可愛い女(ひと)

 お待たせしましました。またまたスセリとオオクニヌシの続きです。と、その前に。ちょいと神話についてウンチクを。

 ええと、神話、神話と言ってますが、じつは神話というのは、それが書かれた当時の「歴史」を反映している場合が多いのです。とくに日本神話の場合は、神=天皇という図式があるから興味深い。ちなみに、現存している日本最古の書物は「日本書紀」です。ついで古いのが「古事記」。日本の神話は、ほぼ、このふたつの書物からきています。

 さて。二つの書物があるといっても、ぼくのエッセイは古事記を元にしているのが多いのです。それには理由があります。じつは日本書紀には、「天皇の直系」しか記されてないんですよね。ところが、日本書紀にやや遅れて書かれた(と、思われるが正確なことはわかっていない)古事記には、神様にもわき役が多い。つまり、物語としてのバラエティーにとんでいるのです。なぜ、このようなことが起こったのでしょうか?

 じつはですね、日本書紀は「藤原不比等」という政治家が編集させた本なのです。彼は藤原家にとって都合の悪い歴史は残さなかったのです。それとは逆に、古事記は、日本書紀の記述の誤りや、闇に葬られた歴史を「神話」という物語に変えて、後世に残そうという意思が感じられます。だから変な思想に左右されない学者の人たちは、日本書紀や古事記、あるいは風土記などなど、多くの書物を読み比べて、「歴史の真実」を探そうとがんばってるわけです。森喜郎という総理大臣(いつまで首相でいられるやら)は日本書紀だけを信じているような発言をしてましたから、インテリジェンスに欠けると言われてもしかたのないところですねえ。

 おバカ(かもしれない)首相はともかく。当時のなんらかの「できごと」が、神様という「物語」に書き換えられて記されている。と考えるのが、神話の楽しみ方でもあるんですよ。

 今回と次回に書くエッセイは、そういった前提を頭の隅において読んでいただけると理解しやすいと思います。というのは、物語はスセリとオオクニヌシの時代から、ニニギとコノハという、新しい世代に移っていくのですが、ここには日本の歴史(あるいは天皇家の歴史というべきか)の、驚くべき秘密が隠されているのです。なんか、NHK特集みたいになってきた気もしますが、とにかく、始まり始まり~

 さて。(コホンとせき払いなぞ)

 前回、みごとスサノオから娘のスセリを奪い取ったオオクニヌシ。晴れて夫婦になって、めでたしめでたし…… と、ならないところが神話の醍醐味ですな。そうなんです。めでたくないんですよ、スセリにとっては。

 じつはですね。いままで黙っていたのですが、オオクニヌシくんは、ものすごい浮気者なのです。だれかを思い出しませんか? そう、ギリシャ神話のゼウス。あのオッサンも、とんでもない浮気者で、奥さんのヘラをさんざん困らせているんですが、オオクニヌシくんも、スセリと結婚してから、その本性を現してしまったわけなのです。

 が……

 女性の方、ごめんなさい。浮気者の夫の弁護をするのは、ぼくもはなはだ遺憾なのですけど、オオクニヌシくんには、あまり罪がありません。というのも、当時の日本は、一夫多妻制。男がほかで女を作るのは、浮気でも何でもなくて、ごく普通のことだったのです。自分の娘を取られたスサノオだって、「わが娘を正妻とせよ」とは言いましたが、「ほかに女を作るな」とは言ってません。そういう時代なのです。

 ところが、そういう時代にあって、スセリという女神さまは、とても現代的な考え方の女性でした。ヘラもそうなんですけど、彼女たちは「一夫一妻」主義者。「わたしの夫は一人だけであり、夫にとっても妻はわたし一人だけ」。これがヘラとスセリの考え方なのです。いえ、古代でも多くの女性が似たような気持ちだった可能性が大きい。なぜなら、ヘラとスセリの性格は、当時の女性たち(日本もギリシャも)の気持ちを代弁していると考えられるからなのです。

 逆に申しますと、ゼウスやオオクニヌシの浮気性は、当時の男たち(やはり、日本もギリシャも)の行動を反映していると考えられます。古代の男どもは、みんな浮気者だったんですよね。権力者はもちろんですが、そうでない普通の男でも、妻以外の女がいることのほうが常識だったのです。

 う~む。なんか今回はマジでNHK特集みたい。まずいかな…… ま、いっか。

 神話について初めて書いたとき、世界の神話には類似性が多いと書きましたが、ヘラとスセリもソックリ。まるで双子のようですよ。だらか、ぼくは二人とも大好きなんですよねえ。

 ヘラと言えば「嫉妬」。ジェラシーです。全能の神であるはずのゼウスでさえも、彼女の怒りにはタジタジ。それほどすさまじい。ま、そこはそれ、日本の女神さまであるスセリは、ヘラ姉さんほどおっかなくはないですが、古事記において「嫉妬」を意味する「うはなりねたみ」という言葉が初めて使われたのがスセリの章なんですよね。スセリは嫉妬という言葉まで作っちゃったわけです。

 ちょい脱線。さっきから、嫉妬、嫉妬と言ってますけどね、もともと悪いのは男なわけで、べつにヘラにもスセリにも罪はない。これは当時の男たちの「偏見」ですよ。というわけで、現代女性のみなさん、どうか怒らないで読んでね。TERUは仕方なく「嫉妬」という言葉を使っておるのでござりまする。(と、逃げを打っておかねばな)

 さてスセリ。

 オオクニヌシは、スセリと出会う前にヤガミ姫に恋をしていました。スセリに出会ってすっかり忘れたかと思いきや、とことがどっこい、これがオオクニヌシの浮気の始まり。ちゃっかりヤガミ姫とも結婚しちゃうのです。そして、彼女のいる因幡に通えばいいものを、大バカモノのオオクニヌシくんは、ヤガミを出雲に連れてきちゃうんですねえ。

「というわけで、ヤガミとも結婚したから、ぼくの奥さん同士、仲良くしてね」

 ま、彼にしてみれば、そんな軽い気持ちだったのでしょう。ここでスセリの怒りが大爆発します。

「冗談じゃないわよ! オオクニヌシ! なんであたしが、こんな女と一緒に暮らさなきゃいけないわけ!」
「待った。なにも一緒になんて言ってないだろ。彼女には別に屋敷を建てようと…… あわわわ、こらスセリ、なんで木刀なんて持ってるんだ」
 ボカッ!
「痛い!」
「オオクニヌシ! いったいあたしをなんだと思ってるの!」
「な、なにって、ぼくの奥さんです」
「ただの奥さんじゃないでしょ!」
「せ、正妻です!」
「それだけじゃないでしょ!
「は? まだなんかあったっけ?」
「いいこと、キッチリ言っとくわよ。あたしは、あのスサノオの娘よ。スサノオの娘。アマテラス大御神さまの弟のスサノオの娘よ。天界を治めていらっしゃる神の弟の娘なのよ。言ってる意味わかるわよね?」
 ぞぞぞ…… と、背筋に悪寒が走るオオクニヌシ。
「はい。よくわかります」
「そう。じゃあ、もう一度聞くわ。あたしとあなたの国に、どこの馬の骨を住まわせるんですって?」
「めっそうもございません! ここにはスセリさま以外、だれも住まわせません。住まわせませんとも!」
「よろしい。だったら、さっさと追い出しなさい」
「はい…… あの、でも、その……」
「なによ?」
「えっと…… じつはですね、ヤガミはちょっとお腹に子供がおりましてですね……」
「なんですって?」
 スセリはオオクニヌシを睨みつけた。
「いま、なんとおっしゃったのかしら。ダーリン」(ダーリンをボールドで級数もでかくしております)
「あわわわわわ…… ごめんなさい、ごめんなさい、ついうっかり、ゴムを忘れて」
「バカバカバカ! オオクニヌシのバカ! 大っ嫌い! 浮気だけならまだしも、子供まで作るなんて!」
 ポカポカポカ。
「痛い、痛い、痛い、スセリ! 落ち着け、話せばわかる」

 ま、こんな調子。けっきょくヤガミ姫は、スセリの嫉妬が恐ろしく、因幡に帰っちゃいます。ただし、子供だけは出雲で生んで残していきましたけどね。古事記にはこんな風に書かれてます。

「其の生める子をば木の俣に刺し挟みて返りき。故、其の子の名を名づけて木俣神(キマカミ)と云ひ、亦の名を御井神謂ふ」

 なんだか、サッパリわかりませんが、要するに「もうイヤ、こんなところ! 子供なんか捨てて、里に帰らせていただきます!」ということでございます。しかし、子供を木に刺すなよな。

 さあ、つぎ行ってみよう! スサノオの娘を娶って、まったく頭の上がらないオオクニヌシくんですが、男の性かはたまた下半身は別人格なのか、彼の浮気はとどまりませんぞ。

 つぎの標的は、越国のヌナカワ(あるいはヌマカワ)姫だ。越国にそれはそれは美しいお嬢さんがいるってんで、さっそく求婚に行こうとするオオクニヌシ。ところが、それがスセリにバレて、すったもんだあったあげく、ついにオオクニヌシくん、切れちゃいました。いつもいつも奥さんにやられてばっかりで、いいかげん、頭にきてたんでしょう。でもそこはそれ、もともと性格のいいオオクニヌシ。奥さんに手を上げるなんてゲスなことはしない。一通の手紙(歌ですよ、歌)をしたためます。

「ぬばたまの、黒きみ衣を、まつぶさに……」

 うんたらかんたら、と、このあとズラズラと現代人には意味不明の言葉が続くのですが、これまた要するに「なあスセリ。いいかげんにしてくれよ。ぼくはもう、遠いところに行って帰ってこないぞ。それでもいいのか」という内容です。

 この手紙(というか歌)を受け取ったスセリ。さすがにヤバイと思ったのでしょう。作戦を変え、彼女もオオクニヌシに歌を返します。それがかの有名な(有名か?)「八千矛」です。「八千矛の……」で始まる、やっぱり、うんたらかんたら。こいつもTERU風に意訳してみましょう。

「ああ、オオクニヌシ。あたしは、あなたのほかに夫はいません。あなたのことだけを心から愛しています。どこか遠くへお行きになっても、いつまでも、いつまでも、あなたのお帰りを待っています。どうか、あなたの旅路がご無事でありますように」

 どーです。これにオオクニヌシはまいっちゃいました。いつもいつも、怒鳴ってばかりの奥さんが、すっごく可愛く思えるじゃ、あーりませんか。(吉本新喜劇ふう)

「うはァ、スセリ。どうしちゃったんだよ。なんか、むちゃくちゃカワイイじゃんか!」

 もちろん、オオクニヌシは、スセリの元へ飛んで帰り、ごめんよォ、寂しい思いをさせて。なんて謝ったのでした。この日はスセリの大勝利。たぶん、久しぶりにラブラブな夜を迎えたのは言うまでもありませんねえ。なにせ、スセリも大喜びでオオクニヌシを迎えたのですから。策士だなァ、スセリって。ホント好きですよ、こういう女性。

 だだし、このあとオオクニヌシは、ちゃっかりヌナカワ姫とも結婚し、タギリ姫ともいい仲になり、カムヤタテ姫ともラブラブで、もう、こいついいかげんにせい! と、怒鳴りたくなるような下半身無節操人生を送るんですけどね。なんでこんなヤツが縁結び? こいつに頼んだら、みんな自分のモノにされちゃいますぜ。

 ああ、スセリの苦労がわかる気がする。ぼくは男だけど。(だからオオクニヌシの気持ちもわかる気がして、ちょっとヤバイかも)

 さて。こんな下半身ウハウハの生活を送っていたオオクニヌシくんですが、地上を統治する神様としては、抜群に優秀でした。農業を普及させ、外国との貿易に精を出し、スサノオとの約束通り、日本を豊かな国へと変えていったのです。

 しかし……

 ある日突然、なんの理由もなく、日本の歴史(あるいは天皇家)最大の謎といえる事件が持ち上がります。この事件によって、オオクニヌシは地上(出雲)の神の座を追われ、この世から姿を消します。つまり死ぬのです。スサノオから受け継がれたオオクニヌシの時代が、まさに終わるときがくるのです。

 次回、NHK特集「日本の神々」第五週、「天下りの時代」をお楽しみに。なんちゃってね。