乙女の決意

 日本神話で、もっとも美しい女神といえばスセリ姫をおいてほかにはいない。と、わたくしTERUは主張するわけですが、これにはまあ、異論も多々ございましょう。あんな嫉妬深い女が、もっとも美しい女神? TERUさん、ホント好きね、その手のキャラ。なんて声が聞こえてきそうですが、まあ、反論できないところが、にんともかんとも。(←誤字じゃなくって、忍者ハットリくんのマネ。ビエエエエエエッ! って、これはピュンピュン丸ですな。なにが言いたいんだか)

 しかし!

 今回紹介する少女を、「日本神話でもっとも美しい少女」と申し上げても、これはもう異論も反論もないはずです。そう。彼女の名は、コノハナノサクヤ姫。可憐という言葉が彼女ほどピッタリくる少女もいないでしょう。

 あっ、ちなみにスセリは「少女」じゃなくて「大人の女性」ですね。だから、この二人はバッティングしないのよ、ぼくの中では。

 というわけで、お待たせしました。久々に神話シリーズ行ってみましょう!

 ええと、ちょいと日本神話のバックナンバー(偉そうに)を見ていただきますと、五回目の「天下りの時代」に、ニニギという男が登場します。こいつの名前を正確に書くと「ヒコホノニニギノ命」ですが、こんなもん書いてられないので、ニニギと略します。

 さて、このボンクラ。失礼。神様にボンクラはないよね。でも、日本の神様のトップである、アマテラスの孫なんで、まあ、お坊っちゃま体質なのは間違いなかろうと思われますな。少なくとも、苦労人のオオクニヌシとは対象的。オオクニヌシは、兄に虐げられ(何度も殺されてる)、スサノオに虐められ(殺されかけてる)、それでもなんとか試練を乗り越えて、スセリと結ばれ、地上を支配する神様になったわけです。しかもオオクニヌシくん。試練を自力で乗り越えてきただけあって、才能豊か。農業と商業を発展させ、日本を本当の意味で「国」と呼べる存在にしたのでした。「大国主」という名は、ダテじゃない。もちろん、スセリという美人で気っ風のいい奥さんの、内助の功があったことも忘れちゃいけません。

 雑談です。風土記などの記述では、オオクニヌシと彼のパートナーであるスクナは、日本にさまざまな穀物を育てたことになってる。栗や粟、もちろん稲も。ちなみに、四国の阿波という地名は「粟」から来てます。ここには粟の女神オオゲツ姫がいるとされている土地なのです。雑談、終わり。

 大いに功績のあったオオクニヌシとスセリの夫婦(スクナも忘れちゃいけない)ですが、前にも書いた通り、悲劇が訪れます。

 ある日、どんどん豊かになっていく「地上」に嫉妬したのか、天上界のアマテラスが、この世の全ては、わが子孫によって納められねばならんのじゃ。と言い出します。そこで白羽の矢が立ったのが、孫のニニギ。すったもんだあった揚げ句、アマテラスは、オオクニヌシを地上から追い出して、ニニギを降臨させます。えっと、オオクニヌシを追い出すという大変な仕事に(アマテラスでさえ、数十年掛かってます)、ニニギは、まったくタッチしてないのも、ポイントですね。おバアちゃんが、お膳立てをすべて揃えてくれて、さあ召し上がれ。ってところで初めて登場するんですから、いかにボンクラかわかるってモンですよ。ニニギ自身がオオクニヌシを追い出したっていうんなら、まあ、まだ認めてやってもいいんだが……

 すいません。ニニギのせいで、ぼくの大好きなスセリが、オオクニヌシとともに自害した(らしい)ので、ちょっと感情入ってます。ううう。スセリ、かわいそう。彼女とオオクニヌシの苦労は、なんだったんだ。ニニギなんて嫌いだ。ちなみに、出雲大社は、死んだオオクニヌシとスセリの呪いを恐れて、彼らの霊を祭るために建てられたそうです。

 そんなわけで、なーんの苦労もせずに、豊かな国をゴッソリ手に入れたニニギ。これだけでも許せないのに、こいつ、またさらに、とんでもなく許せんことをやらかします。

 笠狭崎(かささのみさき。笠沙とも書く)という、現代でいうところの、鹿児島県川辺郡笠沙町の野間崎で(やけに具体的だな)、ニニギは、ある少女と出会います。彼女こそ、絶世の美少女、コノハナノサクヤ。

 とたん! ニニギの背中に電気が走ります。どわーっ! すんげえ美人じゃん! こんな美人、天界にもいないぜ!

「ちょっときみ!」
 ニニギは、コノハに声をかけます。
「はい?」
 と、返事をするコノハの声の、これまた美しいこと!
「ぼくと、結婚しよう!」
 ニニギは、その場でいきなりプロポーズ。
 コノハはビックリ。そりゃ驚くわな。彼女がスセリみたいな性格なら、なによあんた。バッカじゃない? バチーン。って平手打ちでもしてるところですが、コノハはおしとやかな少女。しかも相手が、オオクニヌシの後釜に座ったアマテラスの孫だとわかれば、むげにもできない。
「あの…… わたくし、お返事できかねます。父に聞いてみてください」
 と、答えたのでした。
 まあ、これは当時の常識ですね。娘の結婚相手を決めるのは父親の仕事。そういう時代もあったのです(わりと最近までね)。

 これを聞いたニニギは、即座に、コノハの父親のもとに使者を送ります。もちろん使者が伝えたニニギからの伝言は、「娘をよこせ!」。いいね、金持ちのお坊っちゃまは強気で。まったくもう。

 これを聞いたコノハの父親は、怒り出すどころか、大喜び。なにせ、娘が地上の支配者に見初められたんですから、喜ばないはずがない。これ以上の嫁ぎ先はありませんぜ。娘を遊郭に売り飛ばして、左うちわのクソオヤジみたいだ。くうう、それにしてもニニギの野郎。首を締めてやりたい。

 そんなこんなで、あっという間に話は進み、結納が行われ、結婚式となります。このときコノハの父親は(一応、名前書いときますか? オオヤマツミノ神ってオヤジです)、豪勢な献上品を揃えて、コノハを送り出しました。いやはや、本当に豪華な献上品ですよ。なにせ、コノハのお姉さんまで、オマケにつけちゃったんだから(なんちゅう、父親じゃ!)。いや、オマケってのは語弊があるか。姉の方も妻にしてくださいって頼んだわけです。それにしても、ニニギは両手に花かよ。こういうのって許されていいわけ?

 はい。許されません。いいえ、許しません。

「いらねえよ!」

 と、ニニギは叫びました。もちろん、コノハのお姉さんに向けた言葉ですな。彼女の名は、イワナガ姫というんですが、いやはやこれが、絶世の美少女である妹と正反対で、二目と見られないバケモノ…… ごほっ、ごほっ。いや、あの、あまり世間ではお見かけできない、個性的な顔だちをお持ちのお嬢さんだったのです。

 うはははは。ざまみろ、ニニギ。

 しかし、そこはそれ、お坊っちゃま。気に入らないモンは、贈り物だろうがなんだろうが関係なし。イワナガ姫を父親のところに送り返しちゃいます。

「さて。バケモンも送り返したし、美少女をいただくとするか」
 ニニギは、コノハを連れてベッドルームへ。ねえよ、ベッドルームなんて! 寝間っていうんですかね、当時は?
 ニニギはコノハの着物の帯に手をかける。危うしコノハ!
「あっ…… ニニギ様。自分で脱ぎます」
「ふふふ。脱がすのがいいんじゃないか。オレに任せろ」
「でも、あの…… 恥ずかしい……」
「くう。これだから美少女はたまらんね! もっと恥ずかしいことしてやろう」
 ニニギは、コノハをベッドに押し倒します。だから、ベッドなんてねえよ!
「いや…… ニニギ様。お願い。優しくしてください」
「うひひ。なにをいまさら」

 はい。ウソです。こんな会話はありません。

 でも、コノハの純潔が危ういのは事実…… うーむ。もう結婚してるから純潔が危ういってのも変だが、とにかくニニギ許すまじ!

 ここで正義の味方がさっそうと現れて、哀れな美少女を、金持ちのボンボンから救い出してくれるなら、ぼくの筆も快調に進むってモンですが、現実は甘くない。借金の方に売られた娘は…… じゃなくって、コノハはニニギと契りを結びます。なんて書くと文学的ですが、要はヤラれちゃったわけ。神も仏もないのね。って、ニニギが神か。なんてこったい。ついでにいうと、コノハも女神なんだよね。

 そのころ、コノハの父親。

 コノハのお姉さんが送り返されてきたので、憤慨しておりました。いくらアマテラスの孫だからって、こりゃあ、あんまりにも無礼ってもんじゃないかい? せっかく二人も娘をくれてやろうっていうのに、送り返すとは何ごとじゃ。(そうか?)

 さて。コノハを平らげてご満悦のニニギですが、彼のもとにコノハの父親の使者が来ます。もちろん、もう一度イワナガ姫も妻にするよう求められたわけですが、ニニギは首を縦に振らない。コノハだけで充分。というか、イワナガなんか、とんでもない。と答えたのでした。

 これでいよいよ、コノハの父親は怒り心頭。そのときの親父の言葉が、古事記にはこう書かれています。

『イワナガを妻にすることで、あんたの命が岩のように堅固であるように、そしてコノハを妻にすることで、花のように栄えるように。そう願って二人の娘を送ったのに、イワナガを返し、コノハだけを妻にするとは、なんたる横暴。これで、あんたの命は花のように、はかないものになるだろう』

 おっ。オッサン、いいこと言うね。バケモノ…… 失礼。ちょっと、見目麗しくないお嬢さんを、さっさと片づけたかったわけじゃなかったんだね。

 そんなわけで、ニニギの命、そして彼の子孫代々の天皇の命は短くなってしまったのでした。天皇が神様なのに、人間と同じように年を取って死んじゃうのは、イワナガを奥さんにしなかったからなんですねえ。

 うははは。今度こそ、さまみろ、ニニギ。

 しかしですね。ここの記述は古事記と日本書紀ではちょいと違っていて、日本書紀の方は、もっと生々しいというか、おどろおどろしいです。ぼくのエッセイは、基本的に古事記を下敷きにしてますけど、イワナガについては、日本書紀の方も紹介しときましょう。

 日本書紀にはこう書かれている。

「一に伝はく、磐長姫(いわながひめ)恥じて恨み、唾き泣ちて曰はく、『顕見蒼生は、木の花の如に、我に遷転ひて衰去へなむ』といふ。此世人の命折き縁なりといふ」

 さっぱりわからん。これって日本語? ふう。がんばって約してみるか……

「辱めを受けたイワナガ姫は、泣きながら、『くやしい…… わたしを嫌って、コノハだけを妻にするなんて許せない。この恨み晴らさでおくべきか。人の命を、花のように短くしてくれる』と言いました。だから、人の命は脆く短いモノになってしまったのです」

 こんなところでしょうね。つまり、日本書紀では、天皇の命のみならず、人がすぐに老いて死んでしまう理由は、イワナガ姫の呪いであると説明しているのです。われわれは呪われてるんですねえ。じゃあ、アメリカ人は? インド人は? などとツッコミを入れたくなりますが、我慢しましょう。

 さて、コノハ。ニニギにもてあそばれて…… って、どーも、ニニギに偏見あるなあ、ぼくは。とにかくニニギと寝たコノハは、妊娠します。それも初夜で大当たり。見事ですなあ。一発必中。恐ろしい。違う。めでたい。

 ところが、ニニギがコノハに言います。

「なにぃ~ たった一回で妊娠しただと? マジかよ、そんなわけねえじゃん。おまえ、オレと寝る前に、だれかほかの男とやったろ? そうだ浮気だ。そうに違いない。なんて女だ。アバズレめ」

 どこまでもニニギという男は…… もちろん、このニニギの言葉に、さすがのコノハも悲しみを通り越して、怒りを覚えます。

「な、なんということを、おっしゃるのですか! もしも、お腹の子があなたの子でなかったら、この子は無事に生まれてこないでしょう!」

 このあとのコノハはすごい。意地になってたのか、浮気をしたなどと、彼女にとってはこの上もなく屈辱的な誤解に、心底頭にきたのか、なんと命をかけて身の潔白を証明しようとするのです。

 コノハは、いよいよお産が近づくと、陣痛に苦しみながら、産屋の入り口を塞ぎ、なんと火を放ったのです。産屋は、たちまち火に包まれます。そして、その炎が最高潮に達したとき、オギャアという声とともに、双子の男の子を生んだのでした。もちろん、無事に。

 これで、コノハの身の潔白は証明されました。そして、このとき生まれたのが、後の海幸彦と山幸彦なのです。

 いかがだったでしょう。前から書く書くと言ってたコノハ。これでやっとお約束が果たせましたね。