝きを見ただけ。

 なぜ、ランスロットは部屋に入れなかったか?

 理由はギニヴィアです。主君アーサーの后であるギニヴィアを愛してしまった。これは、とてつもなく重い罪なのです。だからランスロットは、礼拝堂から、まるで磁石が反発するように、はじき出されてしまったわけです。

 神に否定された!

 いや、さすがに自分に聖杯を手にする資格がないのはわかっていましたが、それでも友人であるガウェインは、目の前で聖杯を見ることができたのに、それすらも許されないなんて。

 なんと、わたしは罪深いことか…… ランスロットは、神様から徹底的に否定されたことにショックを受け、二度とギニヴィアには会うまいと誓いました。

 そして、国に帰って、ガウェインとともに、アーサー王に旅の報告をしたあと、誓いを守って、自分からは、ギニヴィアには近づきませんでした。

 が……

 まったく会わないというわけにはいかない。ランスロットは、アーサーが、もっとも信頼する円卓の騎士です。そしてギニヴィアは王妃。宮廷で、どうしても顔を合わせることはある。美しいギニヴィアを見ると、ランスロットの心は揺れます。二度と会わないと誓ったのに、そんなこと、どうでもいいやって気になってしまう。真面目なランスロットは、そんな自分の弱さや、王に対する不実に悩みます。ギニヴィアに会うと、どうしても心が乱れる。だからランスロットは、露骨にギニヴィアを避けるようになります。

 あーあ。聖杯なんか探しに行かなきゃ、ギニヴィアとも、うまいこと関係を続けられたし、円卓の騎士たちもバラバラにならずにすんだのに。

 ですが、過去はもう変えられない。自分を避けるようになったランスロットに、今度はギニヴィアが腹を立てます。

「あれほど、愛を語り合ったのに、なんと不実な男だろうか! わたくしだって、もうランスロットの顔など見たくもないわ!」

 勝手だなあ…… これで、アーサーも愛してるって言うんだから、さすがにギニヴィアの道徳観を疑うよね。

 ギニヴィアにも誤解を受けたランスロットは、いよいよ森の奥に隠遁してしまいます。かっての色男も、ついに枯れ果てたって感じ?

 ギニヴィアの方は、一時の感情でランスロットを遠ざけたことをすぐに後悔します。

 で、ここで事件が起こります。メリアグランスという騎士が、ギニヴィアを誘拐してしまうのです。じつは、この男もギニヴィアに惚れていたのでした。まったく、どいつもこいつも、本当におまえら「騎士」なのか?

 知らせを受けたランスロットの行動は速かった。だれよりも早くメリアグランスの城に駆けつけ、一騎討ちで、この男を打ち破り、無事ギニヴィアを救出したのです。アーサーは、心からランスロットの活躍に喜びました。やはり、ランスロットは頼りになる。

 で、ギニヴィアは隙を見て、ランスロットに「今夜、わたしの部屋に来てください」と告げます。こんなこと言われたら、もうダメです。ランスロットは誓いを忘れて、うなずきました。

 しかし。二人の秘密の約束を聞いていた人物がいたのです! そいつは、ガウェインの弟、アグリヴェイン。そして、モウドレッド。

 彼らは、すぐにアーサーに報告しました。が、アーサーは信じない。最愛の妻と、もっとも信頼のおける臣下が、自分を裏切るはずがないと、固く信じているのです。それでも、モウドレッドたちの執拗な要求で、その夜、ギニヴィアの部屋を監視することを許します。

 しかし、ランスロットの友人であるガウェインは、自分の弟と、モウドレッドの計画に反対しました。もし万が一、ランスロットがギニヴィアと浮気していたら、この国は大変なことになってしまう。だって、大スキャンダルじゃないですか。王妃は火あぶりの刑で処刑され、ランスロットもただではすまないでしょう。アーサーは愛する妻と、最高の騎士を同時に失うのです。これは、アーサーの失意というだけでは、収まりません。ランスロットは、多くの騎士に慕われている。そんな彼がいなくなれば、円卓の騎士たちが築き上げてきた、アーサーの軍隊が分裂します。そして、ガウェイン自身、親友でもあるランスロットを失いたくなかったのです。

 ですが、アーサー王はギニヴィアとランスロットを、心の底から信頼していたからこそ、モウドレッドの計画を許したのです。そんな主君に対して、ガウェインはなにも言えない。(万が一、浮気してたら大変ですよなんて、確かに言えんわな)

 そんなこととは、つゆ知らないランスロット。約束通り、ギニヴィアの部屋を訪れます。

「ああ、ランスロット…… お会いしたかった」
「ギニヴィア様。わたしも、どれほど、あなたに会いたかったことか」

 すると!

「そこまでだ、ランスロット!」

 アグリヴェインが、十二人の騎士を引き連れて、ギニヴィアの部屋に踏み込んできたのでした。

 ギニヴィアは真っ青! ついに、自分の浮気がバレてしまったのです!

 ランスロットは、アグリヴェインと十二人の騎士を、その場で切り捨てて、逃げ出しました。ちなみに、ランスロットに殺されるのがわかっていたモウドレッドは、この場にはいなかった。

 翌日。

 アーサーの受けたショックは、あまりにも大きかった。最愛の妻。そして、苦楽を共にしてきた、もっとも信頼する騎士。彼らに裏切られたんです。このときのアーサーを、臣下たちは、とても見ていられなかったそうです。

 それでも、なんとか正気を保ったアーサーは、静かに言います。「ギニヴィアを、火あぶりの刑にせよ」と。苦渋の決断どころの騒ぎではない。彼は、王として、国の掟を守らなければならないのです。王が自ら法律を破ったら、国と言うものが成り立たない。それでも、たとえ裏切られたとはいえ、ずっと愛し続けてきた妻を処刑する気持ちは、いったい、どんなものだったでしょう? 想像すらつきません。

「陛下! お待ちください!」

 声を上げたのはガウェインでした。

「陛下! 早まってはなりません。どうして王妃とランスロットが罪を犯したと思われるのですか! 王妃は、メリアグランスから助けてもらった礼を言いたかっただけかもしれないではないですか!」
 アーサーは力なく言う。
「夜中にか? 自分の部屋でか?」
「そういうことも、全くないとは申せません! どうか、もう一度お調べになってください」
「ではなぜ、ランスロットは、おまえの弟と、十二人の騎士を打ち殺したのだ。そして逃げた…… これはなぜだ?」
「そ、それは……」
 ガウェインは、答えられない。そして、自分の弟と、モウドレッドのやらかした計画を呪った。これで、アーサーの国から平安が消える。おそらく、ランスロットを慕う騎士たちがアーサーから離れ、この国は分裂するだろう……
「ガウェイン。もういい。ギニヴィアの処刑の準備をしろ」
「いいえ。わたしにはできません。王妃の処刑に手をかすなど、とても、わたしには堪えられません」
「そうか……」
 アーサーは、それ以上、ガウェインに無理強いはしませんでした。しかし、彼の弟である、ガヘリスとガレスを呼び、王妃の処刑を命じます。(ガウェインって、何人弟がいるんじゃ)

 しかし。ガヘリスとガレスも、当惑し切った顔で言いました。

「陛下…… ご命令とあれば、致し方ありません。ですが、われわれは、その決定に反対です。王妃の処刑の日には、一切の武装をせず、正式な葬儀として、喪服を着ます」

 これは、彼らの精一杯の抵抗でした。自分たちは、ギニヴィアを処刑するのではなく、あの世に召されるのに立ち会うだけ。という意思表明です。

「それでよい……」
 アーサーは、たった一言。そう言いました。
「おお、神よ!」
 ガウェインは天を仰いで嘆いた。
「なんということだ! 生きて、今日という日を見ることになるとは!」

 そして、処刑の日がやってきました。ギニヴィアは、下着姿のまま、腕を縛られて処刑場に引き出されます。ガヘリスとガレスは、アーサーに宣言したとおり、喪服に身を包み、一切の武器を持ちませんでした。ガウェインは、その姿すら現さなかった。


引き出されるギニヴィア
時村さんにイラストをいただきました。


 が。ここで、ふだんにも増して、武装していた一団がいます。そう、そいつの名はモウドレッド! 彼は騎士たちに処刑場を厳重に監視させました。なにせランスロットが逃亡したままなのです。万が一、ギニヴィアを救いに、処刑場に乗り込んできた場合に備えたのです。ハッキリ申し上げましょう。モウドレッドの本心は、ランスロットの殺害なのです。べつに王妃なんて、どうでもいい。アーサーの信任を受ける、円卓の騎士をこの世から葬り去り、自分が権力を手にしたかったのです。

 処刑のときが、刻一刻と迫ってきました。

 ガヘリスとガレスは、青ざめる王妃に、なんの言葉もかけられない。そのとき、処刑場が騒然とします。なんと、ランスロットが、単身乗り込んできたのです!

 驚くべき光景でした。最高の騎士とうたわれたランスロットですが、それでもまさか、待ち構えていた騎士の一団を相手に、たった一人で戦いを挑むとは。そして、さらに驚くべきことに、ランスロットは、騎士たちを一人残らず切り倒して、ギニヴィアを救ってしまったのです。まさに鬼神。それほど、死に物狂いだったのでしょう。あの優雅な剣の技はどこへやら、処刑場は、あっと言う間に、騎士たちの死体で埋めつくされました。

 ランスロットが、ギニヴィアを連れ去った! その報を受けたガウェインは、大急ぎで処刑場に赴きました。しかし、そこで彼が見たものは、騎士たちの死体の山の中に転がっている、ガヘリスとガレスの遺体。彼らもまた、ランスロットに斬り殺されたのです。

 このとき、ガウェインの中で、なにかが崩れ去りました。ガヘリスとガレスは、ランスロットを擁護していた。そればかりか、彼らは喪服を着ており、剣を持っていなかったではないか! 無抵抗の者を、ランスロットは、まるで革袋でも切るように殺した!

 一瞬にして、ランスロットへの友情が、憎悪に変わりました。

 もちろん、ランスロットは死に物狂いだったので、ガヘリスとガレスが喪服を着ていることに気づかなかったのです。とにかく、そこにいる者を、片っ端から斬り殺していただけ。しかし、ガウェインは、そんなこと知るよしもありません。いえ、たとえ知っていても、ランスロットを許せないでしょう。

 この事件をキッカケに、アーサーの国は、ガウェインが心配した通り、二つに分裂します。アーサー軍と、ランスロットを慕って、彼のもとに集まった、ランスロット軍です。そしてなにより、ガウェイン自身が、一番変わってしまった。

「陛下。わたしは誓います。この騎士道にかけて、ランスロットを地の果てまでも追い詰め、必ず打ち殺します」

 しかし、今度はアーサーが乗り気じゃない。というか、むしろランスロットの行為に喜んでいた。法を守る王として、自分はギニヴィアを処刑せざるおえなかった。しかし、そのギニヴィアをランスロットは助けてくれたのだ。アーサーは、自分を裏切ったギニヴィアを、それでも愛していたのです。ですが、「いやあ、ランスロット良くやった」とは、口が裂けても言えないし、ランスロット討伐に燃えるガウェインたちを止めることすらできません。

 こうして、アーサーのもとに残った騎士たちは、ランスロット討伐軍となって、彼の立てこもる城に進軍しました。

 今度はランスロット。どえらいことをやらかしてしまったが、ギニヴィアを助けたことを後悔はしていない。しかし、忠誠を誓ったアーサーと戦うこともできない。自分のもとに、多くの騎士が集まり、彼らは、アーサー軍と戦うことを進めましたが、ランスロットは、絶対に首を縦には振りませんでした。アーサーとは戦えない。つまり、城に立てこもって、篭城するしか、彼に残された道はないのです。

 そして、時はやってきます。ついに、ランスロットの立てこもる城が、アーサー軍に包囲されたのです。

 ランスロットは城の壁に立って、叫びました。

「アーサー王! どうか、この包囲を解いてください! この戦は、わたしが一人出てゆけば、決着がつくのです!」
「ならば出てこい!」
 と、アーサが応じました。
「わたしが、おまえと一騎討ちをしよう!」
「待ってください! わたしは、あなたとは戦えない!」
 このとき、怒り狂ったガウェインが叫びました。
「ランスロット! きさまは、なぜガレスを殺したのだ! あいつほど、おまえを敬愛していた騎士はいなかったのだぞ! わたしは、おまえを決して許さない!」
 この一言で、ランスロットの軍隊が、いきり立ってしまった。門を開けてはならないと命令されていたにも関らず、打って出てしまったのです。

 血みどろの戦い……

 円卓の騎士たちが、お互いに戦う日がこようとは。しかし、ランスロットは、決してアーサーを傷つけませんでした。それどころか、馬から落とされ、とどめを刺されそうになったアーサーを助けたのがランスロットなのです。

 これで戦いは休戦しました。

 アーサーの心の中は、どんなだったでしょう。もっとも信頼した騎士が敵になり、戦わねばならなくなった。しかし、その同じ人物に命を救われたのです。そう。アーサーはランスロットを許したくして仕方なかった。和解したかった。そしてもう一度、平和な国を造りたかったのです。

 もちろん、ランスロットも同じ気持ちです。でも、時計は逆には回らない。彼がふたたびアーサーのもとで円卓の騎士になるのは不可能でしょう。それでもランスロットは、できうる限りのことをしなくてはいけない。それは、ギニヴィアをアーサーに返すことです。

「陛下。わたし自身のことは、なにも申し開きしません。しかし、これだけは信じていただきたい。わたしがいままで王妃様に対し、なにをして、なにを望んでも、王妃様は、まったく罪を犯してはおられないのです。ただの一度も、王妃様が陛下に対して不実であったことはないのです。もしも、そんなこと言う輩がいましたら、わたしは、この命をかけて、そいつと戦います」

 アーサーはこの言葉を信じました。もとより、愛する妻を処刑などしたくなかった。そしてランスロットも失いたくはなかった…… しかし、これほどの事態を引き起こしたランスロットを、臣下に戻すことはかなわないことも知っていました。

 こうしてアーサーとランスロットの戦争は終わり、ギニヴィアはアーサーのもとに戻りましたが、ランスロットは、自分の生まれたベニックという国へ去って行ったのです。

 一件落着。

 ではありません。ガウェインは、ランスロットを許せなかったのです。戦争が終わったとき、ランスロットはガウェインにも詫びました。「あれがガヘリスとガレスだとは思わなかったのだ。そうとは知らず彼らを殺してしまったことを、心から悔いている」と。しかし、ガウェインの怒りは、こんな言葉では治まらなかった。

 そして、モウドレッド。この悪党はしつこく生き残ってます。ランスロットを「裏切り者」と呼んではばからないガウェインを利用して、アーサーの臣下たちの気持ちを、またもや、ランスロット討伐に向かせて行きます。直接手を下すわけではない、この手の陰湿なやり方が、一番タチが悪い。

 徐々に徐々に、アーサー軍の中でランスロット討伐の気運が高まって行く。アーサーにも止められないのです。なにせ、いまやアーサーにとって、一番頼りにしているガウェインが、その急先鋒でもあるのですから。

 こうして、一年程度続いた平和が、また崩れ去ります。ランスロットは、アーサーとの戦争を回避しようと、あらゆる努力をしましたが、それも無駄に終わりました。

 ふたたび戦争。

 アーサー軍は、ランスロット軍を倒すため、遠征を行います。そしてついに、かって親友同士だった、ガウェインとランスロットが一騎討ちをすることになるのです。

 もちろん勝ったのはランスロット。ガウェインは瀕死の重傷を負います。しかし、ランスロットは彼を殺さなかった。殺せなかったと言うべきでしょうね。

 さて。戦いに行方は、当然ランスロット軍優勢です。もともと戦争に勝つために生まれてきたような男ですから、ランスロットのいる軍隊に、かなうわけがないんです。

 それを一番よく知っていたのは、アーサー王。ではなく、モウドレッドです。この戦争で、アーサー軍が完全に負けると踏んでいたのです。だから自分は、王の不在中は、国の国政を守りますとかなんとか言って、戦争にはいかなかった。そして、アーサー軍が劣勢になるや、かねてよりの計画を実行します。なんと「アーサーは戦争で死んだ」という、偽の手紙を作り、それを受け取ったと称して、自分が新王として戴冠したのでした。

 さあ、一大事! ついにモウドレッドのクーデターです!

 ギニヴィアは、間一髪、モウドレッドの手から逃れ、小数の腹心とともにロンドン塔に立てこもりました。それを知ったアーサーは、すぐさま軍をとって返して、ロンドンに戻ったのですが、ドーバー海峡で、モウドレッド軍と激突しました。なんとかアーサー軍は上陸を果たしたのですが、ランスロット軍との戦いのあとですから、もう、かなり軍は疲弊しています。

 そしてガウェイン。ランスロットとの一騎討ちで、この貴重な戦力は重傷を負っているのです。

 このときになって、ついにガウェインは、ランスロットを恨んだ自分を悔いたのです。すべてはモウドレッドの陰謀ではないか。自分はなんと愚かであったのだろうかと。ランスロットさえ、彼さえ王のそばにいてくれたら、こんなことにはならなかった。そこでガウェインは、最後の力を振り絞って手紙を書きました。

「ランスロット。わが友よ。愚かなわたしを許してほしい。頼む。戻ってきてくれ。一刻も早く。モウドレッドが反旗を翻したのだ。アーサー王の力になってくれ。われわれが築き上げたこの国が、崩れ去ろうとしている……」

 手紙を部下に渡したガウェインは、そこで力尽き、永遠に帰らぬ人となったのです。

 ガウェインの死! アーサーは打ちひしがれました。モウドレッド。この男だけは許せない。なんとしても、この手で殺さなければ気がすまない!

 こうして、最後の決戦が近づいてきたのですが……

 決戦の前夜。アーサーは不思議な夢を見ました。なんと、死んだはずのガウェインが現れたのです。しかも、美しい貴婦人を何人も引き連れて。

「陛下」
 夢の中でガウェインが言います。
「明日、モウドレッドと戦ってはなりません。もし戦えば、陛下は命を落とすことになります。まずは和睦するのです。モウドレッドに領地をお与えなさい」
「しかし、ガウェイン! あやつは、この戦争のすべての元凶だぞ!」
「わかっています。ですから、時間を稼ぐのです」
「時間?」
「そうです。そうすれば、必ずやランスロットが駆けつけてくれます。そして陛下を助けてくれるはずです」
「ランスロット…… 彼が…… 彼が来てくれるのか」
「そうです。必ず来ます。陛下。どうかご武運を」
 ガウェインは消えた。
 アーサーは、夢の中で涙を流しました。

 夢から覚めたアーサーは、いますぐにでも、モウドレッドの首をへし折りたい気持ちを、すっぱり捨てました。夢でガウェインが告げた通りにしようと思ったのです。この辺が、アーサーの偉大なところですね。自分の感情を押さえて、より良き方法を採用する。

 アーサーはモウドレッドに和睦を申し入れます。モウドレッドの方も、アーサー軍とまともにやり合っては、えらいことになるとわかっていたので、この和睦を受け入れました。しかし、運命の歯車は、もうすでに回っていた。

 アーサーは、和睦に出かけるとき、万が一のことを考えて、全軍に命令を出していました。モウドレッドは油断のならない相手だ。やつらが、攻撃してきたときにそなえて、いつでも反撃できるように準備しておけと。それはモウドレッドも同じ。もともと、人を信用しないモウドレッドですから、アーサーが和睦を申し入れても、完全には信用していなかった。いつでも攻撃できる体勢を、軍に整えさせていたのです。

 そして、和睦の会議が始まります。アーサーとモウドレッドは、それぞれ十四人の親衛隊だけを連れて、両軍の中間地点にやってきました。そして、和睦は順調に進み、それぞれがサインをすれば終わりというとき。

 一匹の蛇が、親衛隊の兵士の足に噛みついたのです。兵士は、剣を抜いて、その蛇を殺しました。

 が。

 両軍は、その剣が光るところを見逃さなかった。お互いに、お互いが攻撃を仕掛けてきたのだと思いこみ、一斉に剣を抜いたのです。こうなっては、もう止まりません。両軍入り乱れての戦いになります。

 その戦いは、壮絶を極めました。もはや地獄。まる一日、戦いは続きました。

 ほとんどの兵士が死に絶えたころ、アーサーのまわりで残っているのは、ルカンとベディヴァという、二人の側近だけ。その二人も、身体中に傷を負い、満身創痍です。しかし、それでも、アーサーはなんとか生き延びた。ルカンとベディヴァは、主君を守り切ったのです。

 しかし。

 アーサーは、屍の中で、まだ動いている敵を発見しました。重傷を負って、死にかけているのですが、しかし、まだ生きている。そう。そいつこそ、モウドレッドだったのです。アーサーは、とたん、頭に血が上りました。

「モウドレッド! きさまだけは、許さん!」

 ルカンとベディヴァは、あわてて止めに入ったのですが、アーサーの怒りは治まりません。彼は槍を振り上げて、モウドレッドに襲い掛かりました。モウドレッドは、最後の力を振り絞って、彼は彼で、憎んでいた父に剣をつきたてました。アーサーの槍は、モウドレッドの心臓を貫き、そしてモウドレッドの剣は、アーサーの兜と頭を割りました。

「陛下!」

 ルカンとベディヴァは、王のもとに駆け寄り、すぐさま助け起こしました。まだ息はある。早く、傷を治療しなければ。彼らはアーサーを抱えて、歩き始めましたのですが、その途中でルカンが、先に息絶えました。

 一人残ったベディヴァは、なんとかアーサーを近くの納屋に連れて行き、傷の手当てをしました。しかし、アーサーは虫の息。

「ベディヴァ」
 アーサーが、か細い声で言います。
「はい。陛下」
「もうよい。わたしは助からん」
「陛下。なにをおっしゃいますか。陛下さえ生き延びていただければ、わが国はまた繁栄します」
「もうよいのだ。死期が迫っている。それが、わかるのだ」
「陛下!」
「ベディヴァよ。わたしの最後の頼みを聞いてくれ」
「ううう…… 陛下……」
 ベディヴァは、涙を流しながらうなずきます。
「エクスカリバーを、もとの湖に返してほしいのだ」
「わかりました。必ず」
「もう、行ってくれ」
「しかし、陛下!」
「頼む」
「わかりました」
 ベディヴァは、エクスカリバーを受け取ると、すぐさま、湖に走り、湖の中に投げ込みました。すると、アーサーがエクスカリバーを受け取ったときと同じ、白い袖の手が剣を受けとり、三度打ち振ってから、沈んで行ったそうです。

 そのあとすぐ、ベディヴァは、アーサーのもとに戻ったのですが、このとき不思議な光景を目にします。三人の美しい貴婦人がアーサーの周りにいるのです。そして、貴婦人たちはアーサーの身体を持ち上げて、どこかへ運ぼうとしています。

「待て! 陛下をどこへ連れて行く気だ!」
 思わずベディヴァは叫びましたが、それに答えたのはアーサー自身でした。
「わたしはアヴァロンへ行く。この傷を癒すのだ」
 こうしてアーサーは、貴婦人たちとともに小舟に乗って、海のかなたへ向かって行きました。これ以後、彼の姿を見たものはいません。

 夫の死を知らされたギニヴィアは、五人の侍女とともに、アームズベリに行って、そこの尼寺で尼になりました。断食と祈祷を行い、彼女は毎日、苦行の中に身を置いたのです。それが、唯一、自分に残された償いの道だと信じました。

 そして、ランスロット。

 ガウェインからの手紙を受け取ったランスロットは、およそ、彼の生涯の中で、これ以上怒り狂ったことはないというほど、憤激しました。自分とギニヴィアを陥れ、そしてアーサーまでをも裏切るとは。すぐさま、軍を整えて、アーサー軍に合流するためロンドンを目指したのですが、そのときは、すべてが終わっていました。アーサーは死に、ギニヴィアの行方も知れない。

 ランスロットはギニヴィアを探しました。そしてやっと、尼になって、ひっそり生活しているギニヴィアを見つけます。

「ランスロット」
 ギニヴィアは言いました。
「どうか、二度と会わないでください。わたしたちの愛がもとで、王は亡くなられたのです。そしてブリタニアも、すでにこの世にありません。この罪深さに、わたしは恐れおののき、身も張り裂けんばかりです。どうか、国へお帰りください。そして妻を娶り、その方と幸せにお暮らしください」
「いいえ、王妃様」
 ランスロットは答えました。
「わたしも、あなたと同じ道を選びます。いまはただ、神のみに仕えたい」

 こうして、ギニヴィアに最後の別れを告げたランスロットは、隠者が住む庵にたどりつきました。ここには、アーサーの最後に立ち会ったベディヴァが、修道士となっていたのです。ランスロットは、彼からアーサーの最後を聞いて、泣きました。そして彼も、ベディヴァとともに、その庵で修道士となったのです。

 やがてギニヴィアが亡くなります。ランスロットは彼女の葬儀を取り仕切ってから、自分も静かに息を引き取りました。

 こうして、アーサー王の時代は、完全に終わりを告げたのです。そして、もしこの国が、本当に危なくなったら、アーサー王が戻ってきて、ふたたび神聖な王国を作ってくれるという伝説だけが残ったのでした。

 ふう…… 終わった。疲れた。いかがでしたでしょうか? 悲しい物語ですよね。


≫ Back


Copyright © TERU All Rights Reserved.