傍観者



 小説系のウエブサイトには、よく作者の日記があったりする。エッセイではなく文字どおり日記。じつはぼく、この日記を読むのがわりと好きだ。なんというんだろう、下世話だけど、その人の生活をのぞき見るような楽しさとでも言うのかな。もちろん、公開している以上、「読まれる」ことを前提に書いているわけだから、トーンを落としたり、ぼやかしたりしているわけなんだけど、それでも、行間に人生観みたいなのが滲み出ていて、とてもおもしろい。たまに「愚痴」ばっかりのときもあるが、それはそれで、また不思議なおもしろさがあったりして。

 うーむ。変かな。のぞき趣味? そうなのかもしれない。合法的に(というのも変だが)読める日記なんて、ウエブにしか存在しないから、インターネットが普及して、そういうものが読めるようになって、自分でも知らなかった自分の性癖が現れたのかも。だとしたら、ちょっとイヤだな。ヤバイ。

 でも、小説って「架空の世界」だから、自分でその世界をぜんぶ創りあげなきゃいけない。これって、けっこう大変なことだ。なにせぼくは、自分一人分の人生しか知らない。ほかの人生を体験したことはない。だから、日記に書かれている「ほかの人の人生」に、興味を引かれるのかもしれない。うん。きっとそうだ。そう思うことにしよう。自慢じゃないが、ネットによくある、「女の子に部屋にカメラを設置」みたいな、アダルトサイトを見たことはないし、今のところ見たいとも思わない。(ホントですよ)

 しかし。ぼく自身は日記を書かない。読まれることを想定した「公開用」の日記も書かない。このエッセイが、その代わりと言われればそれまでだけど、少なくとも「日記」を意識してはいない。

 なぜか?

 まあ、もともとズボラな性格だから、日記というスタイルが自分に合わないってのもあるけど、一番の理由は、なにを書いていいかわからないからだ。なにを書いてもいいからこそ、なにを書いていいのかわからない。今日食べたモノのこと? 今日出会った人のこと? 今日見た映画のこと? うーむ。ほかの人の日記には、確かにそういうことが書かれていて、それをおもしろく読んでいるけど、自分では書けない。自分のことを書くなんて、恥ずかしすぎる。

 でも、挑戦してみようか?

 目覚ましが鳴った。もう十時だ。起きなきゃ。きのう仕事で無理をしたせいか、少し背中がきしむ。もう、十年前の自分とは違う。とにかくベッドから這い出て、ヤカンを火にかける。歯を磨く。ヤカンの火を止める。コーヒーを入れる。どうもインスタントコーヒーは好きになれなくて、ズボラな性格ながら、コーヒーだけはちゃんと豆から入れる。どちらにしても、たいして美味しくないけど。朝はコーヒーだけだ。むかしから。低血圧ってわけじゃないけど食欲がない。まあ、あと二時間もすれば、どうせお昼だ。その頃にはお腹も空く。コーヒーを飲みながらタバコを吸う。禁煙しなきゃと、ずっと思いながら、いまだに吸っている。そういえば、ずいぶんむかし、バレンタインデーでもらったチョコレートが、真新しい灰皿の中に入ってたっけ。彼女はいま、どうしているかな。別れて何年だったかもよく思い出せない。あのときの灰皿も、もうどこにも見当たらない。

 うわーっ、ダメダメ。やっぱり止めましょう。これじゃ、小説だよ。すごくレベルの低い私小説。しかも、この程度、自分のことを暴露しただけで、ものすごく恥ずかしい。掲示板で、自分のことを書くときは、別に意識しないのに、「日記」だと思うと、恐ろしく恥ずかしいのはなぜなんだろう。不思議だあ。日記を書く才能があるとしたら、ぼくには、その才能がないね。あるいは、覚悟が。

 改めて思う。自分のことを赤裸々に書ける人はすごい。たとえそれが、ただ愚痴を書きたいだけでも。自分の中に溜まったストレスを発散させたいだけだったとしても。怒りを爆発させないための防波堤だったとしても。悲しみを和らげるセラピーの代わりだっとしても。いや、だからこそ、そこに人生がある。そんな気がする。

 だからぼくは、今日もだれかの日記を読んでいる。


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